先日、ロシアチェチェン共和国で、印象深い結婚式に参加した。

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 モスクワ在住の筆者は、この夏、ロシア国内のコーカサス地方を周遊旅行した。そのとき知り合いになった人に、結婚式に招待してもらったのだ。

 チェチェンというと紛争やテロのイメージがあるが、実際のところ治安はかなり良く、自然豊かで、ロシア人の間では国内旅行先として人気が高まっている。

 目当ての日程ではモスクワからチェチェンの首都グロズヌイまでの直行便がとても高かったので、隣国ダゲスタン共和国のマハチカラに飛び、そこから陸路で行くことにした。

 マハチカラはカスピ海に面しているので、海を見るという目的もあった。

 空港から市内に向かうタクシーでは、運転手の「4人目の妻にならない?」という誘いを丁重に断ったり(そう、ここはイスラム圏だ)、道路の水はけが悪すぎて、少し開けていた窓から水たまりの泥水をかぶったりと、すでに先行きが不安になってきた。

 大誤算だったのが、マハチカラからグロズヌイまで公共交通機関がなかったことである。

 実は夏の旅の経験からコーカサスの東西横断に慣れていたため、きっとバスがあるだろうとたかをくくっていたのである。

 結婚式は明日で、急いで移動する必要があるので、ヒッチハイクすることにした(読者の皆さんは絶対真似しないでください)。

 ロシアカップルの車に乗せてもらって、3時間後に無事到着した。

 そこで判明した衝撃的な事実は、明日の結婚式は花嫁が欠席するということだった。花嫁の従兄弟が、前日にバイク事故で亡くなってしまったのだ。

 道路に飛び出してきた牛にぶつかって、身体が投げ出されてしまったのだという。

 チェチェン人は大家族で、親戚の絆がとても深い。従兄弟は、日本人の感覚で言えば実の父親レベルで身近な存在である。

 とても気の毒だ。このような不幸があった場合、人前に出ることはできず、喪に服さなければならない。

 しかし、ロシア中からゲストが集まっており、海外から来た人もいるので、披露宴自体を中止にはできなかった。

 残念だが、私を誘ってくれたのは新郎なので、新郎がいるならまあいいか、と思った。後にそれは大間違いだったと判明する。

 当日、ムスリム風に身だしなみを整え、会場に来た。男女は同じテーブルにつかないしきたりなので、新郎の母方の親戚の女性たちと一緒に座らせてもらった。

 まだ始まっていないのに、テーブルの料理をどんどん食べている。開始時刻になり司会者が開会の挨拶をし、歌手が歌い出した。

 開始から30分すぎても、会場は4分の1くらいしか埋まっていない。実は、時間通り来る必要は全くないのである。道理で、先に料理を食べてもいいわけだ。

 ロシア人の一般的な結婚式では、何度も乾杯をし、それとセットでお祝いのスピーチが続き、音楽もうるさい。新郎新婦のダンスや、新婦と父親のダンスなど、いろいろな余興もある。

 それに比べるとチェチェンの披露宴の構成はシンプル

 最大の余興は、お客さんたちが踊るダンスである。私はこの有名なダンスを見るのが夢だったのだ。

 ノリの良い音楽にあわせて、男女がペアになって円形の会場を回る。男女の振りは全く違っていて、男性は激しくリズミカルに、女性は優雅に腕だけを使って踊る。

 ペアがどんどん入れ替わり、同じ踊りでもペアによって全く違った印象になる。

 男性からダンスに誘うのだが、女性は、何回も積極的に踊る人、固辞する人、1周だけ付き合いで踊る人、笑顔の人、目を伏せて憂いを帯びた顔で踊る人など、様々だ。

 男性の振りはけっこう難しそうだが、「誰でも踊れるの?」と聞くと、男性陣は大きく頷く。

「このダンスチェチェン人の血さ。親戚が多いから、下手したら毎週誰かの結婚式があるんだ。絶対踊れるようになるよ」とのことである。

 気付いたら会場はすっかり満席になっていた。よく見ると、舞台の上には「2階」がある。

 聞けば、もし新婦が出席できていたら、披露宴の間ずっと2階で立ちっぱなしで、疲れたら奥の席に引っ込んで休憩し、また立つのだという。

 ゲストとおしゃべりすることも、テーブルをまわって記念撮影することもできない。そもそも新婦の両親や親戚はどんな場合であっても披露宴に参加しない決まりだ。

 新婦は、新郎の親戚の年長者の男性がダンスに誘った場合に限り、会場を1周だけ踊れる。しかしこれ自体、非常に稀なことだそうだ。

 場がほぐれてきたところで、参加女性に「どういう男性が理想ですか?」と聞くと「強くて、頼りがいがあって、行動で示す男ね。顔が綺麗とかは、あまり関係ないわ」と言う。

 その次に来る条件は、経済力だという。

 よく考えてみたら第2次チェチェン紛争が終結したのは2009年、つい最近のことだ。

 戦争の記憶が新しい女性たちは、今あるお金よりも、いざという時に守ってくれるかどうかを重視しているようだ。

 本当はマナー違反だろうが好奇心が勝ち、数人の男性にも理想のタイプを聞いてみた。

 何と全員から同じ答えが返ってきた。

「俺の言うことをよく聞いて、おしとやかで、美人。ちゃんと教育されていて、文化伝統をわきまえていればなお良し」というのである。

 ちなみにチェチェン人女性はチェチェン人男性としか結婚できないが、逆はOKで、男性はどの民族の女性と結婚してもよい。

 数時間があっという間に過ぎて、主賓のスピーチと記念撮影タイムになった。締めのスピーチをしたのは、何と前イングーシ共和国大統領のムラト・ジャジコフ氏だった。

 他界した新郎の母親はイングーシ人で、新郎とジャジコフ氏とは昔からの付き合いだという。

 ジャジコフ氏といえば、2004年の北オセチアにおけるベスラン学校占拠事件で、テロリストが面会を要求した一人だった。歴史の証人の登場に驚きだ。

 イングーシとは、チェチェンの西隣にある小さな共和国。チェチェン人とイングーシ人は、民族的にはほとんど変わらない。

 チェチェン滞在中に私の面倒をみてくれた新郎のおば、イングーシ人のマギーナさんによると、チェチェンよりもイングーシの方が保守的だそうだ。

 チェチェンの若い人は現代的な感覚になっていて、未婚女性でもスカーフをしていなかったり、妻側から離婚を言い渡すこともある。

 チェチェンでは離婚や再婚を繰り返してもかまわない。

 しかしイングーシでは、離婚するとなると世間の目が冷たいし、性格や行動も何かにつけ保守的だという。

 マギーナさんは、2度の戦争で散り散りになり、外の世界を見てきたチェチェン人と、同じところに住み続けているイングーシ人の違いではないか、と分析する。

 さて、締めの挨拶が終わっても、新郎がどこにもいない。始まる前に少し言葉を交わしたから、会場にいるのは間違いない。

 まわりの人に聞くと「新郎は出てこないよ、それは恥ずかしいことなんだ」と言う。

「何で恥ずかしいのか」と聞くと「自分の結婚式に出て来るのは美しくないから」と言う。

 新郎は、会場の中の人目につかない場所で、引きこもっているのがルールなのだ。もう私の頭の中は「?」でいっぱいだ。

 披露宴は新郎側がオーガナイズする決まりなので、大金を払って、みんなにごちそうしておきながら、自分は記念写真におさまることもないのだ。

 呆気にとられている私を横目にゲストたちは「良い披露宴だったわね」と言いながら会場を後にして行った。

 コーカサスというとひとくくりにされがちだが、隣国ダゲスタンでは、新郎も新婦も踊るし、写真も一緒に撮るそうだ。

 地理的に近くても、同じイスラム教でも、全く違う文化だ。

 チェチェン人は、イスラム教を受け入れる前から独自の文化とルールに基づいて生きていた誇り高き民族だ。

 そのルールたまたまイスラムと共通性があったので、イスラム教を受け入れることに抵抗がなかったのだろう。

 私たち日本人も閉鎖性と独自ルールの数なら負けていないと思うが、時代の変化によって少しずつ変わってきている。

 一方、チェチェン人の、自分たちの民族を意識的に残すためルールを守ろうとしている姿勢には、目を見張るものがある。

 チェチェン人の慣習はとても興味深いのだが、まだまだ私には研究が足りないので、いつか記事にしたい。

 この体験についてモスクワロシア人の友人に話したら、誰もが初耳だった。

 ロシアは国内旅行しただけでも完全な異文化に触れられるということを改めて感じた旅だった。

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結婚式に集まった人々(筆者撮影、以下同じ)