11月18日、東京海上グループのダイレクト損害保険会社 イーデザイン損害保険が「インシュアテック保険会社」に生まれ変わる。インシュアテック保険会社には、どのような特徴があり、イーデザイン損保はなぜ、そう生まれ変わろうとしたのか。そして、何を実現させようとしているのか。桑原茂雄取締役社長に聞いた。(聞き手:『JDIR』 編集長 鈴木顕宏)

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保険会社の定義を変える

――損害保険業界の現状と、その中での御社の状況をどう捉えていますか。

桑原 損害保険会社は、代理店が販売する形と、ネットで直接加入するネット系に分かれていますが、代理店で保険に加入する機会が減ってきています。代理店がどこにあるのか分からないであったり、まずはネットで調べたであったり。そのため、代理店扱いからネット系へのシフトが起こるはずなのですが、これまでは、お客さまの中に保険は難しい、複雑だ、事故の時に相談したいがネット系だと不安という思いもあって、実際にはなかなかシフトが起きませんでした。

 そうした中、コロナ禍もあって人と会わない保険契約も出てきて、徐々にネットへのシフトが起きてきています。これからデジタルネイティブといった層が世の中の主流になるにつれ、この流れがより加速してくる可能性もあると思っています。

 ネット系損保ではソニー損保ナンバーワンの存在で、それ以外の保険会社は団子状態ですので、弊社がどうしたら対抗馬になれるかが重要なポイントになっています。

――「インシュアテック保険会社」としてどのようなことに取り組んでいくのでしょう。

桑原 インシュアテックとは保険(Insurance)とテクノロジーを掛け合わせた造語です。そのため、インシュアテック保険会社ではテクノロジーを重視しています。と言っても、ミッションやパーパス、お客さまへの体験価値など、ストーリーを重視するのがインシュアテックのもう一つの本質だと思っており、こちらのほうが本当は優先順位が高いのです。

 つまり、パーパスドリブンとミッションドリブン、テクノロジーとを融合させ、データドリブンも合わせて、この3つがうまく重なり合ったものがインシュアテック保険会社です。

 われわれの存在価値とは何か。保険会社というものは事故があった後の存在ですが、そうではなくて、われわれは事故が起きる前からしっかりと関わり、そもそも事故が起きないようにしていこうということをミッションとして掲げています。保険会社の定義を変え、事故のない世界を作っていこうと考えています。

 これに取り組むことで他のネット損保との差別化、差異化を図りつつ、お客さまにとって価値のあることを行い、テクノロジーをうまく使ってそれを際立たせる。さらにオペレーションを筋肉質にし、それをデータで把握してPDCAをしっかり回して改善していきます。

 私が2018年にイーデザイン損保に来ましたが、その時からカスタマーエクスペリエンス、お客さまの体験価値を上げようと言っていて、それを実現するためには人が頑張ればいいと思いますし、人が頑張るには、テクノロジーで代替できることはやったほうがいい。究極の目的はお客さま体験を上げるということです。

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システムを根こそぎ入れ替えて取り組む

――「インシュアテック保険会社」への移行は、いつからどのように進めたのでしょう。

桑原 2018年の秋から社内でメンバーを集めてワークショップを開きました。そこで、自分たちのありたい姿を考え、その実現にはどのようなことが必要かを話し合いました。その中で、次の課題が挙がってきました。それは今ある基幹システムのままでは機動性もないし、対応にコストがかかってしまう。このままだとオペレーションのほうに軸足が移ってしまい、お客さま対応を上げるほうに軸足が移せなくなるということ。そこで、システムを根こそぎ入れ替えましょうという流れになりました。

 保険の仕組みは複雑なので、保険会社では業務システム作りは極めて大切になります。ただ、その業務システムを供給者目線で作ってしまうと、お客さま目線にはならない。システムはここから作り直さないと、いけないんです。

――ワークショップでは、他にどのような課題が挙がったのでしょう。

桑原 自分たちの組織がすごく縦割りだということです。商品は商品、システムはシステム、カスタマーセンターはカスタマーセンターと、それぞれがしっかり責任をもってやる。ただ、横のつながりがあると思っていたけれども、それが弱いということが分かりました。お客さまから問い合わせを受けたときにどう応えるかというところで、横の連携が十分にはできていないことが浮き彫りになったのです。

 そして、お客さまが見る保険の画面も、お客さま目線ではなく、実は自分たちの目線でできていたりということも出てきて、これはやはり自分たちの在り方をもう一回定義したほうがいいという感想が、皆から出てきました。

――日本企業の共通課題ですね。それをどのように変えようとしたのですか。

桑原 まず、組織の壁を取り外すことが大切だと考え、各組織から人を一カ所に集めてチームをつくりました。そこでは、お客さま目線でカスタマージャーニーをしっかりとつくり、「一気通貫で考えると、こうだよね」などと、お客さまのことだけを考えて業務設計・システム設計しよう、お客さまが使うスマホアプリをつくろうとしてきました。これが、横の連携が強くなるきっかけとなりました。今は横串が強くて、逆に縦が邪魔になっているという話題が出るほどです。

――組織の形態も目に見える形で変えたのでしょうか。

桑原 CX推進部を立ち上げ、いろいろなところから人を集めました。この部署の取り組みはかなりのレベルまでいったんですが、ここから先はネットワーク型に近い組織で取り組んでいく必要があると思っています。プロジェクト単位で部署に関係なくチーム編成することを繰り返していき、1人の人間がいろいろなプロジェクトに関わっていく。それぞれのプロジェクトにはそこでの仕事を一番知っている人材をプロジェクトリーダーに据えます。縦のラインのマネジャーがプロジェクト全部の仕事を最も知っているわけではないわけですから。

 そして、評価の仕方も360度評価でやっていく必要があると考えています。本当は役職廃止が一番いいんですが、そこまではできないので、基本的にはプロジェクトリーダーたちを集めて、それぞれのパフォーマンスを測定して、それで査定する形にするのが一番いいと思っています。

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データがあることで、根拠のある形で状況が見える化する

――インシュアテック保険会社では他企業との取り組みが重要になると思うのですが、どのように連携を進めていったのでしょうか。

桑原 コンセプトは、事故のない世界をお客さまと共創するということです。事故を減らすであったり、なくすということは自社だけではできません。他の企業と連携することで初めてできることです。

 事故を起こすとはどのようなことなのかというと、例えば、「ぼうっとしていた」という場合、なぜそうなったかというと寝不足だった、気圧の変化で頭が痛かった、反射神経が鈍っているなど、いろいろな原因があると思います。そこに切り込まない限り、本当に事故をなくせないので、気圧が変わって頭が痛いとなると片頭痛に関するノウハウを持つ企業と連携して、データを分析、掛け合わせるなどして、片頭痛に悩むお客さまにアドバイスすることをやっていけばいい。自分の車の前に割り込まれてイライラしたというのは、心拍数に表れるので、例えば、Apple Watchと連携するといったことが考えられます。

 ちゃんとしたパーパスがあれば、それに合う最適な企業が絶対に見つかるはずですし、そのパーパスに共感できれば、どんな企業でも一緒に協業していただけます。そうしたこともあって、他企業との連携はかなりできてきたかなと思います。

 自動車保険の事故のデータには、皆さん、すごく興味を持ってくださっています。机上のデータではなく、弊社が持っている実際のデータをうまく組み合わせることは彼らにとってもメリットなのでWin-Winの関係ができると思います。

――連携を進めた先にある、目指す世界観はどのようなものですか。

桑原 世界観でいうと、これまでの保険の常識を変えたい。事故が起きた後だけではなく、その前からお客さまをしっかりお守りすることがすごく大切だと思っています。事故という悲しい出来事に遭遇しないような形で、どれだけサポートできるか。そこにわれわれの神経を集中させてやっていきたいと思っています。

 データがあることで、根拠のある形で状況の見える化ができるようになります。最近、PDCAで回していき、改善策をデータに基づいて考えていくことができ始めてきました。従来は、「交差点では気を付けようね」という声掛けだったかもしれませんが、データと掛け合わせることで、より具体的でより効果のある対策がとれます。例えば、「なぜここに横断歩道がないんだ」「なぜガードレールがないんだ」というのも、われわれのデータで見ていくと、必ずここで急ブレーキをかけている、ここのカーブの曲がり方が変だとかいうことから見えてきます。それをもとに、この手前にミラーをつけようといったことを地方公共団体と話し合えるようになっていくはずです。

 データで安全を作り出していく。そのために、われわれが第三者的にデータとして出していくことも必要かなと思っています。

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業界全体がカスタマーファーストに移っていく流れを作る

――目指す世界観に向けた具体的な取り組みについて教えてください。新たに発売する、共創型自動車保険「&e(アンディー)」とはどのようなものですか。

桑原 「&e」は単なる自動車保険ではなく、IoTセンサーを活用した安全運転プログラムです。これは3つのレイヤーからなっていて、1つ目のレイヤーは、保険そのもの。CX(カスタマーエクスペリエンス)が高く、スマホで全てが完結できるようにコアがしっかりデジタル化されています。
万が一、事故が起きてしまった場合でもIoTセンサーが自動で衝撃を検知するので、ワンタップで事故の発生を連絡でき、詳細情報もすぐにサポートセンターに送られます。さらに検知した衝撃やGPSデータをもとに事故状況を動画で再現します。

 2つ目は、事故を起こさないための包括的プログラムで安全をつくり出すこと。IoTセンサーを活用し、安全運転診断のスコアリングやゲリラ豪雨などの危険情報アラートなどを行います。

 具体的には、この保険に入るとBluetoothが搭載された3.0センチ×3.0センチのIoTセンサーが送られてきて、それを自分の車の中に両面テープで張り付け、スマホと連動させます。それにより、自分の運転の癖のようなものが分かるようになります。

 安全運転を意識して良い運転ができたら、それがスコア化されてポイントが加算され、たまったポイントは交換できるといった楽しみも付加されています。

 そして3つ目が、もっと広い意味での安全、安心、事故のない世界を、他のさまざまな企業、自治体と一緒にデータを使って共創していくこと。運転中にApple Watchで取れる自分の生体情報をイーデザイン損保が分析することで、疲れが増してきたな、眠気が襲ってきたなというタイミングで振動、アラートを出して休憩を促すことで事故が起きないようにするなど、できるようになります。

 これらの実現のために、われわれはオープンでフレキシビリティの高いITプラットフォームをつくらなきゃいけないということから、フルクラウドで、マイクロサービスアーキテクチャで、APIでシステムを作り上げ、「&e」を実現させました。

――社会課題の解決に取り組んでいかれるわけですね。

桑原 特に地方は、免許返納といわれても車がないと移動できない、活動できないという課題があります。われわれとしては免許返納のタイミングをできる限り遅らせるために、若いうちから何ができるかと考え、例えば、脳の健康度をチェックするテストを受けて現状を自覚していただき、それに基づいて脳の健康動向をよくするアクションプログラムをやっていただくなどということを考えています。そのために、反射神経などに関して得意なメーカーとも一緒に取り組んでいきます。

 イーデザイン損保ではセンサーで把握した運転挙動のデータをもとに最適なアドバイスをして、特に反射神経が衰えないような形でご支援させていただく。すると免許返納が5年延長できるかもしれない。長く安全に自動車に乗り続けられるということをやろうとしているのです。

 Apple Watchとは、心拍数や睡眠データを運転データと掛け合わせて事故のない世界を作っていく。このようなことをやっていくのが「Safe Drive With」です。地方公共団体とも人流や運転とのデータとの掛け合わせをやろうとしています。

 こうした取り組みによって安全運転を意識する人が増えてくると全体として事故率は減ってくるはずです。減ったら減った分だけ、われわれも社会に貢献したいと思っていて、寄付という形の取り組みも行います。通常ならこれだけの額ですが、皆が頑張って事故が減ったので、この金額というように寄付として出させていただきます。その寄付の使い道も地方公共団体がアイデアを出し、プレゼンしていただくコンペ方式で選ばれたところにお渡しして実現していただく。その結果、事故がない世界により近づくということを目指します。

――「インシュアテック保険会社」として進化していく姿が見えてきました。これを実現することで、損害保険業界の中でどうなろうとしているのでしょう。

桑原 このように進化していくことで、保険業界全体が変わっていくというのが理想です。その中で、われわれがトップランナーとして走り、変革のトップランナーとして進んでいきたいと考えています。

 今の保険業界はまだまだ過渡期だと思うんですよね。お客さま本位のカスタマーファーストへの流れをわれわれの変革で加速していきたいと思っています。

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イーデザイン損害保険株式会社 取締役社長 桑原 茂雄 1989年 東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)入社。米国法人でCIO(IT部門責任者)を経て2015年よりビジネスプロセス改革部長として、同社の業務改革を主導。 2018年よりイーデザイン損害保険株式会社の取締役社長に就任。