話は少し前にさかのぼる。にじさんじの元一期生によるライブ『initial step in NIJISANJI』前夜となる2021年10月30日23時ごろから、元一期生8人は全員集まってツイキャスを放送していた。

 8人全員で集まってのくつろいだムードと、本当に雑ないじり合いの会話が延々と続いていった。翌日には彼ら8人が勢ぞろいする3Dライブ、約6時間後には起床してライブ準備を始めなければいけないと語る面々。1時間ほどで放送が終わり、明日にそなえてこれから寝るだろう……と思いきや、0時49分からいきなり勇気ちひろ鈴谷アキツイキャスを始めた。

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 鈴谷アキはこのライブでとして初めて3Dとなってファンの目の前に立つことになる。3年以上にわたる彼の苦闘を、勇気は隣でずっと見てきた。

 「ボクのチャンネルの収益化がまだ通っていなかったときに、『まほすずラジオ』という番組を立ち上げて助けてくれたり、チャンネル登録者数がなかなか10万人に届かないときも、そばにいてくれたり。とても大きな存在で、頭が上がらない」

 直近のインタビューで鈴谷アキはこのように答えている(参考:リスナーや同期のみんなと歩き続けた4年間……にじさんじを支え続けたひとり・鈴谷アキさんロングインタビュー )。

 にじさんじを代表する楽曲「Virtual to LIVE」の歌詞にはこのような歌詞がある。〈向かう先がそれぞれでも 進んでいこう〉と。

 100人以上を擁するバーチャルタレント事務所としてみれば、たしかにバラバラにも思える活動をしているかもしれないが、「元一期生8人に限っても、このように八者八様の生き方があるのか」と感じさせてくれる魅力を、10月31日に開催された『initial step in NIJISANJI』には見つけることができたのだ。

 誰一人として欠けることなくこれまで活動し続け、各々がYouTubeの配信で一緒に配信をすれば、すぐに砕けた会話を繰り広げる元一期生。トーク部分ですでに8人それぞれスタンスが見えてくる。

 会話を始めるきっかけを作ることが多い樋口楓がこの日のMC役として立ち、誰かの話題が生まれればイジり役として月ノ美兎、ツッコミ役として勇気ちひろが声をあげる。えるがパっと口を出せばよりトークがかき回され、静凛と渋谷ハジメ鈴谷アキは彼女ら4人に自由気ままに同意したり、笑顔をふりまいて場を盛り上げ、収拾がつかなくなればモイラが「仲良くしよ!?」と一喝して締める。

 ステージの真ん中で話しているとみるや、端の方に寄っていって観客にアピールしたり、ステージからいきなり消えてみたりととても自由に振る舞う8人。イジられすぎたりツッコミが過ぎる時には、急に怒り、泣き、最後には笑いあって終わる、いつもの会話がそこにあった。

 8人の会話は、ただ仲の良い男女グループの日常会話そのものだろう。前日に放送された8人全員集合のツイキャスを聞き、この日のライブMCを見れば、あまりにも変わりない自然体さに気づける。順序だてられた台本通りなトークではない、このフリートークさがにじさんじなのだと強く感じさせてくれる。

 そんなバラバラな8人なのだから、当然選曲された楽曲もバラバラだ。8人全員で初めてカバーした楽曲「Mr.Music」から順調にスタートしたかと思えば、モイラ・勇気・樋口・えるのもちがえるによる電波ソング恋は渾沌の隷也」で加速し、鈴谷アキ渋谷ハジメは初期にともに活動した初代漢組として「よっしゃあ漢唄」のギャグっぽさに笑わされ、先日の『Rin Shizuka Solo Event “Recollection”』において樋口が「この2人はヤバイ」と漏らした静凛と月ノ美兎による「タルト・タタン」では『アイカツ!』直系のアイドル感をガッツリ見せつけられる。

 ボカロ曲・アニソン・パチンコ曲・ゲームソング、たしかにたがいに近しいカルチャーではあるのだが、冒頭の4曲だけでもこうも違いが出てくるものか。その後に進んだライブでも、8人各々の関係性をベースに敷いたチョイスや、これまで彼らに向けて制作されたファンソングをこの場で披露したり、リスナーへの気持ちを歌にこめたパフォーマンスなど、8人それぞれの気持ちと狙いをギュっと凝縮した内容となった。

 殺陣・ミュージカルな演技をすることもあれば、8人対決ゲームと罰ゲームもあり、バッチリと歌って踊って見せるシーン、様々な趣向を凝らした映像でリスナーに訴える部分もあるなど、あの手この手と楽しませる演出とギミックに溢れていた。「ライブ」と銘打たれたイベントではあるが、自身らのやりたいことをやりきるエンターテイメント・ショーへと仕上がったといえよう。

 ライブ最後のMC、順々に最後の挨拶をしていく。モイラ、える、樋口と挨拶し、元一期生の中心でもある月ノ美兎マイクが渡る。色々と言葉を重ねていくが、感情がかなり先走っていることもあってか「本当に……」を連発しまい、どうしてもうまく言葉にすることができない。

 勇気ちひろは一言「終わりたくない」とポツリとつぶやく。それまで和やかに進んできたショーが、一気にトーンチェンジしていく。促されるように「みんな!楽しかった!?」と会場に聞くと、拍手で会場も答える、勇気はおもむろに鈴谷のほうに体を向けて、こう言葉をかける。

 「アキ、楽しかった?」と。

 この日、3Dを初めてお披露目した鈴谷アキは、この日もっとも多く歌っており、8人全体での歌唱を含めれば7曲で歌を披露した。YOASOBI「怪物」をどこか素朴で優しげなトーンで歌い、原曲に漲る怒りの感情ではなく、己の無力さを憂うようなニュアンスを感じさせるカバーへと仕上げ、本人と原曲のイメージ・ギャップを突きつつ、丁寧に感情を拾い上げるようなボーカルだった。

 そのほかにも、3年前にファンから制作されていた「Brand New Day’s」や、アニメ『みつどもえ』の「みっつ数えて大集合!」をモイラ・勇気らと3人で歌うなど、ニュアンスもサウンドも別々な曲を歌い上げ、初めてとなるライブを心行くまで楽しんだだろう。

 元一期生全員での初ライブであり、もっともスポットライトを当てるべきでもあろう彼に、長年共に頑張ってきた勇気が声をかける。声を詰まらせ、視線を落とすのもムリもない。2人はそのまま静かに泣き出してしまう。

 湿っぽいムードのなか、2人の間に挟まっていた静凛がオーバーなアクションでカラっとした笑いを取ろうとし、「泣いて良いよ! もう、泣こう?」と声をかけはじめるほかのメンバー。「にじさんじは家族みたいなものだから」と以前から口にしていた渋谷にマイクが渡ると、落語家のように正座し「8人で3Dで並んで、一層絆が深まった。ありがとうございます」とキレイに締めてみせた。

 意を決して始まったラストの曲は、8人歌唱として初めてのオリジナル曲「1∞color」だ。ライブの締めくくりということで、途中のセリフが8人それぞれ配信終了時にする挨拶へとなる、8人でのダンスもピタリと揃って統一感も抜群。この日のライブを鮮やかに締めくくった。「次は配信で会いましょう!」と声にして、8人はステージから去っていった。

 8人の言葉やコミカルさに僕らは気を取られがちだが、根源にあるのは「自由に振る舞おう」というマインドだろう。それは時にワガママだと言われ、時にそれは個性だと誉めそやされる。場を弁えなければ非難の対象になり、場所を選べば最高の武器になる。

 「向かう先がそれぞれでも進んでいこう」と歩んできた8人にとって、自身が自由に振る舞いたいとき、それぞれのスタンスで受け止めてくれるメンバーがいなければここまでこれなかった。別々に歩みながらもそこにある一体感は、紛れもなく彼らだけの生みだせる空気であり、にじさんじにしか持ちえない“無二の宝物”なのだ。(草野虹)

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