タツノオトシゴは、オスが出産する唯一の動物である。
オスの腹部には育児嚢(いくじのう)という袋があり、ここでメスが産んだ卵を稚魚になるまで保護する。オスは腹部が膨れるため妊娠しているように見える。育児嚢で孵化した稚魚は、オスの体から次々と出ていく。いわゆる出産だ。
だがそれだけではない。『Placenta』(21年9月3日付)に掲載された研究によれば、オスは育児嚢を「胎盤(母体と胎児を連絡する器官)」まで発達させていることが明らかになったという。
出産のためにメスのような体の構造に進化したタツノオトシゴのオスは、素晴らしい「収斂進化」の一事例であるそうだ。
タツノオトシゴのオスは、1度に1000匹もの子供を出産する。
父親になる最初の一歩はダンスで始まる。意中のメスと海の中で踊りながら、色を変えたり、尻尾をからめあったりと、彼らが夫婦愛を深める姿は情熱的だ。
やがてメスは卵管をオスの腹部にある「育児嚢」に差し込み、その中に卵を産みつける。オスのお腹は膨れ上がり、まるで妊婦のようになる。
それから10日から6週間(種によって異なる)で卵は孵り、オスは何時間もかけて無数の子供たちを出産。無事、子供たちに命を授けたオスは、また次の恋を探して、旅に出るのである。
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タツノオトシゴの愛のダンス(受精)
Seahorses Mating, Transferring Eggs
オスはどうやってお腹の中で子供を育てているのか?
妊娠中のオスは、成長に必要なものを子供たちに与えているはずだ。酸素や栄養を与え、二酸化炭素は取り除かなければならない。
謎だったのはこの点だ。オスは一体どのようにして育児嚢の中の卵(子供たち)にそれを行なっているのだろうか?
そこでオーストラリア、シドニー大学をはじめとする研究グループは、「ビッグベリーシーホース(学名 Hippocampus abdominalis)」というタツノオトシゴの妊娠中(34日間)、そのお腹がどのように変化するのか観察してみることにした。
オスの育児嚢に哺乳類の胎盤と同じ変化がおきる
そしてわかったのが、オスの育児嚢では、妊娠した哺乳類の「胎盤と同じような変化」が起きるということだ。
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卵が成長するにつれて、育児嚢は薄くなり、たくさんの血管が伸びてくる。
育児嚢がもっとも薄くなるのは妊娠後期で、この頃になると内壁にたくさんのシワがより、新しい血管が伸びるための十分な面積が確保されている。
つまり、タツノオトシゴのオスはお腹の中に胎盤を発達させ、血液を介して子供たちに酸素や栄養を与えていたのだ。
出産が済んでしまえば、育児嚢は24時間で妊娠前の状態に戻る。
収斂進化の1事例
タツノオトシゴの胎盤は、間のような有胎盤類の胎盤とよく似ているが、まったく違うものでできている。
人間の場合、胎盤は子宮の内部にできる。タツオトシゴの場合、基本的には「お腹の皮膚」が変化したものだ。このような違いはあるが、それでも同じようにして成長・機能する。
タツノオトシゴのオスと人間の女性とでは、種も性別も違う。それでも胎児に酸素と栄養を与えるという同じ課題に対して、同じ解決策を編み出した「収斂進化」の素晴らしい事例であるとのことだ。
Watch a Seahorse Give Birth to 2,000 Babies | National Geographic
References:Male seahorses grow placentas to incubate their young | Science | AAAS / written by hiroching / edited by parumo
追記(2021/10/16)本文を一部修正して再送します
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