(ジャーナリスト:吉村剛史)

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 SNSを駆使して行われている中国の対日「言論戦」。その最前線に立つと目される中国の薛剣・駐大阪総領事のツイートが“暴走”している。

 東京では駐日大使の孔鉉佑氏がツイッターのアカウントを開設し、「友好交流」「互恵協力」を掲げて日本語で丁重なあいさつを発信する一方で、大阪の薛氏は同時進行で、国際人権団体が香港オフィスを年末までに閉鎖すると発表したことに対し「害虫駆除!!!」などと一刀両断。「一国の総領事としていかがなものか」「人間性が言葉に出る」などの批判も噴出し、物議を醸している。

 こうした中国の駐日外交官らの統制のとれていない発言の背後には一党独裁の中国らしい「熾烈な出世争いが存在する」という内幕も指摘されていて・・・。

外交官らしからぬツイートを連発

 今回の薛氏の炎上ツイートは、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが10月25日、香港の2オフィスを年末までに閉鎖すると発表したことを受けたもの。香港で施行された国家安全維持法(国安法)により、中国政府からの報復を恐れずに自由に活動するのが「事実上、不可能になった」とし、同団体は10月31日で香港支部を閉鎖。同じく香港に置かれてきた国際事務局の地域事務所も年内で閉鎖し、その機能はアジア太平洋地域の他の事務所によって引き継がれることになった。

 民主化デモへの過激な取り締まり追及など40年以上香港で活動してきた同団体だが、2020年に施行された国安法によって「どのような活動が犯罪になるのか不明」「政府の取り締まりが市民社会の組織にまで広がってきた」とし、今後はインターネットを通じた支援活動の姿勢を表明している。

 そしてそのことが報道されるや否や、薛氏は自身のツイッターで「害虫駆除!!!快適性が最高の出来事また一つ。」として、絵文字クラッカーと笑顔を3つずつ並べるなど大はしゃぎ。批判ツイートが殺到したものの「多くの方々からコメントを多数頂いた。ありがたく思っている」とうそぶき、同団体を「他国政権の転覆を謀ってきた正真正銘の政治団体」「さまざまな分野で中国の内政に干渉し続けてきた」「中国政府に『反中団体』と認定されている」などとしている。

 薛氏といえば、今年8月、アフガニスタンからの米軍撤収の報道を受けた際にも、首都カブールの空港から脱出する米軍機にしがみついた人々が上空から転落する様子を揶揄するような内容のツイートを発信したことはJBpressでも既に報じた*1。この時にも「外交官としてあり得ない」「人命に対する感覚が麻痺していると」などとする批判が日本や台湾から噴出したのだが、その後も過激ツイートはとどまるところを知らないようだ。

*1 米軍機の人落下を揶揄の中国総領事、日本へほっこりツイのなぜ?
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66605

「台湾独立=戦争。中国には妥協の余地ゼロ!!!」

 折しも薛氏がこのつぶやきをアップした翌10月27日には、東京の孔鉉佑駐日大使がツイッターのアカウントを開設した。孔大使はそこで「(日中)両国国民同士の相互理解を深化させ、友好交流および互恵協力を増進するため」だと日本語で丁重にあいさつし、情報発信を通じて対中感情の改善につなげようとする姿勢をにじませているにもかかわらず、薛氏はこれにも全くお構いなしの様子。

 というのも、米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長が27日に公開された米メディアインタビューで、中国による極超音速兵器実験に関し、「非常に懸念している」と述べ、米国が開発競争で後れを取っていることを示唆した報道について、笑顔の絵文字付きで嘲笑するかのように「米統合参謀本部議長が懸念?分かりやすく解説したら、米国民に『もっと金くれ』と言うことか!」とバッサリ切って捨てたのだ。

 この極超音速兵器は米国やロシアも開発競争を展開しているが、中国が核弾頭を搭載できる極超音速ミサイルを今年夏に試験発射したと、英紙フィナンシャル・タイムズが報じて波紋が広がった。中国当局は通常の宇宙船実験だったとして報道を否定したが、音速の5倍以上の速度で低空を飛行し、機動性も高く、既存のミサイル防衛網での迎撃は困難とされるだけに、ミリー氏は、旧ソ連が米国に先んじて人工衛星スプートニク」を打ち上げ、米国に衝撃を与えたことになぞらえ、懸念を露わにした。

 また、これとは別に、ラジオ・フランス・インターナショナルが報じた、台湾の外交部長(外相)の「我々は軟弱姿勢が侵略を招くと信じている」とする発言に関しては、「台湾独立=戦争。はっきり言っておく!中国には妥協の余地ゼロ!!!」と噛みついている。

東京の中国大使とは正反対の「戦狼」ぶり

 このように罵倒や嘲笑、過激発言のオンパレードの薛氏のツイートを見て、薛氏をよく知る日本の外交官の中からは「もう狼戦士の時代でもないのに」「以前はこんな発言をするようなイメージの人物ではなかった」「忠誠心競争に毒されてしまったのか」と呆れ果てたかのような感想が百出。

 SNS発信を「『和を以て貴しと為す』との理念」に基づいて行うとする東京の孔氏との隔たりの大きさに、「駐日中国公館内部の連携が全くとれていないかのようだ」との見方が浮上しているが、それを裏付けるかのように、中国公館の内情に詳しい関係者らからは「薛氏の度を越した過激発言の背景には出世競争が存在する」との指摘も出ている。

「薛氏のライバルは駐日大使館で公使を務める楊宇氏。孔鉉佑大使は実質お飾りで、その影響力は薄く、事実上の大使館の実権は番頭格の楊宇氏が握っているというのが大方の見方。そんな中で、次期大使のイスをめぐって、大阪の薛氏は、戦狼外交を展開する本国に存在をアピールするために過激発言を繰り出しており、逆に楊氏はこれを抑えるかのように孔大使の『友好姿勢』のSNS発信を演出している」というのだ。

 大使の孔氏については、2020年3月、新型コロナウイルスの蔓延に際し、世界保健機関(WHO)総会への台湾のオブザーバー参加の可能性について、筆者のインタビューに、いったんは「その方向で検討している」と回答したものの、その後本国からの叱責があったのか、態度を一変させて否定。取材自体が「なかった」とする仰天対応を見せたことは本誌既報の通りだが、こうしたことが原因となったのか、その後の大使館内での実権は小さくなり、楊氏が事実上の実権を握ったとされる。

過激ツイートは本国へのアピールが目的か

 一方の薛氏は1968年7月、江蘇省淮安市漣水県生まれ。北京外国語学院日本学部で学び、外交部(中国外務省)へ。駐日大使館公使参事官や外交部アジア局参事官など歴任し、2019年からアジア局副局長を務めた。

 薛氏の前任の駐大阪総領事は2020年2月に着任したものの、1年もたたないうちに本国に帰国したまま音信を絶ったため、在阪華僑らの証言をもとに“粛清人事”の疑いが濃厚であることを筆者は先駆けて報じたが*2、薛氏は、前任者の長い空席のあと、今年6月に着任したばかり。

*2 大使の「台湾のWHO参加容認」発言翻す中国の迷走
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60026

 駐大阪中国総領事館は、近畿、中国、四国など2府12県を管轄し、欧州の小国ほどの経済力にも比肩し得るエリアのため、日本では東京の駐日大使館に次ぐ規模を誇る在外公館で、総領事も大使級とされる重要な在外公館だ。一時は勝負がついたかに見えた楊氏との大使ポスト争いが、この人事で薛氏は再び「勝負になる」と見込んだのだろうか。

 孔氏と薛氏の正反対のツイッター発信が前後して行われていた10月27日は、来年2月4日北京五輪開幕の100日前にあたり、在日のウイグル南モンゴル、香港の人権活動家ら約20人が人権弾圧下の北京冬季五輪の開催に反対し、東京都内で抗議集会を行った。

 日本に拠点を置く香港の民主化運動の活動家らは、日本ウイグル協会や世界モンゴル人連盟などのメンバーらとともに、香港や新疆ウイグル自治区などにおいて中国当局による人権侵害や弾圧が改善されない限り、日本政府は首脳や要人らの派遣を見送る「外交的ボイコット」を実施すべきだと訴え、港区の中国大使館前で、中国政府に人権状況を確認する国際調査団の受け入れなどを求める声明文を読み上げたが、メンバーらは薛氏が国際人権団体を「害虫」と揶揄したことについても「中国政府の人権感覚を、忠誠心競争に我を忘れた外交官がはからずも体現しているとしか思えない。恥ずかしい」と肩を落としている。

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過激なツイートを展開する薛剣・駐大阪中国総領事(総領事館HPより)