ユーザー参加型ボカロ文化の祭典『The VOCALOID Collection』(以下、ボカコレ)。
 オリジナル楽曲のランキング企画やクリエイターたちによるライブイベント、Stemデータの公開、プレイリスト企画など、様々な切り口の施策が繰り広げられている。

 現在、3回目となる『The VOCALOID Collection ~2021 Autumn~』が10月14日~17日の日程で開催中だ。

 過去2回のボカコレでは、中学生、高校生のボカロPの投稿が多く見られた。
 また、イベント開催期間以外の平時でも、ニコニコでは「中学生ボカロP」といったタグの付いたボカロオリジナル曲の投稿数が増えていた。

 では、実際にどれだけ中高生世代のボカロPは増えているのか?
 ボカロ曲をニコニコ動画に投稿した12~18歳のユーザーの数と、それらのユーザーによって投稿された楽曲数の推移を集計したところ、投稿数・投稿者数ともに明らかに増加していることが分かった。

 この記事では、中高生世代ボカロ投稿者の盛り上がりに関して、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』の著者である音楽ライターの柴那典さんに解説・考察して頂いた。
 近年のボカロ界隈の出来事を振り返りながら、若きボカロPたちが背負っていくであろう未来を占うようなものになっていると思う。

 ぜひ、ボカコレに投稿された楽曲を聴きながら読んでいただけると嬉しい。

文:柴那典
編集:金沢俊吾


 ボーカロイドを巡る状況は、2020年代に入り、大きな変化を迎えている。

 端的にいうと、とても盛り上がっている。活況を呈している。楽曲の投稿数も増え、シーンへの注目度も大きなものになっている。特に、若い世代のクリエイターが増えている。中高生世代で脚光を浴びるボカロPも出てきている。そうした状況には、一体どんな背景があるのか? その先にはどんな未来が待っているのか? そんなことについて考察してみようと思う。

ボカコレが「新世代の才能の登竜門」として機能

 きっかけの一つが、昨年冬に初開催された『ボカコレ』となっていることは間違いないだろう。

 ボーカロイドにまつわるさまざまな企画が繰り広げられるイベントの『ボカコレ』。その目玉の一つとなっているのが、期間内に投稿された楽曲や動画のランキング企画だ。
 オリジナル楽曲、リミックス、歌ってみたや踊ってみたなど様々なランキングが発表されるが、ボカロPデビューしてから2年以内のクリエイター限定の「ボカコレルーキーランキング」も注目を集めている。活動を始めたばかりのボカロPをフィーチャーしたランキングだ。

 4月24日、25日に開催された「The VOCALOID Collection ~2021 Spring~」では、開催初日にニコニコ動画の1日当たりの投稿数が過去最高となる6805本を達成。投稿者の中には中学生、高校生のボカロPも目立った。ボカコレが「新世代の才能の登竜門」として機能しはじめていることの証拠と言える。

 記事冒頭の2つのグラフ見ると一目瞭然なのだが、2020年に入って、中高生世代の投稿者数も、投稿数も大きく伸びている。
 投稿者1人あたりの動画投稿数の平均は変わらないというデータもあり、ユーザー数の増加がそのまま楽曲数の増加に結びついていることが見て取れる。
 この状況の背景には何があるのか。

ボカロ文化とJ-POPが直結

 わかりやすいポイントとしては、ボーカロイド文化とJ-POPのメインストリームが“直結”したということが挙げられる。その象徴がYOASOBIだ。デビュー曲「夜に駆ける」は2020年のBillboard JAPAN総合ソング・チャート「JAPAN HOT 100」で、年間総合首位を獲得。その後も「怪物」や「大正浪漫」などヒット曲を次々を送り出し、今の音楽シーンを代表する存在となっている。

YOASOBI「夜に駆ける」 Official Music Video」より引用。

 もちろん、それ以前にもボカロPに出自を持つアーティストの数々がJ-POPのフィールドで活躍してきた。その代表が、いわずとしれた米津玄師。ハチとして投稿を始めた彼が本名の名義で自ら歌いメジャーデビューしたのは2013年。
 wowakaを中心としたバンド・ヒトリエは2014年にメジャーデビューしている。バルーン名義の「シャルル」が大きな注目を集めた須田景凪は、2019年にメジャーデビューを果たしている。

 こうしたアーティストたちの活躍によって、ボカロシーンからロックやJ-POPのシーンへの、ある種の“橋渡し”が続いてきた。
 現在20代のリスナーにとっても、小学生や中学生の時に聴いたボカロ曲を、思春期の記憶として「懐かしい」と感じる層が増えてきた。メディアやレコード会社などで実際に社員やスタッフなどとして働いている人たちの中にも、こうした“ボカロネイティブ”の感性を持った人たちが増えてきている。それは筆者自身の実感としても日々感じている。

ハチさん投稿「【オリジナル曲PV】マトリョシカ【初音ミク・GUMI】」から引用。

 yama「春を告げる」で一斉を風靡したくじら、そしてAdoうっせぇわ」で一大センセーションを巻き起こしたsyudouの存在もボカロシーンとJ-POPのシーンが“直結”した今の状況を象徴するクリエイターと言っていいだろう。
 どちらもボカロPとして活動しつつ作曲家としてヒットチャートで大きな成功をおさめている。さらにsyudouは「ギャンブル」で、くじらは「悪者」で、自らのボーカルも披露している。

 
Youtube「yama – 春を告げる (Official Video)」より引用。
【Ado】うっせぇわ」より引用。

 さらにはTikTokで楽曲を使用したフィンガーダンス動画がバズを生みだしたことをきっかけにヒットしたChinozoグッバイ宣言」のように、従来とは違う広い層で流行するボカロ曲も生まれた。
 Kanaria「KING」も2021年上半期のBillboard JAPAN UGCソングチャート「Top User Generated Songs」で首位を獲得するなど、Youtube、TiKTok等ユーザーが投稿したコンテンツがヒットの要因になっている。
 
 単に曲を聴いたり動画を観たりするだけでなく、「歌ってみた」や「踊ってみた」を誘発する参加型のムーブメントがヒットに結びつく状況が生まれた。
 それこそ、Kanariaは2021年3月に高校を卒業したばかりの中高生世代のボカロPである。かつてはアマチュアたちの“遊び場”だったボカロシーンは、そこでの成功が音楽家として生計を立てていくことに結びつくような場となっている。

【GUMI】KING【Kanaria】」より引用。

より豊かなボカロシーンの未来をもらたすために

 普段からアーティストへのインタビューを行い記事執筆することを仕事にしている筆者自身も、去年から今年にかけて、様々な媒体で若い世代のボカロPやクリエイターを取材することが本当に増えた。
 ざっと名を挙げるだけで、syudouくじらChinozo、jon-YAKITORY、柊マグネタイトFushiなきそど〜ぱみん、SEE、Sohbana、皆川溺、晴いちばん、などなど。
 
 それぞれ個性や価値観は様々だが、野心を持った沢山の作り手が切磋琢磨することで、シーンが面白くなってきている実感はとても大きい。

Chinozoさん投稿「グッバイ宣言 / FloweR」より引用。

 ただ、その一方で危惧しているのは、こうした状況が一過性のブームのように捉えられてしまうことだと考えている。
 作り手が自分の作りたいものを作る、ひたすら興味を追求するというよりも、受けるもの、聴かれやすいもの、再生回数が伸びやすい傾向をリサーチして落とし込むような発想で作られた曲が増えると、だんだんと状況は飽和してしまう。

 この記事自体「中高生世代のボカロPが増えている」という論旨で書いているので、状況を煽ってしまっているという面があるのは否定できない。
 ただ、誤解してほしくないのは、年齢や世代というのは、あくまで一つの要素にすぎないということ。
 若い作り手の中に「中高生世代のうちに注目を浴びなければ――」とか「人目を引かなければ、バズらなければ――」みたいな焦燥感や過剰な競争心を抱える人がいるとするならば、そういう心情は、むしろクリエイティブに対してマイナスに働いてしまうのではないかと思っている。

 むしろ、同じ志を持ったボカロP同士や、イラストレーターや動画クリエイターや歌い手などとネットやSNSを介してつながり、それぞれの作風を尊重しながら創作活動を続けていくゆるやかなコミュニティが自然発生的に生まれること、その土壌が豊かになっていくことが、より豊かなボカロシーンの未来をもたらすことにつながるのではないかと思っている。

 「初音ミクという『遊び場』を通じてクリエイティブな発想を持っていく人たちを増やしていきたい。そのことが世の中に与えるインパクトは小さくないと思っているんです」

 拙著『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)の中で、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長はこう語っていた。
 この本のもとになった取材をしたのが2013年から2014年の頃で、その当時、実は初期のボーカロイドのブームは落ち着いたと言われていた。ニコニコ動画におけるボーカロイド関連動画の再生回数も落ち込んできているという指摘がなされていた。

「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」書影。amazon.co.jpより引用。

「理由は幾つかあるんだと思いますが、流行る曲調がみんなだいたい同じになってしまったからということもあるでしょう。新しい曲を聴いても『これ、あの曲に似てる』っていう感覚を抱くようになった。商業化という一つの呪縛がボーカロイドのムーブメントに起きたのかもしれません」

 当時、伊藤社長はこう語っている。7〜8年前のことだ。しかし、結果的にブームは終わらなかった。むしろカルチャーとして裾野が広がっていった。
 それは2021年の今だから言えること。その背景には、新しい文化を根付かせるための沢山の取り組みもあった。

 この先、どうなるかはわからない。
 ただ、一つだけ言えるのは、もはやこのボーカロイド文化が一時の盛り上がりが去ったらあっという間に終わってしまうような薄っぺらいものではなくなってきた、ということだ。


■info

「The VOCALOID Collection ~2021 Autumn~」 公式サイトはコチラ

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