狭くて閉鎖的な列車内や建物内部で、ガソリンなどの爆発効果がある引火性液体を使用する放火殺人事件が発生している。
2016年に東海道新幹線でガソリンを使用した焼身自殺と乗客巻き込み事件、2019年に京都アニメーションの建物でガソリン爆破殺人事件、2021年10月31日に京王線での放火とナイフによる殺傷事件が引き起こされた。
京王線での事件では、犯人が準備した5リットルのオイルすべてを撒いて発火させていれば、前代未聞の爆破事件になっていたのではないかと、恐ろしさで震えがくる。
ガソリン爆破殺人の特色は、使用する場所やガソリンなどの量にもよるが、テロリストの爆破テロと全く同じ様相になっている。
1.日本にもガソリン爆破犯罪の危機が
日本では、爆薬を手に入れることが難しいので、爆弾による殺害事件やテロは、起こりにくいと思われがちだ。
しかし、ガソリンなどの引火性液体を使えば、爆薬と同じ、あるいは、それ以上の殺傷効果が出る。
これは、軽易に実行できるので、テロリストや犯罪者がすぐに実行しそうな手段である。
日本国内で、このように簡単に実行できる凶悪な犯罪が身近に迫っているのだが、列車に乗車している人々を見ると、ほとんどがスマートホンに夢中になっている。
さらには、イヤホンを着けて外部の音が耳に入らない状態になっている。
犯罪は瞬間に起きて、数分で殺害される可能性がある。それなのに乗車している人々は完全に無防備だ。
自らが、五感を使って得られる危機シグナルが入ってこないようにしている。自分の命を自分で守ることを放棄しているのだ。
このように、一人ひとりの危機意識が希薄になりつつある日本で、ガソリン爆破犯罪に、どのように対応すべきなのかについて考察する。
2.閉鎖された空間がガソリンの威力激増
ガソリン等爆破殺人事件の特色は、無差別に市民というソフトターゲットを狙ったものである。
ガソリンなどの引火性液体は、爆薬を使用した爆破と同様の効果をもたらす。
一瞬にして、多数の人々をパニックに陥れ、ガソリンの量によっては、多数の人々を死傷させる。
ガソリンは爆薬と異なり、誰でも容易に無人のガソリンスタンドから入手できる。
規制があっても、発電機に使用するからという理由で、ポリタンクに入れて購入することもできる。
また、ガソリンはペットボトルかガラス瓶に入れれば、容易に携行することができる。
使用には、ポリタンクのガソリンを散布するか、ペットボトルに入れて、投げ込んで引火させる方法がある。
列車内や建造物内の狭く閉鎖された空間で使用されれば、対処は難しい。
ガソリンを散布して引火させるには、数秒もかからない。効果は、爆発物に近い。もしも狭い空間で使用されれば、殺傷効果は高い。
放火された後、命を守るための時間はわずか1秒もない。
だからといって命を守る方法がないわけではない。少し離れていれば、素早い対応で、被害を免れることができる。
3.自らを守る意識が欠如している日本人
私は、海外の暗がりの場などで身の危険を感じたことがあった。
怪しげな地区で目つきの険しい移民と思しき人々が集まり、酔っぱらっているところを通り過ぎた時や、犯罪が多いとされる地下鉄路線で大人数に取り囲まれた時、ホームでイスラム系の男が3人の警官に自動小銃を突きつけられて上半身裸にさせられ、体に爆薬を巻き付けていないか確認されていた時などである。
このような場合には、日本では感じない異様な緊迫感を受け、心と体が異常なほど身構えているのを感じた。
放火殺人や爆破テロは、いつも前述のような緊迫しているところで起きるとは限らない。
人々が、穏やかにカフェで会話し買い物を楽しみ、リラックスして酒を飲む。無差別放火殺人やテロは、このようなところにガソリンを撒き爆破させ、人々を殺害するのだ。
平和な日常が突然襲われる。これが、放火殺人の恐ろしさだ。
日本はどうか。事件の直後には、人々は警戒するが、時間が経過すると治安関係者以外は全く関心がなくなってしまう。
日頃、安全であるので、自分の身に降りかかることなど完全に忘れ、安心し切っている状態なのだろう。
例えば、列車内の乗客を見ていると、イヤホンを着けてスマートホンを見ていて、近くで起きていることに五感を働かせてはいない。
一方、欧州各国の地下鉄やトラムカーに乗っている乗客を見ると、スマートホンのゲームやインフォメーションなどに熱中している人、無防備に寝込んでいる人はほとんどいない。
ガソリン爆破犯罪では、1秒の間に異常な音を聞き、見て判断できるかどうかで生死が分かれる。
外部との空間を遮断していれば、危機に直面した時に対応が遅れて、犠牲者の一人になりかねない。
これが、テロによって市民が殺害されている欧州各国と、過激なテロが少ない平和な日本との命を守ることに対する認識の大きな違いなのだろう。
4.テロに利用されるガソリン爆破
近年、日本でこれまでとは異なる新たな爆破事件が発生している。
一つは、2019年に日本の京都アニメーションでガソリンを撒き爆破させ、多くの人々を殺害した事件。
もう一つは、2021年11月のジョーカーの仮装をした男が、列車内で殺傷、引火性が高い液体を使って放火した事件だ。
京都アニメーションの施設にガソリンが撒かれて爆破された事件では、多くの犠牲者が出た。これは、個人的な恨みによる犯罪であった。
京王線刃物男は、「たくさんの人を燃やし殺したかった、人だまりを狙った」と供述している。無差別殺人事件だ。
この犯人が、準備したライターオイル5リットルをすべて列車内に広く散布していれば、数十倍の犠牲者が出ていただろう。
これらはテロではないが、テロに簡単に応用され、そして無差別大量殺人に利用される危険性が高い事例だ。今後、日本で犯罪やテロに使われやすい手法である。
これらの事案を懸念するのは私だけではない。京アニ事件が発生してから、海外でテロ対策を実践している専門家も同様に大きな懸念を持ち始めている。
この事件が今後、日本でも起こり得るし、海外でも模倣した放火殺人やテロが発生する可能性があると見ている。
これまで、ドイツやフランスなど、いわゆる先進国でガソリン爆破テロ(以後、放火テロ)が行われたという報道はほとんどなかった。
米国では、2021年10月に、火炎瓶を食料品店に投げつけ放火する事件が発生した。恐らく初めてのことだと思う。
先進国などで放火テロが行われていない理由は、爆弾、銃器、トラックなど、他にテロの手段に事欠かないからである。
しかし、イラクやアフガニスタンでは実際に、放火テロがテロの手段として頻繁に使われている。
よって、欧州と日本で発生したとしても不思議ではない。ガソリンを散布して点火すれば、広範囲にわたる大規模なテロを実行することができるからだ。
この種の事案への対策は、ますます難しくなっている。新たなガソリン爆破殺人やテロに対する警戒が必要になってきた。
5.犯人の顔を映す監視カメラの設置
日本の地下鉄やJRの車両、特に新幹線、特急、都内を走る新型車両には、監視カメラが、備え付けられている。
だが、在来線の旧型車両には、ほとんど設置されていない。まだ、監視カメラが十分に設置されていない車両には、広告がたくさん吊り下げられている。
このような列車が狙われるだろう。
ドイツを数年前に訪れた時は、国内の列車や路線バスには監視カメラ設置され、ガラス面には、「VIDEOと目玉の図」が目立つように表示されていた。
乗客に「見ているぞ」「犯罪やテロは許さない、必ず逮捕するぞ」というシグナルを出しているのだろう。犯罪抑止効果はかなり高いようだ。
左:ドイツのシール、右:日本の防犯カメラ作動中シール
日本の場合はどうか。
まず、カメラが黒いガラスの内側に設置されていて、そこに小さなカメラマークと「防犯カメラ作動中」の文字がかかれている。
日本では、個人のプライバシーを配慮しているためなのか、犯人への犯罪抑止効果は少ない。
また、ドイツの車内では、これまで行き先が音声で伝えられていたが、2年前には、列車の中央に行き先と到着駅の表示がされるようになった。
それを見ていたら、そこに監視カメラが設置されていた。
つまり、到着駅の表示を見ると、見た人の顔がカメラにバッチリ捉えられるのだ。
これで、テロが抑止される。カメラが死角を見るのではなく、犯人の顔を映すために使用されている。
テロリストの行動を抑え込むという点で、視点が全く違うのだ。
東京都の豊島区では、専門家によるガソリン爆破殺人事件のシナリオ研究を実施している。
その成果を踏まえて、当然テロリストが犯行を計画するだろうとされるエリアには、警察、商店会、町会などの防犯カメラが、死角をなくし、犯人の顔を写すように設置されるようになった。
これは大きな抑止力になっている。
6.放火テロが生起した場合の個人の対応
個人は、無差別犯罪やテロに偶然した時、人間の五感、特に、見る、聞く、嗅ぐの対策が必要だ。
爆発的に起こる放火殺人や爆弾テロには、近づかない、直前に離れる、静かに真っ先に逃げることが重要だ。
具体的な対策は、
①ガソリンの臭いを感じたら、静かにその場を離れる。
②爆破炎を見て、熱いものを感じたら、振り向かずに、速やかにその場から遠ざかる。
③ハンカチを濡らして鼻や口を覆う。熱を体内(喉)に入れない、喉や肺の火傷を防ぐことだ。
7.不審者の早期発見と抑止
前述したが、私はフランスの地下鉄で警官が銃を突き付けて不審者を止め、上衣を脱がせ爆発物を所持していないかを調べているのを見たことがある。
日本では、このようなことはできないだろう。
しかし、日本でも警備専門家が見れば、挙動不審な者を識別することができる。
また、IT関連機材では、不審者を特定する監視カメラとソフトがある。所持している不審物を発見する装置もある。
不審者の可能性がある者を選別することが可能になってきているのだ。
しかし、犯罪者と断定はできない。また、その不審者を駅構内で呼び止めて、持ち物検査ができるのかも疑問である。
日本で犯罪を未然に防止するために、駅の構内などでも、不審者の可能性がある人物を特定できる装置を導入し、持ち物検査くらいは本人の許可を得ずとも強制的に実施できるようにすることを検討してもよい時期に来ている。
8.ITを使った緊急通報システムの構築
列車の車内には、赤地に「SOS」の文字と非常用ボタンがある。そのボタンを押して、車掌に緊急事態の通知ができる。
新型車両には、監視カメラが設置されている。だが、これらがガソリン爆破犯罪に有効に機能しそうにない。
なぜなら、ガソリンを使った犯罪のスピードに、列車のSOS連絡スピードが追い付けないからだ。
具体的には、SOSボタンを押して、車掌が乗客からその場の状況を口頭で聞くやり取りを行っている間に、ガソリン爆破によって乗客は殺害されることとなる。
今後は、日本国内の車両には、SOSのボタンと同時に、あらゆる角度からの詳細な映像と音声が、駅長室などにリアルタイムに届き、そして最適な処置が速やかに決定され、関係者が直ちに実行に移せるシステムが必要だ。
将来的には、列車内で乗客のほとんどが眺めているスマートホンに、緊急事態の映像を流す機能を持たせることも一案だ。
スマートホンのスタート画面に、命の非常事態アプリを載せておいて、そこをタッチすれば、最も近い駅の緊急指令室に届くシステムである。
スマートホンは、便利な通信ツールである。これに、命を守るツールを増設する。
これは携帯電話会社が設計するのではなく、国・自治体・鉄道・携帯会社が連携して設計し、使用できるシステムにすることが必要だ。
ただし、この場合、命を守るツールであることから、いたずらで使用できないように規制しなければ、危機に対処する部局が混乱することになる。
9.市民・自治体・治安機関の連携
テロ等の未然防止のために、会社だけではなく、町ぐるみでも具体的な対策を講じておくことが必要だ。
東京の豊島区は、大混雑する駅とそこから人が流れる地下道、人が密集する商業地域の歩行者天国の通り、交通機関の電気系統の施設がある。
豊島区は、このように狙われやすい区の特性を認識し、東京オリンピック時に放火殺人やテロを発生させないために、専門家を交えて現地を確認しつつ、テロが発生した場合を想定した。
この結果を、豊島区の各部署、警察、消防およびボランティア団体と共有し、未然防止のための対策をとってきている。
さらに、数年前から毎年、パネルディスカッションを行って多くの区民にも紹介している。犯罪やテロ対策には、地域住民の協力特に情報提供が重要なのだ。
京都アニの事件が起こった時、「もし、自分たちの地域の重要施設や自分たちの会社で起こっていたら」と思った関係者は肝を冷やしたのではないか。
町の治安は、警察にお任せするが、警察は事件が起きてからでないと出動できない。今回のような短時間で殺傷されるテロ等の事案では、間に合わないのが現状だ。
そのため、会社は、未然防止や被害を最小限にくい止めるための方策を、治安機関の指導を受けて考え、自分の命は自分で守る対策をとっておかなければならない。
10.テロが日本でも身近に発生する
今回のようなガソリン等爆破殺人犯罪は、これからも発生するだろう。いつでも無差別大量殺人に繋がっていく可能性がある。
この種の犯罪が、新幹線車内や劇場で実行された場合には、ロンドン、マドリードの列車爆破テロ、パリの同時多発テロ(バタクラン劇場)と同じ悲劇が引き起こされるだろう。
京王線内の乗客を襲ったジョーカー風の男が、自分が所持していた5リットルのライターオイルを人にかけていたら、おそらく前述のテロと同じ規模の悲劇が発生したことだろう。
これまで述べてきたことをまとめると、犯罪やテロから自分自身、企業の社員、地域住民、国民を守るためには、次のことが求められる。
①個人は、自分の命は自分で守る意識を持つ。
②自治体が主導して、警察・消防・ボランティア団体と連携し、安全な地域社会を作ること。
③企業は、社員を守るために、図上研究を実施して、安全性を検証すること。
④国家主導で、IT機器を、命を守るツールとして活用できるようにすること。
⑤交通機関は、社員・警察・乗客が一体となって、被害を最小にする準備をすること。
ガソリン爆破殺人犯罪やテロの対策は難しい。しかし、これらが発生してから、「想定外でした」では済まされない。
なぜなら、多くの人々の生命が短時間で失われる可能性があるからだ。
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