2016年の初演より「超歌舞伎」の脚本を担当している松岡亮氏が制作の裏側や秘話をお届けする連載の第十八回(最終回)です。(本連載記事一覧はこちら
 
 「超歌舞伎」をご覧頂いたことがある方も、聞いたことはあるけれどまだ観たことはない! という方も、本連載を通じて、伝統と最新技術が融合した作品「超歌舞伎」に興味を持っていただければと思います

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「九月南座超歌舞伎」キービジュアル

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熱量あふれ出た舞台と客席 「九月南座超歌舞伎」大千穐楽

文/松岡亮

 はやいもので、九月南座超歌舞伎公演が千穐楽2021年9月26日)を迎えてから、1か月たちます。前回のコラムでも触れたように、7月から8月にかけての全国的な新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、お稽古期間や初日近辺は薄氷を踏む毎日で、出演者の皆さんはもとより、私たちスタッフも連日緊張感をもって、お稽古や公演に臨んでいました。それだけに、千穐楽まで完走できたことに、ある種の感慨を覚えます。
 また今夏の社会状況から、南座でのご観劇を予定されていたものの、計画を断念されたお客様も多数いらっしゃるかと思います。そんななか、南座に直接足をお運び下さったお客様、配信でご自宅からご覧下さったお客様を始め、有形無形のご声援をこの度の超歌舞伎公演に送って下さった数多くのお客様に改めて御礼申し上げます。

「九月南座超歌舞伎」上演期間中の南座外観

 ということで、改めて九月南座超歌舞伎について、振り返ってみたいと思います。まずは激動のお稽古から初日近辺の話題から。
 『御伽草紙戀姿絵』についてはすでに記したように、リミテッドバージョン(以下、リミテッド公演)の配役でお稽古が始まりましたが、八月歌舞伎座、上方歌舞伎会にご出演の歌舞伎俳優の皆さん、またアクション担当の皆さんも別の現場があったこともあり、東京のお稽古では、それぞれの本役(ほんやく)以外にも、代わりに立つという形で進行していました。
 このお稽古で坂東彌風さん、坂東彌紋さん、市川笑猿さんのお三方が、稽古代役としてさまざまな役で立っていましたが、これがのちのち大きな役割を果たすとは、その時は誰も想像していませんでした。
 
 同時に『都染戯場彩』の振り写しのお稽古も始まり、公達の中村蝶紫さん、仕丁の中村獅一さん、鳶頭の澤村國矢さんはもとより、女流舞踊家の皆さんも加わり、三段返しの舞踊の全体像が浮かび上がってきました。
 なかでも、1か月通してのご出演となる、姫君の花柳まり草さん、芸者の坂東はつ花さんへの藤間勘十郎師の指導は厳しいものがありましたが、これもひとえに歌舞伎の本興行の歌舞伎舞踊として成立させるという、深い思いがあればこそのものでした。この時のお稽古に同席させていただき、振りに込められた意味や、それぞれの人物の踊りの中での心理描写などを拝聴することができたのは、私自身も大いに勉強になりました。

九月南座超歌舞伎『都染戯場彩』(2021)

出演者・スタッフが一丸となって

 こうして東京でのお稽古を終えて、南座に入りましたが、中村蝶紫さんが健康観察のための休演となり、『都染戯場彩』の公達は國矢さん、『御伽草紙戀姿絵』の茨木婆は笑猿さんの代役で上演することとなりました。
 特に國矢さんの場合、僅かな時間で公達から鳶頭へと変わらなければならず、その検証のために衣裳を付けてのお稽古が行われ、演出などを変更せずに、公達から鳶頭へ変わることが問題なくできることが確認されました。
 また『御伽草紙戀姿絵』のお稽古を終えたあとには、座頭である中村獅童さんから、急な代役であったにもかかわらず、本役と見まごうばかりに、茨木婆の台詞も動きも完璧にこなした笑猿さんに、「遠慮することなく、失敗を恐れず、堂々と演じて欲しい」という激励の言葉が伝えられましたが、これも今回の忘れられない光景のひとつでした。

九月南座超歌舞伎『御伽草紙戀姿絵』(2021)

 波乱含みのお稽古期間ではありましたが、獅童さんを中心に一致団結していった出演者の皆さん、また各セクションのスタッフの皆さん、南座の皆さんの尽力により、9月3日に初日の幕があいた時には、本当にホッとひと安心しました。
 とはいえ、終演後にリミテッド公演の最終通し稽古や、蝶紫さんの復帰にあわせての抜き稽古などが連日続き、9月6日から本来の配役での公演が始まり、出演者の皆さんもスタッフの皆さんも、ようやく心が休まる思いをしたと推察しています。

 9月12日には、南座から生配信が行われ、私自身も自宅から視聴しましたが、『都染戯場彩』『御伽草紙戀姿絵』ともに、獅童さん、初音ミクさんを始めとした出演者の皆さんの息がぴったりと合った舞台の充実ぶりと、カメラワークの見事さに唸らされました。特に『都染戯場彩』「雪の石橋」で、獅童さんの雄獅子とミクさんの雌獅子が勇壮に毛を振る場面での、おふたりのシンクロぶりがさらに進化した姿には感動を覚えました。

「超歌舞伎」一座で乗り越えた座頭の不在

 翌々日の9月14日は獅童さんのお誕生日ということもあり、午前の部終演後に舞台上でサプライズでのお祝いがあったことは、当日ご観劇いただいたお客様のSNSなどの投稿でご存じの方も多いでしょう。
 一座の皆さんの結束も日に日に増し、後半戦の折り返しに向けての好スタートとなりましたが、〝好事(こうじ)魔多し〟の言葉ではありませんが、獅童さんの体調不良にともない、松竹のガイドラインに則って、3日間の休演となりました。
 これをうけて、『都染戯場彩』の獅子の精は獅一さんが、『御伽草紙戀姿絵』はリミテッド公演と同じ、國矢さんの頼光、袴垂の二役、獅一さんの保昌の配役で上演することとなりましたが、リミテッド公演の座組で、歌舞伎の本興行の幕をあけるということは、かつてない、エポックメーキング的なできごとでした。

 とはいえ、当事者である出演者の皆さんのプレッシャーは並大抵ではなかったと思います。後日、國矢さんにこの時のお話しを伺ったところ、「超歌舞伎の舞台に、獅童さんがいらっしゃらないのは、初めての経験で、とくにかく心細かったです」と代役公演について振り返ってくださいました。
 そんな國矢さんに対して、獅童さんから「これはチャンスだから頑張って!」と激励のお電話があったそうですが、大きな柱である獅童さん不在のなか、ミクさんは言うには及ばず、國矢さん、蝶紫さん、獅一さんを始めとした一座の皆さんが〝ひとつ〟となって、常にも増した、熱量のある舞台をお客様に届けてくれたと、その場に居合わせたプロデューサーから、私のもとに連絡がありました。

九月南座超歌舞伎『御伽草紙戀姿絵』(2021)

 こうして2日間4公演を乗り切った一座の皆さんに、無事に復帰された獅童さんから感謝のサプライズ演出があったのが、9月20日の公演でした。
 コロナ禍以前であれば、復帰当日の楽屋入りの際に、出演者の皆さんの楽屋をまわって挨拶することが可能でしたが、現在は固く禁じられています。そこで獅童さんが思い付かれたのは、カーテンコール演出の一部として、座頭の留守を預かった一座の皆さんへ感謝の言葉を、ミクさんの代表的な楽曲のひとつ「Tell Your World」にのせて伝えることでした。
 カーテンコールの幕切れ、獅童さんを中心に出演者の皆さんが絵面にきまり、いつもなら柝がきざまれてそのまま幕となるのですが、いつまでも幕が引かれず、上手側(客席から向かって右側)にいる國矢さんは、「はやく幕、幕」と心の声を出しながら、幕を引くスタッフさんの行方を探していたそうです。
 下手側(客席から向かって左)にいる蝶紫さんは、その場の状況から師匠である獅童さんがサプライズ演出を仕掛けようとしていると、瞬時に悟ったとのことです。
 一方、獅一さんは獅童さんから詳細は明かされなかったものの、なんとなくその日の段取りについて相談があったことを明かしてくれました。
 思いがけない獅童さんのサプライズに、このお三方は勿論のこと、出演者の皆さんは驚かれたと思いますし、その感謝の言葉のひとつひとつに感激されたことと思います。
 残念ながら、私はこの日の舞台を観ることは叶いませんでしたが、プロデューサーの報告と、当日ご覧になったお客様のSNSで追体験することができ、胸が熱くなりました。

九月南座超歌舞伎『御伽草紙戀姿絵』(2021)

 9月20日にはもうひとつ大きな話題がありました。それは国内配信に続き、アメリカイギリスフランスなど、海外11か国に向けての英語字幕による配信が開始されたことです。歌舞伎の本興行の公演が、海外に配信されるのは本邦初のことで、歌舞伎生配信に先鞭をつけた超歌舞伎ならではの取り組みでした。
 また台湾出身の熱心な超歌舞伎ファンのお客様と獅童さんとの思いがけない交流も、今回の公演で特筆すべきできごとのひとつで、これを受けての〝超歌舞伎台湾対談〟の配信などは、いかにも超歌舞伎らしい展開だと非常に嬉しく思いました。
 こうした海外配信や海外の超歌舞伎ファンのお客様とのご縁が、いつの日か超歌舞伎の海外公演に結びついていけばと、ひとり夢想しています。

九月南座超歌舞伎『御伽草紙戀姿絵』(2021)

迎えた大千穐楽 多くの方への感謝を込めて

 このようにさまざまなドラマのあった、九月南座超歌舞伎公演ですが、9月24日にはリミテッド公演の千穐楽9月26日に大千穐楽を迎えることができました。特に26日午後の部の南座の客席は、開演前からペンライトの光でうめ尽くされ、最高潮の盛り上がりを見せていました。
 定刻の15時30分となり、『超歌舞伎の魅力』から引き続いての『都染戯場彩』の幕があきましたが、舞台、客席とも今回の南座公演で最大限の熱量で包まれた、超歌舞伎ならでは劇空間となっていました。
 そして『御伽草紙戀姿絵』の口上では、今は亡きお母様や十八世中村勘三郎さんとのエピソードを始め、1994年12月南座の顔見世興行に加賀鳶の数珠玉房吉ひと役で出演した折の思い出、さらに、今こうして座頭として南座の舞台に立っている思いを、獅童さんが語られましたが、お客様は勿論のこと、私たちスタッフも思いひとしおの口上でした。

 やがて、オープニング動画から発端へと物語は展開していきましたが、2019年の秋の台本執筆に始まり、劇中音楽の録音、ミクさんへの振り写し、徐々に作品の形が見えてきたところでの公演中止。パンデミックのためにひとたび眠りについた作品が、2021年2月に再び日の目を見ることが決定し、4月の幕張メッセ公演からの南座公演は、長い長い旅路をへて終着駅に到着するような一抹の寂しさと充足感のあるもので、その締めくくりとなった舞台は、スタッフというよりもむしろ一観客として拝見しました。

九月南座超歌舞伎『御伽草紙戀姿絵』(2021)

 大千穐楽の舞台の充実ぶりと、引き続いてのカーテンコールについては、まさに「筆舌つくしがたい」舞台で、何と表現すれば良いのかわかりませんが、あの場に立ち合うことができた幸せと、あの雰囲気を創出してくださった、獅童さん、ミクさんを始めとした出演者の皆様、南座に詰めかけてくださった数多くのお客様はもとより、関係各所のスタッフ、さらに南座のスタッフの皆さんに、ただただ感謝するばかりです。
 超歌舞伎が生まれた場所である幕張メッセイベントホールに続き、2019年2021年の公演により、京都南座はまぎれもなく超歌舞伎にとって、第二の聖地になったと思っています。


 まだまだ書き足りないエピソードがいろいろとありますが4月に始まった本連載も、ひとまず今回をもって終わりとなります。半年に及ぶ連載をご愛読くださった皆様、本当にありがとうございました。

 最後に、中村獅童さん、初音ミクさんを始めとした出演者の皆様、幕張メッセ公演、南座公演のためにご尽力いただきました、ドワンゴ様、NTT様を始めとした関係各社の皆様、そして数多くのお客様に、改めての感謝と御礼を申し上げて、「超歌舞伎 その軌跡(キセキ)と、これから」の稿を閉じたいと思います。

執筆者プロフィール

松岡 亮(まつおか りょう

松竹株式会社歌舞伎製作部芸文室所属。2016年から始まった超歌舞伎の全作品の脚本を担当。また、『壽三升景清』で、優れた新作歌舞伎にあたえられる第43回大谷竹次郎賞を受賞。NHKワールドTVで放映中の海外向け歌舞伎紹介番組「KABUKI KOOL」の監修も担う。


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