メディアゴン編集部

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10月31日放送のTBS番組『水上の挑戦者SP 100秒で賞金3900万円!最も歴史あるビックレースを生中継!』。この番組は少なくなりつつある競艇ファンを増やそうという意図のもとに製作・放送された番組であった。果たして、その目的が叶えられるような番組になっていたかを考える。

筆者は物事が流行る、人気になるには3つの段階を経なければならないと考える。以下ロバート・J・シラーの『ナラティブ経済学: 経済予測の全く新しい考え方 』(東洋経済新報社)を参考にして述べてゆく。『ナラティブ経済学』は経済事象がどのように人に伝播し、広まっていくかについて書いた本である。著者はその広がり方に三つの段階を提示する。

第一段階は「ナラティブ(narrative)」である。ナラティブとは、誤解を恐れずに言えば日本語で「物語」と考えて構わない。

第二段階は「バイラル(viral)」である。バイラルは、「口コミ化」のことである。

第三段階は「セレブ(celebrity)」である。セレブはつまり「有名人」である。

尚、この3つのポイントの出現順は順不同で構わない。たとえば、ビットコイン仮想通貨)なら・・・

*中央銀行やや単一の管理者を持たない、安定した通貨を作る方法があるという大きな「物語(ナラティブ)」から始まった。

*上記物語から、この仕組みを考えたのが、サトシ・ナカモトと言う謎の人物であり。発掘という作業(マイニング)をすれば 誰にでもビットコインが手に入るという「口コミ(バイラル)」も生まれて、多くの人には、意味も分からぬまま広がる素地が出来た。

*この仮想通貨にはFacebookを率いる大富豪マーク・ザッカーバーグ「有名人(セレブ)」が大きな関心を抱きリブラというデジタル通貨を造ろうとした。

という流れになる。この考え方は他の一般の事象の流行化、認知度向上にも援用できると考える。特にエンターテインメントとの親和性は高い。

[参考]<職業=有名人の小室圭>有名人と一般人の違いはどこにある?

2016年に大流行したピコ太郎の『PPAPPen-Pineapple-Apple-Pen)』を事例に考える。

*まず、「口コミ(バイラル)」が広がる。「謎のシンガーソングライター」たるピコ太郎が「YouTube」に公開した歌「PPAP」は意図不明だが、妙に耳に残る。

I have a pen. I have a apple. oh, apple pen. I have a pen. I have a pineapple. oh, pineapple pen. apple pen. pineapple pen. oh, pen pineapple apple pen.

*続いて「物語(ナラティブ)」が生まれる。楽曲は分析されヒットの法則にあるものは「曲は嬰ハ短調で、BPM136。ボーカルは、F♯からC♯」「独特なリズムに乗せた中毒性の高いフレーズ」などと語られるようになる。

*「有名人(セレブ)」も登場する。「独特なリズムに乗せた中毒性の高いフレーズ」とツイートしたのは若者のカリスマジャスティン・ビーバー

つまり「多くの人が興味のある大きな物語が生まれ、その物語は他人に伝えたくなる細かな口コミとなるような面白いものに変わって行き、その物語と口コミに有名人が関わってくる」ことになれば流行が生まれるのである。番組で流行を発生させるには、この条件を揃えて表現しなければならない。

4つの公営ギャンブルのうち、競馬を除く、競輪、競艇、オートは皆、斜陽である。今回番組になった競艇で「ナラティブ」「バイラル」「セレブ」の3つを完成させるのはなかなか難しい。だが、番組はなかなか頑張っていた。

出演は【司会】タカアンドトシ、【ゲスト】ウルフ アロン(東京五輪柔道100kg級金メダリスト)、3時のヒロイン(福田麻貴・ゆめっち)、芦村幸香(元モデルのボートレーサー))、【アシスタント】皆川玲奈(TBSアナウンサー)、【現場リポート】伊藤隆佑(TBSアナウンサー)、【ロケ】飯尾和樹(ずん)

以上のような布陣。超豪華ではないが、夕方の笑いの番組だったら十分だ。しかし、この出演者たち(いわばセレブのポジションである)は解説者を除いて、全く競艇を知らない。「セレブ(有名人)」条件においては、そのセレブが対象の事象(つまり競艇)に熱烈な興味をいだいていないと成立しない。

競艇ファンと言えば昔なら横山やすし。現役では徳光和夫、立川談春、見栄晴蛭子能収などだが、彼らのキャラクターはセレブとは呼べない。合格なのは坂上忍だが、出演料は、いま高額だ。選手自体をセレブとして起用することも考えられるが、競艇選手は体重が軽いことが選手の条件なので、イケメン美女はいるが、みな背が低い。ルックスという点から、選手自体をセレブととらえるのは難しい。多額の賞金額と言っても、3億円にすら届かず大谷翔平とは雲泥の差。選手の平均年収は1700万円で、司法試験に合格した場合の小室圭さんの2000万円にも届かない。

ナラティブ(物語)」は、競艇のレース自体、選手が持つ人生の物語などが考えられるが、競馬においての馬の血統の物語や、壮絶なレース、悲劇の名馬といったものが競艇では考えつかない。何しろエリザベス2世女王は大の 競馬好きセレブである。

高額配当の物語はどうか。競艇で走るのは6艇で、3連単でも120通りしかないので生まれにくい。実は競艇は男女が同一戦で走るジェンダーレスの競技である。女子選手に光があたれば物語になると思うのだが、競艇界は作戦を間違えている。一日12レース、女子オンリーの女子戦を多く開催するようになってしまったのである。男女混合レースを続けるべきだった。男子に勝つ女子は、絶対物語になると思うのだが。スカウトしてでも強い女子を育てるべきである。「ナラティブ(物語)」が生まれない限り、「バイラル(口コミ)」に育つことはない。

「○山○美選手は他の5人が男子だと絶対3着以内に入るんだ」これが「バイラル(口コミ)」になった「ナラティブ(物語)」だ。という意味では次々と男子選手を破る女子選手のレースを編集して見せるところが番組にあっても良かったのではないか。