来年5月に任期満了を控えた韓国の文在寅ムン・ジェイン大統領が、今年9月、音楽グループBTS(防弾少年団)」を国連総会に連れていった際、彼らに旅費を支払っていなかったとの疑惑が浮上し、ファンも韓国国民も怒りをあらわにしている。

 BTS2013年デビューしたボーイグループだ。2018年に「LOVE YOURSELF 轉 Tear」がビルボードメインアルバムチャート「ビルボード200」で1位を獲得して、世界的な注目を集めた。その後もビルボード関連チャートで1位を席巻。日本でもアルバム4枚、シングル10枚をリリースするなど人気のグループだ。

100万人以上が生中継を視聴

 今年9月、米ニューヨークで第76回国連総会が開会した。それに先立ち、文大統領は7月にBTSを「未来世代と文化のための大統領特使(未来文化特使)」に任命し、9月14日には任命状を授与している。K-POPグローバル化を牽引したと評価されるBTSを国連総会に連れていき、韓国を代表して世界の青年たちに希望のメッセージを伝えてほしい、との意図だった。

 実際、BTSは国連総会において文大統領の期待どおりにスピーチを行い、国連本部を舞台に録画したパフォーマンス映像「Permission to Dance」を公開して注目を集めるなど、特使としての役割を十分に果たした。米ニューヨークタイムズワシントンポストによると、国連総会一般討論演説開幕前日の20日、文大統領BTSが共に参加した「SDGsモーメント」の開会式は100万人以上が生中継で見ていたという。

 文大統領はこの翌日、米ABCニュースインタビューに応じ、「BTSのおかげで、私の国連での演説が注目を集めた」などと語り、BTSの広報効果を称賛した。主に中壮年の政治家たちが参加する国連総会が、「BTS特需」によって若い層が注目するイベントに格上げされたことを強調したわけだ。

文在寅K-POPに興味がなかったはずだが……

 だが、BTSをはじめとするK-POPアイドルは、民間資本100%で作られた芸能事務所に所属している。彼らはテレビに出たりユーチューブコンテンツアップしたりして、自らの努力でスターダムにのし上がる。BTSビッグヒットエンターテインメント(現在はビッグヒットミュージック)という民間の事務所に所属し、何度も挫折を繰り返しながら、デビューから6年目にして世界的なスターになった。
 
 一方で、BTSが成功するまでは、文大統領は特にK-POPや文化コンテンツに興味があるわけではないように見えた。例えば、時事週刊誌「日曜ソウル」(2018年8月17日付)では、朴槿恵パク・クネ)政権で推進されたコンテンツ支援事業「文化創造融合ベルト」が文政権になってから中断されたと報じられている。

 ところが、BTSが世界的な人気を集めると、文大統領は彼らを韓国内外のイベントに同行させはじめるなど、「BTSの政治利用」が問題視されるようになってきた。 

 BTS2018年にも国連でスピーチを行っており、同年に文大統領フランスを国賓訪問した際にも、現地で行われた「韓仏友情コンサート」に出演。文大統領も同公演を観覧し、終了後には壇上でメンバーたちとハグまでした。昨年も、BTS大統領府の庭園「緑地園」で行われた記念式典に招待されている。

BTSに旅費を支払っていなかった?

 韓国の大統領が国内の大衆スターに近づくことは過去の政権でもあったが、文大統領が築いているBTSとの親交は「国民の支持を得たいがため」「BTSを通じて自分のメッセージを発信するため」と冷ややかに解釈している国民が多い。

 そんな中、先月国連総会に同行した際、BTSには航空費、宿泊費、食費などの旅費が支払われていなかったとの驚くべき疑惑が浮上。韓国国内で大きな話題になっている。

 同疑惑は、最大野党「国民の力」の崔在亨(チェ・ジェヒョン)前監査院長が、9月30日、代弁人を通じて指摘したことで明るみに出た。実際、同党の曺明姫(チョ・ミョンヒ)議員が同日、外交部から提出を受けた「UN総会出席関連支出費用内訳」によると、外交部はBTSに対して何らの旅費も支給していなかった。

 実は、文政権には“前科”がある。2018年に文大統領フランスを訪問した際にも、BTSに対して諸経費を支払っていなかったのだ。

文在寅サインが入った「イニ時計」で相殺

 韓国のニュースサイト「イーデイリー」が2019年6月23日に報じた記事によると、当時BTSが受け取ったのは旅費ではなく、文大統領サインが入った「イニ時計」だった(「イニ」は文大統領の愛称)。

 大統領府の卓賢民(タク・ヒョンミン)儀典秘書官は「(BTSに対し)経費を払うと言ったが、それだけでも1億〜2億ウォン(約1000万~2000万円)になる。感謝の気持ちを込めて『イニ時計を差し上げる』と言ったら、ありがたくも(BTS側が)時計で相殺すると言ってくれた」と説明した。

 そして今回も「BTS無給論争」が激化し、世論の批判が高まると、卓儀典秘書官が釈明に乗り出した。10月1日には、韓国CBSラジオインタビューに出演し、「BTSメンバーから“お金は10ウォン(約1円)も受け取らない”と言われた」と説明。

 結局、大統領府は「まだ支払ってはいないが、支払うための計算は終えている」と苦しい言い訳に終始し、総額で17億ウォンかかった経費のうち、7億ウォンを政府が、10億ウォン事務所が負担したと発表。しかし、当初から説明が二転三転していることもあり、文政権への疑念が晴れたとはいいがたい状況だ。

国連総会で「本当に伝えたかったメッセージ」とは?

 一方、今回の国連総会に関する話題は、韓国国内でもBTSに集中していて、文大統領がスピーチでどんなメッセージを発したのかに注目している人は少ない。実は、文大統領2018年の第73回、2020年の第75回に続いて、今回も「朝鮮戦争の終戦宣言」について触れており、これこそがメッセージの核心だったと考えられる。

 今回も文大統領は、「朝鮮半島の終戦宣言のために国際社会が力を合わせてくださるよう再度求める」「南北と米の3者、または南北と米中の4者が集まって、朝鮮半島での戦争が終結したと宣言することを提案する」と述べた。

 任期末である現在、文大統領はこの「終戦宣言」を必死で推進しているが、その実現は不可能に近いと見る人がほとんどだ。というのも、対話のカギを握る北朝鮮と米国の見解が、平行線をたどっているからである。

 北朝鮮金正恩キム・ジョンウン)国務委員長が新年の辞で述べている「朝鮮半島の非核化」は、「韓国が在韓米軍を撤収させる」ことを前提にしている。先に米軍を撤収させ、米韓連合司令部を解体したのち、北朝鮮核兵器を段階的に解体するという意味だ。

 一方、米国が望む政策は「FFVD(最終的かつ完全に検証された非核化)」。これにより北朝鮮の非核化が遂行されれば、制裁を解き、経済・政治的支援を行うことになる。

 韓米同盟の解体か、核兵器の撤収か。「朝鮮半島の非核化」に関する北朝鮮と米国の立場は、相容れない。それでも、「朝鮮半島の終戦宣言」を任期満了7か月前に強調した文大統領BTSとともに踊る彼が夢見る朝鮮半島の未来とは、どのようなものなのだろうか。

チャン・ドンドン)

笑顔でBTSと写真撮影をする文在寅大統領 ©時事通信社