百貨店やスーパーなどの店員が所用や休憩でバックルームに戻るとき、必ずと言ってよいほど、売り場に向かって一礼してから、扉を開けて戻ります。目の前や近くに客がいれば、お辞儀をして戻ることは理解できますが、周囲に客がいなくてもお辞儀をすることに「なぜ?」と思う人もいるようです。ネット上にも「働いていたとき、一礼しなかったら怒られた」「必要ないのではないか」などの声があります。

 なぜ、バックルームに戻るとき、扉の前で売り場に対してお辞儀をするのでしょうか。経営コンサルタントの大庭真一郎さんに聞きました。

「心のこもったおもてなし」に効果

Q.百貨店やスーパーなどの店員が所用や休憩でバックルームに戻るとき、扉の前で売り場に対してお辞儀をするのは、いつごろ、どの小売店で行われ始めたのでしょうか。

大庭さん「確かな記録は残っていませんが、小売業大手のイトーヨーカ堂が始めたという説が有力です。イトーヨーカ堂には『お客さま第一主義』という理念が浸透しており、その一環として、バックルームに戻るときも客に対してお辞儀をするという慣習が生まれたのではないかと私は考えています。

いつごろから、そのような取り組みが行われたのかも定かではありません。しかし、私が昭和50年代後半、小売店で買い物をしていたときには、店員がバックルームに戻るとき、扉の前でお辞儀をしている光景を目にした記憶があります」

Q.なぜ、バックルームに戻るとき、扉の前で売り場に対してお辞儀をするのでしょうか。

大庭さん「店の売り場は接客を行う場所です。よって、売り場に入るときから売り場を出るときまでの間、『お客さまに感謝し、お客さまに礼を尽くす気持ちを持ち続けることを習慣化させる』ために、店員に対し、バックルームに戻るときも売り場に向かってお辞儀をすることを奨励していると思います」

Q.現在、このお辞儀の慣習はそれぞれの店舗でルール化され、全国的に当たり前のように行われているのでしょうか。

大庭さん「百貨店やスーパーなどの業種に限らず、鉄道やホテル、飲食店などでも、接客をする側が不特定多数の客に向かってお辞儀をするシーンが多く見られます。例えば、電車の車掌が車内に入ってくるときや車内から出ていくとき、乗客全員に向かってお辞儀をします。また、ホテルのスタッフは利用客の集うロビーからオフィススペースに戻るときや、オフィススペースから出てくるときにお辞儀をします。

このようなことから、世の中の接客業全般に、客のいるスペースに向かってお辞儀をする慣習が定着していると言っても過言ではありません。お辞儀をすることをマニュアル化している企業や店もあります。どのようなときにお辞儀をするのか、どの程度の時間、あるいはどのような姿勢でお辞儀をするのかなど、共通ルールを具体的に定めて従業員に徹底させているのです」

Q.中には、このお辞儀の慣習をやめた小売店もあるのでしょうか。ある場合、どのような理由からですか。

大庭さん「いちいち、お辞儀をすることを面倒くさく感じている店員やスタッフが少なからずいることも事実です。企業や店からは、お辞儀をすることを奨励されているのにもかかわらず、行動に移さない店員やスタッフもおり、企業や店がそのことを黙認しているケースもあります。

コンビニや小規模の食品スーパーなど少人数のスタッフで運営し、客の店内での滞留時間も短い店では、事実上、お辞儀をする行動が行われていないところもたくさんあります。ただし、企業や店があえて、お辞儀をする慣習をやめた事案はないと考えます。お客さまあっての商売を行う事業者にとって、『お客さまに礼を尽くした接客を行う』ことは基本中の基本だからです」

Q.ネット上には「誰に対してのお辞儀なのか曖昧で、必要ないのではないか」という声もあります。このお辞儀の慣習は必要でしょうか。不要でしょうか。

大庭さん「店員がバックルームに戻るとき、お辞儀をするかどうかを注目している客はほとんどいないでしょう。つまり、店員がお辞儀をしなくても、客が不快に感じることは基本的にないはずです。しかし、客に直接、物やサービスを販売する事業者にとって、接客が最も重要なことも事実です。そして、接客は『お客さまに心のこもったおもてなしをする』ことです。

心のこもった状態を持ち続けるために行動上の慣習を持つことが効果的であり、その一環として、バックルームに戻るときのお辞儀があると捉えられます。そういう意味で、お辞儀の慣習が今後もあってよいのではないかと考えています」

オトナンサー編集部

扉の前でお辞儀する理由は?