『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、東日本大震災の悲劇を忘れ、原発再稼働や新増設に流れている問題点を指摘する。

(この記事は、11月15日発売の『週刊プレイボーイ48号』に掲載されたものです)

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2014年に福井地裁の裁判長として、関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じた樋口英明元判事から嘆きのメールをもらった。

樋口氏は、民間メーカーの耐震住宅が約5000ガル(「ガル」は地震の加速度。揺れの大きさを示す代表的単位)の地震でも倒壊しない耐震性があるのに、大飯原発などの耐震性のもとになる「基準地震動」は1000ガルにも満たない事実を指摘した人物だ。

樋口氏が批判するのは、今月4日、四国電力伊方原発3号機の運転差し止めを求めた住民側の仮処分申請を広島地裁が却下したことだ。

住民側は、伊方原発の「基準地震動」は650ガルで、震度6強クラス(830~1500ガル)の揺れが起きれば倒壊の危険があると主張した。これに対し、四国電力は自社の計算式を用いて、伊方原発敷地の直下で南海沖地震クラスの揺れが発生しても181ガルにしかならないと反論。この数値は"棚からモノが落ちる"程度の揺れだ。

しかし、東日本大震災時、震源の太平洋海底から180kmも離れていた福島第一原発での揺れは675ガルだった。南海沖地震クラスの巨大地震が直下で起きて、揺れがわずか181ガルというのはあり得ない。

ところが、広島地裁はこの四国電力の主張を認めたどころか、これを上回る地震が起きる危険性があるというなら「住民側が立証すべきだ」と言い放った。これは驚くべきことだ。

公害訴訟などでは、立証責任を住民側に負わせるとほとんど勝ち目がなくなり著しく公平性に欠けることから、危険性がないことを示す事実については、安全だと主張する側(本件では電力側)に立証責任を負わせて、住民側の負担を軽減するという考え方がとられてきた。しかし、今回の決定は、住民の負担を拡大し、電力側に肩入れする不公平な裁判だった。

法曹界では今回の仮処分請求は認められる公算が大きいと見る向きも多かった。四国電力の主張が無理筋なのは一目瞭然だからだ。ところが判決は予想外の請求却下となってしまったのだ。

樋口氏は、この判事が「裁判官としての矜持(きょうじ)も、人間としての最低限の公平感も持ち合わせていない」と憤りを露(あらわ)にした。

私は、この判決の背景には、昨今の"原発容認ムード"の高まりがあると懸念している。「COP26」(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)で、日本は30年度までにCO2の13年度比46%削減を世界に約束した。

だが、再生可能エネルギー拡大は非常に遅れている。それに乗じて政府・自民党は、CO2を出さない原発に頼るしかないと喧伝(けんでん)し、そのムードが国民に広がる気配も漂ってきた。

さらに、最近の世界的なエネルギー不足で一時的な電力不足が生じれば、やはり原発には追い風だ。欧州でもフランスイギリスのような原発維持・推進派が勢いを増している。 

しかし、このまま3.11の悲劇を忘れ、原発再稼働や新増設に流れてしまってもいいのか。

日本政府がCOP26で示したエネルギー基本計画では「原発比率20~22%」だが、その妥当性についてはまったく国会で審議されていない。来る臨時国会では、エネルギー政策や全国の原発の耐震性などを与野党でイチから議論すべきだ。なし崩し的に原発推進に舵かじを切ることだけは避けなければならない。

古賀茂明(こが・しげあき) 
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中。

「来る臨時国会では、エネルギー政策や全国の原発の耐震性などを与野党でイチから議論すべきだ」と語る古賀茂明氏