数年前、元CAのマナー講師が登壇したセミナーで「ファーストクラスの乗客は気品があり、姿勢がよく、歯並びもきれいで、加齢臭もない。気配りができて、振る舞いが美しい」という話を聞いたことがあります。セルフブランディングができていて、周囲への心配りが行き届いていることが理由でした。これが「ファーストクラス伝説」です。

 元CAを売りにする講師は多くニーズがあることは理解できます。しかし、航空会社が乗客のランク付けをおおやけにしているわけではありません。乗客からすれば、いちいち、「一流かどうかの勝手な判定」などされたくないでしょう。乗客の品定めについては違和感を覚えてしまいます。

欧米とは異なるCAの認識

 筆者の経験上、ファーストクラスは確かにアッパークラスの乗客が多いことは間違いありません。例えば、「employee free ticket/EFチケット」(従業員チケット)には「don’t recommended」(軽装はおすすめしない)と明確に書かれています。

 ドレスコードがあるわけではありませんが、一流ホテルのそれと比較しても差し支えない圧力を感じます。客層の身だしなみは整っていますから、服装が整っているという着眼点には同意できます。

 欧米の航空会社はどうでしょうか。パイロットの知人から聞く限り、ファーストクラスは上級シートとしての位置付けであることは間違いありませんが、「しょせんは席のランク」という認識でしかありません。日本のように、座席の価値をことさらにアピールすることもありません。

 日本と欧米ではCAに対する認識も大きく異なります。日本ではCAのポジションが高く、憧れの職業といわれています。欧米では保安要員としての認識が強いので、男性CAも多く、日本のような評価はされません。

 また、日本では入社後の待遇が別格です。基本は至れりつくせりの環境です。フライト前の自宅から会社までの送迎などの環境も相まって、少々勘違いをしたCAが養成されることもあります。

 日本では、ステータスの象徴と見なされがちな「ファーストクラス」。しかし、欧米では少し事情が異なることを理解しなければなりません。

ファーストクラスの乗客はすごいのか

 座席コンフィギュレーション(configuration)は、航空機の客室や座席配列のことを意味します。それは、乗客の人格やアイデンティティーを計るためのものさしではありません。しかし、日本ではCAと乗客との間に生じた、歪曲された特殊な事情が一層の勘違いを生じさせています。冒頭の「ファーストクラス伝説」などは最たるものでしょう。

 よく知られている話ですが、英国のキャメロン元首相は公務はレガシーを使い、プライベートはLCCを使用します。キャメロン元首相は英国政府の長、元連合王国内閣総理大臣のエグゼクティブです。

 航空会社が「ファーストクラスの乗客は素晴らしく、エコノミーはいらない」と公表しているのであれば分かりますが、乗客としての優劣などは存在しません。ファーストクラスは素晴らしいのかもしれませんが、本物のエグゼクティブであれば、これ見よがしに自慢することなどあり得ない所業だと考えます。

 ファーストクラスは成功者のステータスと主張する人がいます。エコノミーの数倍の運賃を支払う義務が発生しますから、一概に否定するつもりはありません。しかし、座席でその人の価値や属人性が決定されるわけではありません。

 高価な服、高価な時計、高価な車と同じように、ファーストクラスは規定の運賃を支払えば誰でも搭乗できるからです。

もし抵抗があるなら、お得にビジネスを狙う

 乗ってみたくても「ファーストクラスはちょっと…」という方がいると思います。エコノミークラスでフライトを購入した後でも意外と安く、簡単にオンライン上でビジネスクラスやプレミアムエコノミークラスにアップグレードする方法があります。その方法とは、アップグレードオファーによる入札です。

<アップグレードオファーからの入札とは>

 予約後に航空会社から、「エコノミークラスからビジネスクラスへアップグレードをしませんか?」という案内が届くことがあります。この時点ではアップグレードをせずに1週間程度経過すると、さらに、お買い得な案内が届きます。「ディスカウントするから、アップグレードしませんか?」とオファーメールが届くのです。

 入札金額は自分で決め、支払いが発生するのは落札成約時だけです。入札価格が高いほどアップグレードのチャンスが手に入る、いわゆる「オークション入札」の仕組みです。入札してもアップグレードされなければ、エコノミーのままで費用はかかりません。

 入札はオンラインで、路線ごとに好きな金額で入札ができます。航空会社によっては落札成約の可能性が表示されます。オファー額によってメーターの色が変わります。赤だとアップグレードの可能性が低く、緑になるほど可能性が上がるという仕組みです(会社によって異なります)。入札者はこれを見ながら入札を楽しむことができます。

 アップグレードされたら、おめでとうメールが届きます。あとは当日、空港でチェックインする際、ビジネスクラスのカウンターに行くだけです。アップグレード入札の利用で、通常の料金より安く、ビジネスクラスを手に入れることができます。「ファーストクラスはちょっと…」という方はぜひお試しください。

いったい、乗客は何をしている?

 さて、ファーストクラスの乗客は何をしていることが多いのでしょうか。多くの元CAが言われる「ファーストクラスの乗客にまつわる一流の所作や振る舞い」というものがあります。しかし、残念ながら、このような光景を目にすることは少ないと思います。

 ファーストクラスはパーソナルであることに価値があります。おいしい食事やお酒より、隣に人がいないパーソナルな空間であることに意味があるのです。リラックスして睡眠をとっている人が圧倒的に多いはずです。

 なお、今、筆者が最も関心があるのは「新しい生活様式」で求められるサービスのカタチです。エコノミークラスは隣の席との座席間隔が狭すぎてニーズにはマッチしません。航空会社の選択肢がせばまり、供給の減少とソーシャルディスタンスの観点から航空券の価格が上昇していく。そのような事態は避けなくてはなりません。

 人々の安全を守り、ハイレベルなサービスを提供する航空業界のノウハウとは何か。乗客のニーズを反映させた「新しい生活様式」とはどのようなものか。法務省出入国在留管理庁の速報値によると、2021年8月の日本人出国者数は6万6051人で、2020年4月以来最多となりました。今、航空各社の英知が問われているように思います。

コラムニスト、著述家 尾藤克之

ファーストクラスの実態とは?