ドイツに限らず、「鉄道」はその社会や地域、国の姿をよく映すもの。鉄道をみることで、その社会のありさまや現在の状況、これまでの経験などが明らかになります。ほんの小さな路線や、ただ一人の鉄道員、ただ一つの機関車の部品について取りあげるだけでも、そこに属する人間の集団の経験を考えることができ、自ずとその国全体の歴史を浮かび上がらせることができます。
 このたび発売の『ナチスと鉄道 共和国の崩壊から独ソ戦、敗亡まで』(NHK出版、2021年10月11日刊)は、鉄道を切り口に、ナチス・ドイツの歴史に焦点を当てます。「生存圏」拡大や「ユダヤ人絶滅政策」とも密接にかかわりながら、これまであまり語られてこなかったヒトラードイツ国鉄の12年を、前史を含め精緻に描きだします。


 ドイツ国鉄・ライヒバーンは、ナチス・ドイツにおいて、あたえられた役割を忠実に果たし続けました。最初こそ、政権から批判や攻撃を受けても、トップが毅然と反論し、19世紀前半以来の伝統をもつドイツ鉄道業の風格をみせていましたが、その後、鉄道100周年記念行事のパレードで巨大なハーケンクロイツを自社の大型機関車の先頭に掲げるなど、ナチス・ドイツと運命をともにするようになります。


 ライヒバーンナチス・ドイツの戦争である第二次世界大戦にも参加。ポーランド奇襲のために国境まで大量の車輛をおくりこみ、ドイツ国防軍のその後の侵攻にも加担しました。一時期はヨーロッパ大陸の鉄道網を直接・間接の支配下に置くことになり、鉄道員は鉄道工兵として戦場で働き、ときには鉄道車輛そのものが兵器としてパルチザンや敵戦車と死闘をくりひろげました。のちに、子どもを含む何百万人もの人びとを、絶滅収容所という殺戮の現場まで定期的に輸送するようになります。これはドイツ国鉄にとって極秘の一大事業ではなく、ドイツ交通省鉄道第II局第二一課第一係(旅行特別列車担当)の係長が担当する通常業務だったのです。

 やがて、独ソ戦(1941~45年)において、零下40度以下に対応していないライヒバーンの列車は部品や機器の凍結に襲われ、鉄道輸送が麻痺する事態に陥ります。これが、独ソ戦でのナチス・ドイツの目論見をくじくことになりました。また、ナチス・ドイツが攻勢であった1941年秋、同盟国である日本のある鉄道官吏は雑誌論文で「ドイツは鉄道施設の整備を忘れていた」と別の外国人の言葉を取りあげて指摘しました。この後、連合軍は石炭などのエネルギー資源を軍需工場に届ける物流手段である鉄道路線の破壊と寸断を徹底的に行い、最終的にナチス・ドイツの戦争遂行能力を奪ったのです。

 このように、ナチス・ドイツを読み解くうえで、鉄道は切っても切れない関係にあります。
 本書は、ドイツ国鉄・ライヒバーンの誕生の経緯をはじめ、鉄道がナチス・ドイツに与えた影響を軸に、7章立ての構成で展開します。

 これまでナチス・ドイツ関連の書籍を読んできたみなさんも、鉄道といういつもとは違った視点から歴史を見つめなおすことで、新しい発見に出会えるかもしれません。

  • 【著者】

鴋澤 歩(ばんざわ・あゆむ)
1966年生まれ。大阪大学大学院経済学研究科教授。大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程中退、在ベルリン日本国総領事館(当時)専門調査員などを経て現職。専門は近現代ドイツ経済史・経営史。博士(経済学)。著書に『ドイツ工業化における鉄道業』(有斐閣、第50回日経・経済図書文化賞)、『鉄道人とナチス』(国書刊行会、第44回交通図書賞、第20回鉄道史学会・住田奨励賞)、『鉄道のドイツ史』(中公新書)、『ふたつのドイツ国鉄』(NTT出版)、共著に『西洋経済史』(有斐閣アルマ)など。

第一章 前史・統一機関車――ドイツ国鉄の誕生(1914/1918~29年)
第二章 レール・ツェッペリンと「飛ぶハンブルク人」(1930~33・34年)
第三章 〇五形機関車とSバーン(1934~39年)
第四章 「休戦の客車」と凍える車輛(1939~41年)
第五章 戦時機関車と超広軌鉄道(1941~43年)
第六章 装甲列車と「死への特別列車」1943~45年)
第七章 総統専用列車――ドイツ国鉄の崩壊1945年

  • 商品情報

出版社:NHK出版
定価:1,078円(税込)
判型:新書判
ページ数:304ページ
ISBN:978-4-14-088663-2
URL:https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000886632021.html

配信元企業:株式会社NHK出版

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