適当な技術力や資金力がない北朝鮮で外貨を稼ぐ方法は、国家の金で物品を輸入し、差額を得る以外にない。これを「輸入取り分」という。

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 2021年5月、北朝鮮で“輸入取り分選手”(北朝鮮ではこういった業者を揶揄する意味で選手と呼ぶ)のチョン氏が逮捕され、取り調べを受けた。逮捕容疑は、チョン氏が2018年に中国から輸入したアスファルトに起因する。いったい何が起きたのか。「アスファルト革命」と呼ばれた輸入案件を通して、北朝鮮輸入制度の現状を見てみよう。

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◎「北朝鮮25時
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(郭 文完:大韓フィルム映画製作社代表)

 今回、逮捕されたチョン氏は、北朝鮮から貿易会社の中国丹東支社長として派遣されていた人物である。中国丹東支社長というポジションは北朝鮮政府に年5万ドル、3年の任期で15万ドルを納める義務を負っているが、海外貿易歴で20年を数える、自他共に認める“輸入取り分選手”のチョン氏にとって、その程度の金を稼ぐことはさして難しくない。

 問題は、北朝鮮の国庫である。以前は輸入を1件でも成功させれば国に収める数年分の外貨を稼ぐことができたが、北朝鮮の国庫から徐々に金がなくなっているため、楽に稼げる状況ではなくなりつつある。その中で、国が求める輸入を成功させるのではなく、自ら輸入を創出しなければならないと考えていたチョン氏に好機が訪れた。2018年4月27日に板門店で開催された南北首脳会談である。

 この時に、チョン氏はある現実に注目した。北朝鮮の劣悪な道路事情である。会談の席でも、「白頭山に行きたい」と語った文在寅大統領に対して、金正恩総書記は道路状況の劣悪さを持ち出して断ったほどだ。自身も、平壌から板門店まで150キロの道程を車で揺られているので、道路状況の悪さは身にしみて分かっている。

 このやり取りを見た瞬間、チョン氏に一つのアイデアがひらめいた。「アスファルト革命」である。

金正恩をいい気分にさせた幹部たちのある提案

 北朝鮮の道路網建設に関する大々的な投資案を思いついたチョン氏は、北朝鮮に戻ると、該当地域の道党責任秘書らに主要道路のアスファルト舗装を提案した。

「全世界が見守る中で、道路の劣悪さを告白する元首の気持ちを考えると胸が痛む」とチョン氏は話し、各道の党責任秘書に板門店会談に関連した対策として、各地域の道路のアスファルト化を中央に提案するよう促したのだ。

 党責任書記らはチョン氏の提案に葛藤した。ただでさえ財政の厳しい状況で、道路網建設資金の調達は決して容易なことではない。ただ、他の道党責任秘書たちが金を出す中、もし自分だけが出さないとなれば金正恩総書記への忠誠心が試される。

 結局、彼らは「アスファルト革命」の提案書を労働党中央委員会に提出した。提案を見た金正恩は満足した。道党責任秘書たちが、元首が二度と南朝鮮(韓国)の大統領北朝鮮道路の劣悪さを告白することがないようにしたいとし、道路舗装で必要な費用の半分を自主的に出すと言ったのだから当然だ。

 この提案について、費用の半分のみ負担すればいい金正恩が承認しない理由はない。こうして国家道路補修工事は承認され、5000万ドルでアスファルトを輸入することが決まった。朝鮮労働党が2500万ドル、該当地域が各々合わせて2500万ドルの負担である。

 そして、北朝鮮の貿易関係者の間でアスファルト輸入を奪い合う競争が起きたが、問題は価格だった。5000万ドルでは道路舗装に必要な量を調達できなかったのだ。その中で、「アスファルト革命」を提案したチョン氏だけが自信満々だった。

「普通に買うことは誰にもできるであろう。少ない金でいかに多くを買うかが重要だ。アスファルトの輸入を任せてくれるなら、5000万ドルで必要な量を用意する」

 そう豪語したチョン氏には、どのような秘策があったのか。

舗装後に続出した亀裂は誰の責任?

 実は、チョン氏は「アスファルト革命」を提案する前に、徹底した下調べをしていた。初めに手がけたのは、アスファルトを生産する中国メーカーの選定である。

 この時に、チョン氏が注目したのは再生アスファルトだ。再生アスファルトは、一度道路に敷いたアスファルトを回収し、溶かして再び使ったもの。調べたところ、不純物をうまく除去した、新品のアスファルトと変わらない品質の再生アスファルトが半額で入手できることが分かり、チョン氏は驚喜した。

 そして、彼は再生アスファルトを生産する業者に契約金を支払い、北朝鮮に戻った後に、道党責任秘書に「アスファルト革命」事業を提案したのだった。

 このような事前準備があったからこそ、彼は国策事業の一環として進められるアスファルト輸入の権利を獲得できたし、莫大な金を儲けることができたのだ。北朝鮮の捜査当局は、チョン氏がアスファルトの輸入で得た収益は、少なくとも500万ドル以上になったと推定している。

 ところが、アスファルトを敷いた後、問題が発生した。工事から1年が過ぎた頃、補修したアスファルト道路に亀裂が発生したのである。

 当初、アスファルトを敷く前に路面を均等に整える路盤工事の不備と思われたが、2021年の春になり、北朝鮮全域で道路に敷いたアスファルトが盛り上がり、問題がさらに大きくなった。

 北朝鮮政府は道路工事を担当した工兵局8総局(軍隊内の工事担当)が手抜き工事をしたと叱責したが、8総局はアスファルトに問題があると主張した。再生アスファルトを敷いたからだと指摘したのだ。

 チョン氏が輸入した品目は再生アスファルトではなく、新しいアスファルトと明示されていた。

最終的に手抜き工事に責任を転嫁

 この点について、捜査当局が取り調べを行なったが、チョン氏は最後まで自分が輸入したアスファルトは再生アスファルトではないと主張した。「信じられないなら、調達した中国のアスファルト生産会社に確認しても構わない」とまで言い切った。

 そこで、捜査当局は駐中国北朝鮮大使館を通じてアスファルト生産業者に確認したが、中国メーカーも自社が輸出したアスファルトは再生アスファルトではないと主張した。

 仮に再生アスファルトを使ったとしても、新しいアスファルトと変わらないとし、「自分たちが発給したマニュアル通りに路盤を工事したのか、直接現地を確認する」とさえ述べている。

 その後、捜査当局が問題の起きた現場を詳しく調査すると、ずさんに固められた路面工事に問題があることが明らかになった。

 本来であれば、路面を固める作業を十分に行ってからアスファルトを敷かなければならないが、その作業で手を抜いたため、路面の凍結と融解を繰り返した結果、アスファルトに亀裂が生じたことが判明した。

 無罪となって釈放されたチョン氏は、丹東支社長としての業務を続けている。

 2018年4月の南北首脳会談にかこつけて、北朝鮮の道路舗装プロジェクトを金正恩総書記に飲ませ、国の金でアスファルトを輸入した上に、再生アスファルト輸入の問題を手抜き工事に転嫁したチョン氏の手腕に、北朝鮮の貿易関係者は驚嘆の声を上げている。

「とにかくすごい。南北首脳会談を見て元首の財布の口を開かせるとは」
「『アスファルト革命』という名分を持ち出して、目もくらむような金を手に入れた」

 このアスファルト革命の顛末を見て分かることは、北朝鮮住民が必要とする物より、最高指導部が気に入る物を優先的に輸入するという北朝鮮の問題点と、国の予算から金をかすめ取る搾取が横行しているという現実である。

 現在、チョン氏はアスファルトで儲けた金を海外口座に預け、北朝鮮で悠々自適に暮らしている。万が一北朝鮮が崩壊した場合の逃げ場も確保しているという。

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