三月に入り各クラス順位戦が次々と終って、いよいよ第三回電王戦の開幕である。将棋界に歳時記というものがもしあれば、電王戦名人戦と並んでの季としてすっかり定着した感がある。

 、眠い頭と体で会場の有明コロシアムに入ると、いきなり菅井が明るい顔で出迎えてくれた。一番先に対局者に会うというのは妙な気分である。肩をいて「頑れよ」という。普段の対局では相手も同業者なのでいくら親しくてもこういうことはいわないのが業界でのマナーなので、これは電王戦ならではのことだ。菅井は「はい、全を尽します」と答えた。「練習は随分したの」とくと「はい、9597敗です」と即答されのけぞった。200局ちかくしたというのはすごい局数である。

 有明コロシアムはボクシングの観戦で何度か来ているが、本日のように中央にポツンと舞台があり、まったく観客がいないというのはちょっと異様で、シュールな感じであった。菅井は絶対にそれをいわない性格だからあえて私が書くが、やはりやりにくかったのではないかと思う。

 去年の負け越しから一年、はっきりプロ側の認識は変わった。もう、コンピュータを甘く見る棋士はいない。相当に頑り、しかも運が良くないと勝てないともが思っている。実際、練習対局などでは、持時間が短いとはいえ、かなりコンピュータが勝ち越しているのである。

 さて対局開始。習甦のかわりに電王手君がかわいい赤外線センサーで動かすらしいが、センサーの邪魔にならないように着ぐるみでもきせれば、今流行りのゆるキャラになっていいのではないかと思った

 序盤は双方しで、淡々と菅井の得意の中飛にすすむ。習甦の組み方はプロがあまりしない形で、30手過ぎではやくも菅井悪くなし、という評判だった。

 局面が動いたのは第1図である。この6八では8八がならば難であった。6八とすると、次に4七から3六歩の手の価値が高いので、後手は本譜のように5四歩から仕掛けてゆくよりない。菅井はそんなことは当然も承知で、つまり菅井はあえて闘いをここで誘ったのである。

 第2図の6七まではほぼこうなるところで、すなわち菅井読み筋通りである。先手がしやすいという評判で、もちろん菅井もそう思っていたのだろうが、次の手がいい手であった。

 5三習甦は上った。これは控室での他のソフトも一番人気の手だった。これが気がつきにくいがいい手なのである。なぜ気がつきにくいかというと、後手の金銀の形はコンパクトで固いので、それを自らくずすというのは人間の直感には反するのだ。さすがコン君、頭が軟らかい。

 それでも7七から4八飛と急所に駒を動かして菅井は悪い気はしなかったろう。

 さて、4六歩(第3図)と習甦はたらした。ここからの十数手の習甦がかったような強さであった。

 4六歩は同飛ならば7八が筋が悪くても厳しい。8九のを取られると6五歩の迫がなくなるのだ。そこで6五歩同歩としてから4六飛としたが、5五と急所に打ち、4二飛と回って第4図。次の一手が敗着である。

 5七とここで菅井は寄ったのだが、ここは5六と出る一手であった。この5六という手はプロがいう「が勝手に動く」手で、いわゆる第一感中の第一感なのだ。まったく、魔が差したとしかいいようがない。

 ひとついえば、一手前の4二飛を菅井は全く考えておらず、ここにアヤがある。要は、考えていない手をされ動揺したのである。

 ともあれ第3図から第4図までがこの将棋のすべてであった。習甦は、なにげなくであった。6五同歩や4二飛など、されて見れば当然の手だが、実戦ではなかなかしにくい手なのである。

 第5図の二歩もさりげなく好手である。つい5六歩としたくなるが、それは4六歩で難しい。厚みで押したかと思うと急に二歩のような冷静な好手をされてはもういけない。第5図は見た以上の大差で戦いようもない。いわゆる「筋に入った」形で、以下はしただけである。

 本局は習甦勝であった。菅井が局後にいった「すこし向うのほうが強かった」という感想は正直でまた総括として明解である。
とにかく本局のような接近戦になるとコンピュータである。人間は全面的な闘いをうまく避けて、打ち合いをさけてアウトボクシングに徹するようにさなければ勝てないような気にさせられた。

 プロ棋士として本局はグーの音も出ない。まさしくコンピュータ勝であった。

※図面
 ・第1図 356八 の局面
 ・第2図 456七 の局面
 ・第3図 504六歩 の局面
 ・第4図 56手4二飛 の局面
 ・第5図 66手二歩 の局面

関連サイト
・[ニコニコ生放送]第3回 将棋電王戦 第1局 菅井竜也五段 vs 習甦
http://live.nicovideo.jp/watch/lv161971045?po=news&ref=news
・[ニコニコ静画]第1局 菅井竜也五段 vs 習甦
http://seiga.nicovideo.jp/watch/mg84969

第1図 35手目▲6八角 の局面