(舛添 要一:国際政治学者)

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 第二次岸田内閣が発足した。衆議院選挙の際に与党が公約として掲げた政策を実行に移さねばならない。

 たとえば、18歳以下の子どもを対象にした10万円相当の給付である。公明党は、一律給付に固執したが、最終的に自民党の主張する年収960万円未満という所得制限を受け入れた。それは、この制限を課しても、9割が給付の対象になるからである。

 しかし、なぜ18歳以下なのか、19歳以上で生活に困窮している人は、学生などたくさんいる。また、これは子育て支援なのか、生活支援なのかも明確ではない。

自民が候補者を立てず公明党の支援に回る選挙区も

 来年夏の参議院選挙を念頭に、集票効果を考えて、ばらまきを実行していると批判されても仕方がない。年内に5万円、来春頃に使途を定めた5万円分のクーポンを配布するという。この2分割も批判封じの意味のみで、受領する側からは、現金の方がはるかに使いやすいだろう。自民党公明党の妥協の産物であるが、目的や効果を整合的に説明できそうもない。

 自民党公明党、双方に不満の残る決着だが、これが連立政権というものである。

 自公連立政権と大きな関連があるのが、現在の衆議院の選挙制度である。小選挙区比例代表並立制である。基本は小選挙区であるから、各選挙区から1人しか当選しない。

 したがって、自民党公明党と選挙協力を行い、野党は選挙協力によって統一候補を擁立する形ができる。東京8区で派閥の長である石原伸晃元幹事長が立憲民主党の吉田晴美候補に、また神奈川13区で甘利幹事長が立憲民主党の太栄志候補に敗れたことは、今回の衆議院選挙における野党共闘の成果である。

 足腰の弱くなった自民党は、小選挙区では公明党の支援がないと当選に必要な数の票を集められなくなっている。選挙区によっては、自民党候補が「比例は公明党に」と支援者に指示したことすらある。

 自公協力の逆パターンとしては、自民党が候補者を立てず、公明党が与党代表となるケースがある。北海道10区、東京12区、大阪3区、5区、6区、16区、兵庫2区、8区、広島3区である。公明党は、この9区全てで勝っている。

 自民党支持者で公明党に拒否感を持つ人も、逆に公明党支持者で自民党嫌いの人もいる。政党幹部が決めたこととはいえ、自らの意に反する投票を強いられるという点は、小選挙区制の欠陥の一つと言えよう。

 野党の方を見ても、立憲民主党共産党も議席を減らしたが、それは野党共闘への反感が背景にある。共産党に対するアレルギーは今なお強いと考えなければならないであろう。しかし、小選挙区制では共闘しないかぎり勝利はおぼつかない。

維新躍進の陰にも公明党との選挙協力

 今回の衆院選では日本維新の会大躍進を遂げた。特に大阪では大旋風であった。しかし、そこには、維新と公明党との選挙協定、悪く言えば談合があったこともまた確かである。

 公明党は、それまでの政策を180度転換して、2020年11月1日の住民投票では、維新が推進する「大阪都構想」に賛成した。維新は、交換条件として2021年衆院選公明党が立候補する選挙区に維新が候補を立てないという約束をしたのである。政党は政策が最重要であるはずである。ところが、公明党は、選挙に勝つためだけに、節操もなく、弊履の如く従来の政策をかなぐり捨て、国政で連立のパートナーである自民党を裏切ったのである。

 住民投票では、維新や公明党の意に反して、都構想は葬り去られている。

 このような事態が生じるのは、小選挙区制という選挙制度が背景にあることは否定できない。維新は、「対立候補擁立」という脅迫によって公明党の政策を転換させ、公明党はそれに抵抗せず、政策転換を受け入れたのである。

 以上のいくつかの例のように、小選挙区制では1人しか当選しないので、政策よりも、共闘のための談合が当たり前になってしまう。これは、政党政治本来の在り方とは乖離している。

派閥間の切磋琢磨を生んだ中選挙区制

 今の制度は、1994年3月に導入され、1996年衆院選から適用された。それまでは1選挙区から3〜5人(例外的に2人や6人も)が選ばれる中選挙区制であった。

 この制度の下では、同一政党から複数の候補者が立候補することになり、同士討ちが常態となった。それが派閥の誕生と密接に関連する。定数が5なので5大派閥が生まれる。例えば、「三角大福中」と呼ばれた三木派、田中派、大平派、福田派、中曽根派がその典型である。

 自民党の候補者にとっては、野党との競争よりも自民党の他派閥の候補との戦いの方が熾烈になる。政策的には多少の違いはあっても、皆自民党である以上、大した違いはない。そこで、有権者への気配り、目配りが票につながり、そこに金銭の介入が生じる。特に選挙の時はそうである。金のかかる政治、金権政治の元凶が派閥政治、そしてそれを産んだ中選挙区制だとして批判されたのである。

 しかし、利点もまたあった。かつて大平正芳は、派閥の評価すべき点として「切磋琢磨」ということを指摘したが、派閥間競争が自民党の活力の源泉であった。そして、たとえば、「金権」田中角栄首相に代わって、「クリーン」三木武夫首相が誕生し、疑似政権交代の様相を呈して、自民党政権は救われ、権力を維持していったのである。

 しかし、戦後の日本で、ほとんどの期間、自民党が政権を維持したのは、選挙制度が中選挙区制だったからではない。現実的な外交政策、熱心な日常活動、後援会作りなど、さまざまな要因がある。派閥間での政権のたらい回しもその一つである。菅義偉首相が当然退陣して、総裁選の結果、岸田文雄総裁が誕生したが、その結果として、岸田内閣の支持率は上がっている。ただ、田中首相から三木首相への交代のようなドラスチックな疑似政権交代ではない。

小選挙区制より有権者の意思が反映しやすい中選挙区制

 小選挙区制の欠陥は、死票が多くなることである。例えば50.1%vs49.9%で決着がつけば、ほぼ半数の有権者の票は死票となる。惜敗率で復活する仕組みが備わっているが、落選した候補者が復活するという。いわゆる「ソンビ」に対する批判は強い。

 しかも、重複立候補できるのは政党所属候補のみであり、無所属で立候補しようとする候補は不利になる。政党中心で、個人中心ではない。さらには、得票数ではなく、惜敗率であるから、どの政党に所属しているかによって復活するかどうかも決まってしまう。同一選挙区で多くの得票をした候補者が落選し、それ以下の得票の候補が復活するというケースが多々ある。

 中選挙区制だと、得票数の順に当落が決まるので、そのような不合理はなく、有権者の意思がそのまま当落に反映する。

 有権者の意思が正確に反映されるのが比例区である。465議席のうち、選挙区が289議席、比例区が176議席である。

 小選挙区制と比例代表制を単純に比較すると、前者は死票が多いが、二大政党による政権交代が容易になるとされてきた。アメリカイギリスの制度を念頭においての論評である。しかし、日本の現状を見ると、この「理念型」とは大きくかけ離れている。2009年夏の総選挙で政権に就いた民主党は3年3カ月で野に下り、その後は自民党の安定政権が続いている。

二大政党制という「神話」

 一方、比例代表制は、民意がそのまま議席に反映するが、小党分立となって政権が容易には発足できないことになる。第一次大戦後に誕生したドイツのワイマール共和国の制度がそうで、ナチスの台頭を許し、ヒトラー政権を誕生させた元凶の一つだとされている。その反省から、第二次大戦後の西ドイツでは、5%条項を導入し、5%以上の得票をしないと議席を獲得できない仕組みを導入し、統一ドイツでもその制度を踏襲している。

 因みに、今のドイツが採用しているのが小選挙区比例代表併用制である。これは、全議席が政党の得票状況に応じて比例配分されるが、各政党では小選挙区で当選した候補者に優先的に議席が与えられる仕組みである。小選挙区での獲得議席数が比例で獲得した議席数を上回った場合には、その超過分も「超過議席」として認められる。そのため、定数以上の議員が生まれることが普通になっている。

 比例代表制を採用しているオランダベルギーでは小党分立となり、国会の選挙後に連立政権づくりに難航し、6カ月も政府が生まれないことがある。ベルギーの場合、言語グループによって分断されていることもあるが、選挙制度が大きな影響を及ぼしていることは確かである。

 日本では二大政党制の神話がまだ生きているが、世界では、それは例外的な現象であり、連立政権が状態となっている。メルケル後のドイツも、SPD社会民主党)、緑の党、FDP(自由民主党)の3党間で連立協議が進んでいる。

 日本でも、さまざまな形の連立政権を模索して良い。維新の躍進で、その可能性が高まっている。20年にわたる自公連立政権を総括すると、必ずしもプラスの側面ばかりではない。その意味でも、新たな連立政権構想が求められている。

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