起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第77回)。

通電されるとしゃっくりのような声を上げた花奈ちゃん

 松永太が緒方純子の親族である緒方一家6人のうち、最初に緒方の父である孝さん(仮名、以下同)を殺害したのは、1997年12月21日のこと。それから和美さん(緒方の母)、智恵子さん(同妹)、隆也さん(智恵子さんの夫)、佑介くん(隆也さん夫妻の長男)の順で命を奪われ、98年5月下旬頃には、佑介くんの死体解体が終了した。

 そして松永らのもとには、緒方一家のうち、当時10歳の花奈ちゃん(同夫妻の長女)だけが残された。

 年端もいかない彼女を、“排除”したいと考えた松永がどのような行為に出たか、福岡地裁小倉支部で開かれた公判の判決文(以下、判決文)は詳らかにしている。

〈松永は、平成10年(98年)5月下旬ころから、毎日のように、花奈に対し、種々の口実で、花奈の腕や顔面(両顎、両唇等)にひどい通電を繰り返した。花奈は、両顎に通電されると、短いしゃっくりのような声を上げた。その際、花奈は、通電を受けながら、松永に対し、「何も言いません。絶対に言いません。」と繰り返し言った。松永は、そのうち、全く理由を設けないで、花奈に通電するようになった。また、花奈に対し、プラグの接触時間を長くして通電するようになり、そのような通電によって花奈の二の腕に大きな火傷を負わせたが、松永は、傷口付近を古新聞で巻いて置くだけにして、放置した〉

 これらは緒方の証言をもとにしたものだが、そうした虐待に、彼女が抱いていた感想も明かされる。

〈緒方は、台所で、花奈に対する通電の様子を見ていたが、そのときは、松永が花奈に通電するのは花奈を西浦家(仮名、隆也さんの実家)に帰すための口止工作ではないかと思っていた。しかし、現在では、松永が、花奈に対し顔面、両顎に繰り返し通電したのは、花奈の思考能力を奪ったり、花奈に生きていたいという気持ちを失わせたりするためではなかったかと思う〉

 この証言からわかる通り、当時の緒方には、10歳の少女への虐待という、異常事態についての抵抗感が欠落している。その場にいた唯一の大人がこうした状態のなか、花奈ちゃんは松永に追い詰められていった。

「あんまり食べさせなくていい。太っていたら大変だろう」

〈松永は、そのころから、洗面所で、花奈と2人で、毎日、1日1回から3回くらい、1回当たり30分から時には1時間以上も話をした。松永は洗面所のドアを閉めて花奈と2人だけで話しており、緒方は後で松永から花奈との会話の内容を聞くこともなかったので、松永と花奈がどのような会話をしていたのかは分らない。緒方は、当時は、松永が花奈を西浦家に帰すため、あるいは、被告人両名(松永と緒方)との同居生活を続けさせるため、被告人両名が犯した犯罪を他言しないように言い含めているのではないかと思っていた〉

 後に緒方は〈花奈に死を受け入れさせようとしていたのではないかと思う〉と考えを改めたことを明かしている。とはいえ、その場でなにか具体的な行動に出るということはなかった。

〈緒方は、そのころ、松永に対し、花奈に食べさせる食パンの枚数を尋ねたとき、松永は、食パンの枚数を4枚から1、2枚に減らすように指示して、「もうあんまり食べさせなくていい。太っていたら大変だろう。」と言った。緒方は、松永が花奈の食事を極端に減らしたこと、和美の死体解体作業の際、脂肪が多く解体作業に苦労した経験があったので、松永の言葉が、「花奈が太っていたら死体の解体作業が大変だ。」という意味に理解されたことから、松永が花奈の殺害を考えているのではないかと思った。甲女(広田清美さん)もその場に居り、松永の発言からそのことを察した様子であり、緒方と顔を見合わせた〉

同時期の状況について清美さんの証言は

 同時期の状況について、松永や緒方と一緒にいた広田清美さん(甲女)は次のように供述している。

〈花奈は死亡直前ころになると、顔や身体が痩せていた。花奈は1日1回食パンだけを与えられた(枚数は覚えていない。)。花奈はおむつを使用させられた。花奈はたびたび通電された。松永は、全裸の花奈の手足をすのこに縛り付け、手足、顔面、陰部等にひどい通電をした。花奈は、通電を受けたとき、「ヒックヒック」としゃっくりのような声を上げた。花奈は、寝るときは、おむつパンツだけを身に着け、両手を合掌させて手首を縛られ、首と手足を一緒に縛られ、両足首も縛られた。

 

 松永は、佑介事件後、何回か、花奈と2人だけで話をした。

 

 松永は、佑介事件後、花奈を殺害する何日か前、「片野マンション」(仮名)の和室で、緒方に対し、「あいつは口を割りそうやけ、処分せないけん。」と言った。そのとき、甲女も和室に居た。

 

 松永は、そのころ、緒方に対し、「死ぬけ、食べさせんでいい。」と言った〉

2歳児用の紙おむつを着用できるほど痩せ細った花奈ちゃん

 この時点で、花奈ちゃんは2歳児用の紙おむつを着用できるほどに痩せ細っていたという。前記公判における検察側の論告書(以下、論告書)は、清美さんの供述をもとにした、花奈ちゃんが97年夏に北九州市に連れて来られてからの変化にも触れている。

〈「片野マンション」で生活するようになった当初は、花奈は、通電などの虐待を受けることはなく、和室で寝ていた。花奈は、甲女と一緒に、SPEEDの「Wake Me Up!」という曲を歌いながら掃除をするなど、明るい子であった。

 

 しかし、孝、和美、智恵子及び隆也が「片野マンション」で生活するようになった平成9年(97年)11月ころ以降は、花奈は松永から些細なことで怒られ、通電を受けたり、叩かれるなどの暴力を受けたりするようになった。花奈は、松永にトイレを制限されていたし、トイレに行くときも、甲女が同行する必要があった。また、花奈は、寝るときはいつも布のひもで両手両足を縛られていた。

 

 平成10年5月末ころには、花奈は、「片野マンション」で生活を始めたころと比べて、顔や身体が一目見て分かるぐらいに痩せていた〉

 

松永が殺すつもりでいる人を監視させられた清美さん

 また、同論告書は、花奈ちゃん殺害を意識した松永が、清美さんに対しても、“あること”を指示していたことを明かす。

〈佑介の解体が終了した5月末ころ、松永は、甲女に対し、「今までは甘くしてきたけど、もう許さない。」などと言い出して、甲女を(「片野マンション」の)和室から追い出した。以後、甲女は、台所で、花奈と一緒に寝るようになった。しかし、甲女は、松永の怒りを買うようなことは何もしていなかった。いま思えば、由紀夫(清美さんの父)の時も殺害直前ころは由紀夫と一緒に生活させられていたから、松永は、殺すつもりでいる相手の監視役をさせていたのかもしれない〉

 清美さんも、花奈ちゃんがやがて殺害されることを予見していたのである。

〈甲女は、花奈を殺した後は、死体解体をするのは緒方しかいなくなるため、今度は自分も手伝わされると思い、嫌な気持ちであった〉

 連日の虐待によって、〈花奈は特に体調の不良を訴えることはなかったが、身体は痩せ、常に無表情だった〉という状態になっていた。論告書は殺害前日の出来事について、以下のように説明する。

〈花奈殺害の前日である平成10年6月6日ころ、松永は、緒方に対し、「花奈ちゃんも、死にたいと言っている。」と言った。これに対し、緒方が、「殺すんですか。」と尋ねたところ、松永は、「まだ、はっきり分からん。」と答えた〉

松永が東篠崎マンションに行くのは「殺害しろ」という暗喩

 しかしこの日、松永は緒方に向けて、「明日から東篠崎(マンション=仮名)に移動する」と話している。これまで、緒方一家が殺害されてきたのは、すべて「片野マンション」でのこと。つまり、彼が「東篠崎マンション」に行くということは、自分が関わりのない状態で、「花奈ちゃんを殺害しろ」ということの暗喩でもあった。

 そして6月7日、松永の指示によって、花奈ちゃんの命が奪われることになるのだ。

 その日付が明確な理由について、判決文には“わざわざ”次のようにある。

〈花奈が平成10年6月7日に殺害されたことは、緒方はその日付けを確かに記憶している上、「知人の誕生日7月6日)の逆」と自分に言い聞かせていたことからも確かである〉

 本旨からは少し外れるが、この花奈ちゃん事件については、松永と緒方が逮捕後に立件(4回目の逮捕)された、“最初”の殺人事件であるということに考えが及ぶと、小さな疑問が生まれる。

 というのも、私自身がこの連載ですでに記しているのだが、松永と緒方が花奈ちゃん殺人容疑で再逮捕された2002年9月18日時点では、緒方は黙秘を貫いていたはずなのだ。関係者の間では、彼女が自供に転じたのはその次の孝さん事件での再逮捕(5回目の逮捕、同年10月12日)以降のこと。つまり、花奈ちゃん事件で立件された時点では、「知人の誕生日」云々の話はしていなかったことになる。

 そこで、花奈ちゃん事件での逮捕当日に、捜査本部が出した逮捕の広報文を確認すると、〈逮捕事実〉は以下のようになっていた。

〈被疑者両名は、被害者を殺害することを共謀し、平成10年6月7日ごろ――〉

 こちらでは「ごろ」との表現は付くが、それでも正確な日にちを割り出している。この時点で松永と緒方の犯行について証言していたのは清美さんだけのはずだが、後の公判で彼女が日にちに触れた供述はない。

 いったいどのようにして、捜査本部が緒方の自供なくして日にちの特定に至ったのだろうか。もしくは緒方が実はその時期には自供していた可能性も含めて、些末な疑問ながら、気になったこととして、ここに記しておく。

第78回へ続く

「両方から引っ張れ」最後の標的も殺され、緒方一家6人は全員がこの世からいなくなった へ続く

(小野 一光)

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図