近年、北朝鮮では子供を塾に通わせる私教育ブームが起きている。公教育での完結を掲げる当局の教育平準化政策では私教育は違法とされているが、私教育ブームは年々激しさを増す一方だ。北朝鮮の私教育とはどのようなものなのだろうか。

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◎「北朝鮮25時
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(郭 文完:大韓フィルム映画製作社代表)

 北朝鮮の一般的な家庭では、子供は多くて2人、大半は1人である。北朝鮮の親は、「1人でも多いくらいで、半分がちょうどいい」と言っている。子供がいないと寂しいが、1人でもいると負担になるという意味だ。

 親は自分らが果たせなかった夢を子供に託し、自身の子供が完璧になることを期待する。これは韓国や日本の親たちも同じだろう。

 国によって多少の違いはあるだろうが、親は子供の教育に関心を持っている。数学や英語が苦手な子を放置する親はほとんどいない。すべてを投げ打ってでも、子供の将来にかけたいと考える親が大半だ。

 そのために、韓国や日本の親は子供を塾に通わせるが、北朝鮮では私教育は認められていない。教育は公立学校で始まり、公立学校で完結させるのが当局の方針だ。それゆえに、北朝鮮で流行っている私教育は1対1の訪問指導が基本になる。

 例えば、子供の数学の成績が低い場合、親は家で数学を教えてくれる家庭教師を探し求め、このように提案する。「毎日、帰宅前に我が家に寄って2時間ずつ私の子に数学を教えてくれたら、1カ月で20ドル差し上げます」

 20ドルの月謝は、韓国や日本では微々たる額に過ぎないが、北朝鮮では大きな価値がある。北朝鮮の市場で1ドルは5000北朝鮮ウォンで取引されている。北朝鮮の一般労働者の月給は3000~4000ウォンで、数学教師の月給は5000~6000ウォン程度である。

 私教育の月謝20ドルを北朝鮮で換金すると10万ウォンで、20か月分の給与に相当する。家庭教師を断る数学教師は、北朝鮮にはまずいない。

地方で始まった「敗れし者」の放課後教育

 北朝鮮の富裕層は、子供の私教育費として、毎月100ドルを支出している。数学、英語、コンピューター、楽器、柔道など月謝の相場は1教科20ドルで、5科目で100ドルである。月に3000〜4000ウォンという一般労働者の10年分以上の給与を毎月、子供の教育費に充てている計算だ。

 家庭教師の訪問指導を受ける生徒は通常、6カ月ほどで高校の課程を終え、大学の課程を学び始める。家庭教師のいる富裕層の子供が校内で上位を占めることが多く、私教育を受けている生徒と受けられない生徒の実力差が広がっている。

 平壌市普通江区域のある高校で、中くらいの成績だった生徒が家庭教師の指導を受けるようになった1年後、学校教育だけで校内1位だった生徒を抜いたことがある。校内で1位になった生徒の成績を見た先生は、家庭教師の訪問で実力が上がったことに驚きを隠せなかったという。

 結果、北朝鮮教育庁が実態調査に乗りだしたと噂されるほど、私教育が過熱している。

 最近では、家庭教師が生徒の家を訪問する1対1に加えて、生徒が優れた先生の家を訪ねる放課後教育も登場している。放課後教育が行われているのは主に地方都市で、楽器や美術、声楽、書道など芸能教育が中心だ。

 地方で放課後教育を進めている教師は、平壌から追放された実力者が多い。両江道恵山市(ヤンガンド・ヘサン)や咸鏡北道清津市(ハムギョンプクト・チョンジン)、江原道元山市(カンウォンド・ウォンサン)など、芸術の才能に恵まれた学生が多数輩出されている地域がある。こういった学生の多くは、平壌から追放された実力者の指導を受けた教え子である。

 放課後教育も、相応の対価を伴うことから、生徒は権力と富を持つ人々の子供に限られる。平壌で行われている1対1の訪問教育と大きく変わらない。

北朝鮮に存在するエリート学校とは

 教育の標準化を掲げる北朝鮮政府だが、平壌や地方都市には英才教育を行う第1中学・高等学校も存在する。

 小学校から中学校、さらに高校に至るまで、すべての段階で試験に合格した生徒だけが入学できる学校で、第1中・高校に入学した生徒は勉強に専念できるため、大学に入学したのも同然だ。

 一般の小中高校の生徒らは、田植えシーズンや秋の収穫シーズンになると1カ月以上の農作業が義務付けられる。ほかにもありとあらゆる努力動員に参加しなければならならないので、勉強に専念することは不可能だ。

 それに対して、第1中・高校の生徒に努力動員が課されることは全くない。優秀な教師の指導の下、ひたすら学業に専念する。第1中・高校は当局が英才を育てるために作った特殊目的学校で、教育の質はもとより環境も一般の中高校とは比べものにならないほど恵まれている。

 数年前、平壌の第1中学校への入学を目指していた生徒が入学試験に落ちたことを苦に自殺した事件があった。自殺した生徒の遺書は教育省が隠ぺいしたが、不公正な北朝鮮の特殊教育制度に対する恨みと不満で満たされていたという。死ぬほど努力してもチャンスがない自分のような生徒は希望も夢もないという内容だった。

 遺書に書かれた内容が北朝鮮全域に広まると、住民の間から不合理な教育制度に対する不満が出た。第1中・高校のような特殊教育機関を作り、教育差別を助長するぐらいなら、むしろ私教育制度を合法化する方が良いという不満が広がった。

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公教育しか存在しない北朝鮮だが、当局の目を逃れて家庭教師を雇う家庭が増えている。写真はイメージ(写真:アフロ)