10年前に、5歳の息子を連れて夫の故郷である韓国に渡った立花志音氏。息子の成長とともに韓国社会に感じた違和感を綴るコラム。今回は韓国人と責任について。

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(立花 志音:在韓ライター)

韓国全土を巻き込んだ「ろうそくデモ」の結末

 来年の3月9日に行われる次期大統領選挙の様子がいつになく騒がしい。

 与党「共に民主党」の候補は李在明(イ・ジェミョン)氏に決まった。弁護士で市民活動家だった彼が政治家になったのは、2010年に京幾道城南市長に当選したことが始まりである。その後、城南市長2期目の途中で2018年京畿道知事に出馬、当選し現職に至る。

 彼は自らのFacebookに、「日本は敵性国家だ。軍事大国化した場合、最初の攻撃対象になるのは朝鮮半島だ」と投稿するほど、反日色の強い政治家だ。もし大統領に選出されれば、現職の文在寅大統領よりも厄介な相手になるだろう。

 10月だというのに気温が5℃まで下がり、北風が吹く夜に息子が話しかけてきた。

「そういえば、ろうそくデモに行ったよね。寒いのに嫌がる僕を無理やり連れて行ってさ」

 そうだった、筆者は5年前に朴槿恵大統領が弾劾された時、息子のママ友に誘われてろうそくデモに「冷やかしで」参加したのである。

 当時、朴槿恵大統領の親友である民間人が国政に関与していた、いわゆる「崔順実ゲート」が発覚したことから、朴大統領の弾劾を求めるデモはソウルから一気に地方にも広がっていた。筆者の住む地方でもろうそくデモが行われ、タイミングよく誘われたので一緒に行くことにしたのだ。

 渋々ついて来る息子にはあらかじめ説明しておいた。この国が間違った方向に行っているということ。自分たちで選んだ政治家を簡単に自分たちで降ろしてはいけないということ。大統領は間違いを犯したかもしれないけれど、私たちが選んだ大統領なのだから、私たちも反省する(責任を負う)ことが必要なのだと。

 案の定、ママ友はこのデモは韓国が民主主義であるということの象徴であり、非常に意義あるものだと力説してきた。自分で選んだ大統領を自分たちで引きずり降ろすことが民主主義なのだそうだ。

「でも、投票したのはあなたでしょ」と聞くと、「誰もこうなるとは思わなかった、だまされたのはこっちだ」と言う。

 ろうそくデモは、主婦に学生、子供たちまでも巻き込んで巨大化したが、最後は盛り上がりすぎて目的を見失ったのか、意味不明お祭り騒ぎになった。そして、この話の結末は読者の皆さんのご存じの通りである。

「日本が侵略したのではない」と語った朴正煕の言葉

 この国の大統領選挙は国民投票である。決まった以上は、何があってもその責任は任期満了まで国民にある。ところが、韓国人はこの価値も意味も何もわかっていない。

 先日も日本の岸田総理が選出される過程で、「日本は民意のないところで政治が進んでいる。韓国の方が民主主義先進国だ」とドヤ顔で話しているYouTuberを見かけた。議院内閣制を知らない人と政治について議論するつもりはさらさらないが、どうしたらよいものか。民主主義には責任が伴うということが、この国の国民はよくわかっていないようだ。

 韓国人論理的に物事を考えるのが苦手で、問題が起こると他人のせいにする。中国が漢の時代から属国として虐げられ、国内政治は権力闘争に明け暮れてきた歴史で、責任を取るということは、即ち永遠に失脚することを意味する。

 そして、国民は常に国に裏切られ続けてきた背景がある。

 1895年の下関条約によって、朝鮮は初めて独立国家として認められた。日本が清に勝ったからである。しかし、大韓帝国初代皇帝に即位した高宗はロシアにすり寄り、日露戦争が起こった時もロシア皇帝に使者を送り、手を結ぼうとしていた。

 日露戦争に日本が勝つと手を翻したように「第2次日韓協約」を締結。高宗は己の保身と引き換えに外交権を日本に引き渡した。当時の大韓帝国国民は高宗に裏切られたのである。

 朴槿恵大統領の父である朴正煕は、「日本が侵略したんじゃない。私たちの先祖が選択した。もし清国を選んでいたら清はすぐ滅びてもっと大きな混乱が朝鮮半島に起こっただろうし、ロシアを選んでいたら半島全体が共産主義国家になっていただろう」と発言したという。

 自国の歴史を客観的に見つめ、責任の所在を明らかにして総括できる政治家は数少なかった。ジレンマに陥った大半の政治家は歪んだ愛国心を前面に押し出し、その都度、国民は扇動され、翻弄されてきた。

 それは今の韓国社会も同じである。責任は上司が取るものではなく、部下になすりつけるものである。

「どうして韓国人は道端にごみを捨てるの?」と聞いてきた息子

 筆者がソウルの某ホテルで友人とのランチ中の出来事である。サンドイッチレタスに虫がついていた。ウエイトレスは呼ばず、こっそり責任者らしき人に伝えに行った。すると、謝罪に来たのは責任者ではなく若いウエイトレスだった。

「厨房で洗った時に虫はいなかったのですが、どこかで入った模様です」という答えとともに、同じサンドイッチがもう一つ運ばれてきた。責任の所在を明らかにできないので、誰が責任を取るべきかもわからないのである。

 例えば、学校の教室にごみが落ちていたら誰が拾うか。答えはたぶん「誰も拾わない」である。韓国の学校で教室の掃除は自分たちがするものではなく清掃業者がするものだ。

 ひと昔前は親が出向いて掃除をしていた。子供たちに、自分たちの教室を自分たちできれいに保つという概念はない。自分で落としたごみに責任を持つ必要はないのである。面倒なことは自分ではない誰かがすればいいことなのだ。子供たちはだんだんそう考える。

 親も、我が子は勉強だけして一流大学に入って大企業に入ることを望む。このような教育の違いが人格形成に大きく影響することを、実際に肌で感じてきた。

 5歳で韓国に来た息子が小学校に通い始めた当時、こう言った。

「どうして韓国人は道端にごみを捨てて唾を吐くの? なんで地球を汚くするの?」

 親としてぐうの音も出なかった。息子はごみ箱がない時は、キャンディーの包み紙一つにしてもずっと手に握っていたような子だった。

 10年弱の歳月が流れ、中3になった彼は、ずいぶんとコリアナイズされたふりをして生きている。

 自治体でのごみの分別回収も全く進まない。日本ではペットボトルのラベルを剥がして、中を洗って、キャップと分けて捨てることはもはや常識である。

 日本の場合は生産する側がラベルに剥がしやすい接着剤を使用し、回収する側として大手スーパーの場所の提供があり、捨てる側もポイントが付くなどのメリットがある。多方面からの協力で物事が前に進んでいくが、韓国ではそうはいかない。

 恐らく各々が自分たちのメリットのみを主張して、話は折り合わないだろう。結局、最後に政府が規則を作り、違反者には罰金を科すようになるだろう。

自主的に責任を取ると馬鹿を見る韓国社会

 今までもそうだった。交通整理一つにしても誰も決まりを守らないので、ありとあらゆるところに監視カメラがついて、駐車違反、速度違反をすると罰金の振込用紙が証拠写真と共に送られてくる。

 周りが決まりを守らないから、自分だけ守るのは馬鹿馬鹿しいと考えている。自分が決まりを守らないのは自分の責任ではなく他人の責任だということだ。よって、国民の公共意識が上がることはなく、無責任な社会になっているゆえだ。

 韓国は自主的に責任を取ると馬鹿を見るので、半強制的に責任を取らされる社会のように見える。誰が何をどこまでやるべきなのか、社会の一員としての責任を親も学校も教育しないのだから問題解決策は生まれない。

 議院内閣制であれ、国民投票であれ、選ぶ国民のレベル以上の政治家は現れないだろう。来年の大統領選挙で誰が大統領になったとしても、現時点の世論を見ていると日韓関係に光が差し込むことは期待しない方がよさそうだ。

 韓国人は日韓両国の首脳が変わるたびに今後の日韓関係はどうなるかなどの議論を始めるが、変わらなければならないのは、この国の国民一人一人である。

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