風雲急を告げる台湾情勢

 孫文らが中心となって清朝を倒し、中華民国を樹立した「辛亥(しんがい)革命」から2021年10月で、110年を迎えた。

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 中国の習近平国家主席は、辛亥革命110年記念大会で次のように演説した。

「国家の平和的な統一は、台湾の同胞を含めた国民全体の利益に最も合致する」

 そして、「台湾の独立は、祖国統一の最大の障害で、深刻で隠れた危険だ」と警告し、「中国の完全統一はきっと実現されるだろうし、実現できる」と語った。

 一方、台湾の蔡英文総統は、中華民国(台湾)建国記念日「双十国慶節」の式典で演台に立ち、次のように語った。

「台湾の人々が(中国の)圧力に屈するとの幻想を絶対に抱いてはならない」(括弧は筆者)

「これは、中国の示す道が、台湾の主権や台湾市民2300万人の自由で民主的な生活につながらないためだ」

「中国がわれわれに示した道を歩むことを誰からも強制されないよう、われわれは引き続き国防を強化し、自衛の決意を表明していく」

 中国で秦の始皇帝以来続いた皇帝による専制政治を終焉に導いた、辛亥革命110周年を迎えた2021年は、中台双方の基本的立場の違いを背景に、激しい非難の応酬と抜き差しならない対立を一段と鮮明にする年となった。

 米インド太平洋軍のフィリップデービッドソン司令官は、2021年3月9日の米上院軍事委員会の公聴会において、今後6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性があると証言した。

 さらに、次期同司令官に指名されたジョン・アキリーノ太平洋艦隊司令官は3月23日、上院軍事委員会の自身の承認に関する公聴会で、台湾有事の時期について「大方の予想よりずっと近い」と警告したことは、いずれも記憶に新しい。

 中国は、10月1日から5日にかけて、核搭載可能な爆撃機を含む150機の軍用機を台湾の防空識別圏(ADIZ)に侵入させた。

 その極めて異常な行動は、台湾はもとより、日米など、関係国・周辺国の緊張を一挙に高めた。

 これを受けて、台湾の邱国正国防部長(国防大臣に相当)は10月6日、議会での会合で、台湾海峡間の軍事的緊張はこれまでの40年間余で「最も深刻」だと説明し、中国の台湾海峡をめぐる軍事介入および封鎖能力は2025年までに成熟するとの報告書を提出した。

 日本の令和3(2021)年版『防衛白書』は、次のように記述している。

「中国が圧倒的な兵力を有しているものの、台湾本島への着上陸侵攻能力は現時点では限定的である。しかし、近年、中国は大型揚陸艦の建造など着上陸侵攻能力を着実に向上させている」

「・・・中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に変化し、その差は年々拡大する傾向が見られている」

 中国軍の侵攻可能時期について明示しなかったものの、脅威の高まりに対する警鐘を鳴らしている。

 このように、日米台の台湾情勢に関する見積もりは、中国による武力侵攻の切迫性を警告し、風雲急を告げるものとなっている。

 ところが、緊迫する台湾情勢にもかかわらず、米国は何十年にもわたり、中国が台湾を攻撃した場合の対応について、「戦略的曖昧さ(曖昧戦略)」を維持してきた。

 そのため、協力者を置き去りにしながらアフガニスタンから撤退する米軍の姿に、台湾では「米国は有事の際に本当に台湾防衛に動くのか」との疑念や不安が広がり、台湾のメディアには一斉に「今日のアフガンは、明日の台湾」の文字が躍った。

 また、多くの専門家からは、米国の「戦略的曖昧さ」の政策は耐用期間を過ぎており、台湾を攻撃から守るという確固たる保証、すなわち「戦略的明確さ」の政策に取って代わるべきだとの主張が強まっている。

米国の対台湾政策:
「戦略的曖昧さ」から「戦略的明確さ」へ

 航空自衛隊幹部学校航空研究センター・坂田靖弘氏執筆の「The Ambiguity of Strategic Clarity」(ハーバード大学・ Alastair Iain Johnston教授など、2021.6.9)の文献紹介によると、米国の台湾に対する「戦略的曖昧さ」とは、中国が台湾を攻撃した際に、米国がどのような軍事的・外交的支援を行うのかについて、その範囲や規模を意図的に明確にしない(あえて不明確にする)政策である。

 この政策は、中国の指導者に対して、中国が台湾を攻撃した際の米国の対応に不確実性を持たせ、米国の対応に最悪のケースを想定させて紛争の抑止につなげるものである。

 また、台湾が米国の支援の範囲と規模に確信を持てなければ、米中関係の不安定化を招く台湾独立への動きを抑止することにもつながるとの、「二重の抑止(dual deterrence)」効果を狙ったものである。

 しかし、これに対して中国は、平和的な統一を目指す努力は放棄しないとしつつも、外国勢力による中国統一への干渉や台湾独立を狙う動きに強く反対する立場から、台湾統一のためには武力行使を放棄していないことをたびたび表明した。

 2005年3月に制定した「反国家分裂法」に、そのことを明記している。

 これは、国内外に向けた公式のメッセージでもあり、中国がすでにルビコン川を渡る決心をしたことを米国等に伝えているのである。

 他方、台湾では、蔡英文総統が、前記の建国記念日の行事で台湾の基本的立場について下記4項目に言及し、それに基づいて世論調査が行われた。

①自由民主憲政体制の永遠

中華民国(台湾)と中華人民共和国(中国)は互いに隷属しない(括弧は筆者)

③主権の侵犯および合併を容認しない

中華民国の前途は必ずや台湾人全体の意志に従わなければならない

 その結果、台湾人の84%が②の「台湾と中国は互いに隷属しない」という見解を支持したと台湾与党の民主進歩党当局者は述べている。

 台湾の政権与党おおよび台湾人の民意である「隷属しない」は、①③④を併せ考えると、中国の支配下に服することを決して望まないという意志を表明したものである。

 換言すると、当面は「現状維持」としても、最終的には独立国家・台湾を求める潜在的真情を反映していると理解するのが自然であろう。

 多くの台湾人は、「今日の香港、明日の台湾」と考えており、中国が主張する「一国二制度」による平和的統一、いわば自発的服従に応じるとは考えられず、中国に残された選択肢は武力統一のみということになる。

 つまり、米国の台湾に対する「戦略的曖昧さ」は、中国の武力統一の意思を抑止することに失敗しており、また、台湾の独立志向をも抑止しておらず、「二重の抑止」は、すでに破綻していると考えるべきであろう。

 戦後の歴史の中で、米国の「戦略的曖昧さ」、すなわち米軍のコミットメントの不明確さが戦争を誘発してきた事実は見逃せない。

 約70年前の1950年1月、ディーン・アチソン国務長官(当時)は、太平洋における対共産主義防衛線として、アリューシャン列島~日本~沖縄(当時、米軍の施政権下)~フィリピンを結ぶ線を明示した。

「アチソンライン」と呼ばれたその防衛線から韓国が除外されたと見た北朝鮮軍は38度線を突破して南進を開始し、朝鮮戦争(1950~53年)が勃発した。

 しかし米国は、政策の矛盾を引きずりながらこの戦争にいわゆる国連軍の主力となって参戦した。

 イラク戦争1991年)でも同様の事態が生起した。

 エイプリル・グラスピー駐イラク米大使は、イラククウェート侵攻の前にフセイン大統領と会談した際、米国はクウェートを守るために戦う(介入する)であろうという明確なメッセージを伝えることはなかった。

 そして、1990年8月2日イラク軍が隣国クウェートへの侵攻を開始し、8月8日にはクウェート併合を発表した。

 しかし結局、米国はイラク戦争(第1次湾岸戦争)に突入したのであった。

「台湾関係法」は、台湾を対象として「平和、安全および安定の確保に協力」(第2条A項(1))することを謳っている。

 つまり、米国の台湾に対する「戦略的曖昧さ」政策の狙いは、あくまで台湾に対する武力攻撃を抑止して安全を確保し、台湾海峡をめぐる一方的な現状変更の試みに反対し、既存の国際秩序を維持して台湾および西太平洋の安定に確実にコミットすることにほかならない。

 しかし、前述の通り、米国の「戦略的曖昧さ」は、中国に対する抑止に関するメッセージの伝達に失敗し、台湾にも十分な安心感を与えていない。

 結果として今日、台湾をめぐる紛争の蓋然性が高まり、地域の同盟国による米国への信頼感も低下し、中国の共産主義・専制主義に対抗する民主主義国家を結集する求心力も損なわれる恐れがあるのだ。

 つまり米国は、すでに形骸化した「戦略的曖昧さ」から速やかに転換し、中国の台湾武力統一に対しては米国の軍事力を行使して断固守り抜くという確固たる保証、すなわち「戦略的明確さ」の政策を明示すべき段階に来ているのではないか。

 それと同時に、台湾の国防力を強化するとともに、まず米国を中心に、日米および米台2国間関係を結合して日米台3か国の連携メカニズムを構築することが重要である。

 それに加え、日米豪印4か国戦略対話「クワッド(Quad)」および米英豪3か国軍事同盟「オーカス(AUKUS)」の一角を担うオーストラリアなどを加えた多国間連携メカニズムへと発展させることも不可欠であろう。

台湾・尖閣侵攻は同時に起きる:
「日米台3か国連携メカニズム」構築を

 中国の台湾武力統一は、台湾に対する単独侵攻になると思われがちであるが、わが国の尖閣諸島を含めた南西地方への同時侵攻になると見なければならない。

 その理由を、以下簡単に述べる。

 第1に、中国は、2012年9月に発表した『釣魚島白書』で、「釣魚島(日本名は魚釣島)およびその付属島嶼(尖閣諸島)は…、台湾の付属島嶼」であるとし、「台湾とその附属島嶼である釣魚島は中国の不可分の領土の一部である」と主張し、台湾と同様に尖閣諸島を「核心的利益」と称している。

 つまり、中国の台湾統一に向けた武力行使の範囲には日本の尖閣諸島が含まれているのである。

 また中国は、東シナ海における境界画定について、2012年以来、沖縄トラフまでを自国の大陸棚であると主張し、沖縄独立運動を工作するなど、沖縄の占領支配も視野に入れている。

 尖閣諸島を焦点とした日本の南西地方有事は、台湾有事と同時に生起する可能性が高いと見なければならない。

 軍事的に見ると、中国が台湾に侵攻する場合、まず、対米核戦略上、第2撃能力を保持する必要がある。

 作戦に先立ち南シナ海などに潜伏するSSBNを西太平洋へ展開するとともに、その後、海軍戦力を第2列島線まで進出させるため、宮古水道やバシー・バリタン海峡の航行の自由を確保することが不可欠である。

 そのため、尖閣諸島および台湾南部(およびフィリピン北部)は中国の海洋進出の出口を確保する要衝として、格好の攻撃目標となる。

 第2に、中国の台湾武力統一における最大の関心は、第1および第2列島線から米軍のプレゼンスを排除することを目標とするA2/AD戦略の遂行を睨みつつ、米国の介入を抑止できるか、あるいは米国の混乱や来援準備などの隙に乗じて、介入前に決着が付けられるかどうかにある。

 それゆえ、台湾攻撃時には、在沖縄米軍をはじめとする在日米軍の来援阻止と米軍の行動に対する在日米軍兵站施設からの支援活動の妨害は最優先課題となり、同基地などへのミサイルなどによる軍事攻撃の蓋然性が極めて高いことを想定しておかなければならない。

 第3は、朝鮮戦争で日本が米軍を主力とする国連軍の後方兵站基地になったように、台湾有事には、台湾の生存と継戦能力を維持するための主要な後方連絡線(line of communications)は、台湾東部の空港、港湾等から与那国島、沖縄、奄美大島など第1列島線の太平洋側を通って日本本土(在日米軍兵站施設を含む)へと繋がることになろう。

 もし、中国が台湾の海上封鎖を企図する場合は、後方連絡線の遮断が大きな課題となり、それが実行されれば、日本への武力攻撃事態となる可能性が高いのである。

 このように、台湾有事はまさに日本有事であり、その意味からも日本と台湾は「運命共同体」として死活的利益を共有していると言っても過言ではない。

 そのため、日米安全保障条約(第5条・第6条)と台湾関係法を一体化させ、日台2か国、さらには日米台3か国の連携メカニズムの枠組みを作り、日米台の防衛態勢・軍事力の連結性の強化に注力することが喫緊の課題である。

 具体的には、まず、わが国には、米国と同様に、日台関係強化の基礎となる「台湾関係法」や「台湾旅行法」のような法律を整備しなければならないとの意見があり、大きな政治的課題となっている。

 しかし、法案名に台湾が入ることによって中国が強く反発し法案成立そのものが危ぶまれる恐れがあるため、台湾を地域として組み込んだ「国際交流基本法」のような名称の法案としてその実現を目指す工夫が必要であろう。

 他方、安倍晋三政権下で、平和安全法制が制定され、日台関係の強化に向けた進展が図られたと言ってよかろう。

 平和安全法制では、「存立危機事態」や「重要影響事態」について規定され、その事態が認定されれば、台湾有事をカバーできると解釈することができ、また、そのような事態に日米が共同して対処することを、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)は裏付けている。

 しかし、このような法的整備ができても、日米台3か国による平時からの協議、政策面及び運用面の調整、そして共同演習・訓練などが行わなければ、有事における有効な機能発揮を期待することはできない。

 一方、いきなり有事演習・訓練を始めれば、中国の激しい非難や抵抗を受けることは容易に察しが付こう。

 そこで、日台の2か国(ダイアッド)間では、中国も容認せざるを得ない平和目的や不測事態発生防止のための活動や措置、例えば、国際災害派遣、非戦闘員を退避させるための活動、サイバー空間に関する協力、捜索・救難、海洋安全保障(海洋状況把握:MDAなど)、隣接する空域管理のための調整、情報共有体制や海空連絡メカニズム(ホットライン)の構築など、実行可能で、かつ双方の協力連携に資する活動から始めたらどうか。

 そして、米国が主導する台湾政府高官・軍高級幹部との交流プログラム、軍事演習への台湾軍の招聘、西太平洋における台湾海軍との二国間海上訓練などに、日米同盟の立場から日本も参加する。

 また、米台間で世界的な課題に対処するために、台湾における専門知識のプラットフォーム形成を目指して2015年に締結された「グローバル協力訓練枠組み(GCTF)」に日本も参加すれば、それが日米台3か国連携メカニズム(トライアッド)の枠組み作りの大事な一歩となり、日米台の安全保障・防衛協力を促進する現実的かつ実効的なアプローチに繋がるのではなかろうか。

 しかし、それでも、本格的な日米台3か国の安全保障・防衛協力の推進には不十分である。

 つまるところ、日米台3か国間の外交・防衛の協議の場を設け、「日米台防衛協力のための指針(ガイドライン)」を作り、それに基づいて共同計画策定メカニズムを構成し、共同演習・訓練を実施する仕組みが不可欠である。

 そのためには、重大な政治決断が今求められているのである。

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