いきなりし手の話で恐縮だが、先手番のやねうら王が初手の1六歩と突き、以下3四歩7六歩8四歩1五歩と進んだ。それが第1図の場面だが、ここまで見て、やねうら王も味なことをやる、と感心した。

 棋史に名を残す、阪田三吉と木村義雄が戦った「南寺の決戦」で、阪田が後手番の一手9四歩と端歩を突いたのは、ご存知の方も多いだろう。

 世間は驚いたが意はにもわからず、以来「の一手」と言うことになっていた。

 それが十年くらい前から後手一手損換戦法が多くされるようになり、阪田の端歩も不思議な手とは思われなくなった。第1図も、9五歩を序盤にいては不急の一手と見れば「南寺の決戦」と先後を入れ替えた、本質的には同じ局面とも言える。要するに、相手の出方を見る、という意味なのである。イギリスの古いは「真理は時の」と言っているが、歳はいろいろな事を教えてくれる。

 さて、対局場は両技館。土俵の上に舞台を作り、そこで対局するわけだが、最初だけ立会いの有野七段と並んで私も盤側に座った。そうして広い館内を見渡しているうち40年も昔の思い出が甦ってきた。

 昔話のついでにそれを書くと、昭和50年、「将棋の日」が制定されたのを記念して、先代の蔵前技館で第1回の催しが行われた。

 まず十段戦中原誠大山康晴戦が戦われ、それが序盤だけで終ると、導対局やら棋士多数による連将棋などあった。八千人ものファンが集まり、催しは大成功だった。この企画から実行まで、総てを取り仕切ったのは澤博文で、彼も大いに気をよくした。

 ところが、後に請書が将棋連盟に来ると、その額の大さに理事会は仰した。そして澤はきつく叱責されたそうである。接待と称して連日、銀座赤坂あたりのクラブ、料亭でドンチャン騒ぎをしていたから、叱られても仕方ないが、それにしても大らかな時代だった。

 戦は「四間飛」対「居飛車穴熊」となった(第2図)。またまた昔話になるが、これは30年も昔、盛んにされた戦である。私も振り飛車党だったので、ずい分したが、いつもひどいにあったものだった。

 第2図からのし手。

8六歩   7五歩 2五
5一 7五歩 2四歩 1三
  7四歩 2二 1四歩

 はやる気持ちをおさえかねたか、佐藤8六歩と仕掛けた、自信はあったのだろうが、これが敗因の一つとなった。もっとも、この後の進行中、佐藤有利と思われる場面もあったから、8六歩を悪手と言うことはできないが、結果的には、やねうら王ペースとなった。

 8六歩では、4二引と固め、以下先手が2六歩から「冠り」に組んだら3二寄とさらに固める。これが振り飛車側には嫌なのである。昔はみんなそうした。

 8六歩をは意外。同歩以外は考えられないところだ。私は控室でもっぱら、一丸さん(ツツカナ)と竹内さん(習甦)のところにいて、ツツカナ読み筋をパソコンの画面で見ていたのだが、アナログ老人には驚異的な精密さだった。第2図から第3図あたりまではそれほどでなかったが、その後にを見ったのである。たしかに終盤はめちゃくちゃ凄い。

 一例を上げれば、第3図からのツツカナの予想手順は、3二から2三の組み替えで、そうして2二玉と上れば、端の勢関係は後手が有利になる。得の利がはっきりする、という理屈である。

 こうした考え方は、人間にはできない。穴熊にもぐった流れにこだわってしまう。コンピュータセンスがよいのは、第1戦の最終手6七歩成ですでに見せつけられた。あの局面は、プロで言う「どうやっても勝ち」で、勝ち方はいろいろあっただろう。その中で習甦6七歩成を選んだ。私はすっかり感嘆し、竹内さんに「谷川浩司を思わせる」と言ったのだった。

やねうら王、会心のしまわし

 局面は進み、佐藤8三飛と浮き、6三歩成を受けたのが第4図。

 佐藤人生の苦難をすべて背負いこんだ(ちょっとオーバーか)ような表情である。形勢が思わしくないからではない。第一手すときから同じ表情なのだ。だから名物棋士なのだが、これを機会に佐藤ファンが増えることだろう。

 第4図からが本局のハイライト。ここからやねうら王は会心の手順を見せる。

 7三歩成と成り捨てたのがうまい。同飛と取らせて五飛と出たところは、後手が困っている。

 ツツカナの評価値は千点を越えた。やねうら王はどうなのだろうと、特に中継室に入れてもらい、遠山五段と共に、やねうら王読み筋を見た。やはり7三歩成と五飛の二手をしたところで評価値がぐんと上っている。必勝の形勢と読んでいるのだ。

 「やっぱりな」と遠山君のきもがない。彼は電王戦に深くかかわっているから、勝負が一方的になるのはおもしろくないのだろう。

 傍観者たる私だって同じだ。控室に戻ると第3戦の登場する豊島七段がいた。

 「君、第3局はしっかり勝ってくれよ。将棋界の命運は君にかかっているんだ」

と言うと、すかさず片上六段が

 「先生プレッシャーをかけますね」

 なに本当に強い棋士は、プレッシャーがかかったときは、さらに強くなるものだ。

 当の豊島君は、どこ吹くと反応がなかった。こういうところが、かえって頼もしい。

■戦い終えて

 突然控室が騒然としてきた。「逆転したか」のも聞えてくる。色から察するに、多くの人がプロ棋士を応援しているのだ。一年前と様変りである。さらに、コンピュータが定評ある終盤で誤ったらしい、というのも奮の一因になっていたのだろう。

 その局面が第5図で、佐藤6三香と打ったところ。次に、うっかり3一成は6三飛成のとき、2八で詰み。もちろんこんなヘマをコンピュータは絶対にやらない。ツツカナの評価値も急に下がって、点になっている。まだやねうら王がやや有利、という判断だ。

 しかし、コンピュータ読みを見ていた私は、やはり佐藤が勝てないだろうと思った。

 第5図からのし手

 五飛 6四香 4八引 6七香成
 3二 2四歩 五飛(第6図)

 を見捨てて五飛が冷静。6四香には4八引と玉を広くして、先手玉は容易に寄らない形になった。ここで大勢、決したのである。

 実を言うと、6三香と打たれた局面でもやはり佐藤が勝てない、と私は思っていた。というのも、ツツカナは、五飛から4八引までをくから読んでいたからである。なら、やねうら王も当然読んでいるに決っている。

 佐藤眼鏡をかけた。左肘を息にかけ、手のひらで俯いた額をささえている。それは何よりも佐藤の非勢をあらわしていた。  

 第6図から一分のすきもなく寄せ切って、やねうら王の勝ち。佐藤もよく戦ったが、やねうら王が強すぎた。

 終ってから磯崎さんに「第2図のところでは、後手4二引がよくされたんですけどね」と言ったら「それも予想していました」これには絶句。まるで大山名人みたいだ。

 将棋いて、コンピュータが人間にどれだけ戦えるか、というところから電王戦が始まり、世の関心を呼んだ。

 それからたった一年で、人間がコンピュータに勝てるか、と逆転してしまった気配である。仕方ない、と言う人もいるが、私はやっぱりまだ人間の方が強いと思いたい。くり返すが、豊島七段以下の諸君には、ぜひ勝ってもらいたい。

関連サイト
・[ニコニコ生放送]第3回 将棋電王戦 第2局 佐藤紳哉六段 vs やねうら王
http://live.nicovideo.jp/watch/lv161973445?po=news&ref=news
・[ニコニコ静画]第2局 佐藤紳哉 六段 vs やねうら王
http://seiga.nicovideo.jp/watch/mg85595

第1図