人類最大の課題は地球環境の保全だ。2050年カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現、2030年度の温室効果ガス排出量46%削減――政府の示した目標の達成には、温暖化対策を経済成長につなげる「経済と環境の好循環」を生み出すことが欠かせない。小売業は製造業などに比べ脱炭素の対応が遅れてきたが、環境配慮意識の高まりを背景に大きな経営課題として認識し始めた。

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 カーボンニュートラルとは、二酸化炭素CO2)やメタンなどの温室効果ガスの排出抑制と、森林などによるCO2の吸収により、年間の温室効果ガス排出を実質ゼロ(ネットゼロ)にするというものだ。

 大気圏内のCO2は、地球からの放射エネルギーを吸収し、大気圏内部の気温を上昇させる性質を持つ。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が18年10月に発表した報告書によれば、今のまま温室効果ガスを排出し続けると、2100年には産業革命前と比べて地球の平均気温が4度も上昇してしまう。南極や北極圏の氷が溶けて海面が大幅に上昇し、自然災害による被害は桁違いに大きくなる。破局的な事態を防ぐにはカーボンニュートラルの実現が求められ、徹底的なエネルギー効率の向上(省エネ)に加えて、電力分野での再生可能エネルギーの大規模な導入が不可欠になる。

丸井グループ、イオン、セブン&アイなどが先行

 政府の2050年カーボンニュートラル宣言に呼応し、脱炭素の取り組みに着手する小売業が目立つ。中でも丸井グループやイオンセブン&アイ・ホールディングスなどが先行する。SDGs持続可能な開発目標)やESGに対する課題解決の取り組みが企業の価値を高め、消費者の商品選択につながり始めている。社会・環境にまつわるさまざまな課題が顕在化し、ステークホルダー(利害関係者)の意識の変化に伴って、企業が世の中から求められる役割や責任は、ますます大きく、よりレベルの高いものになっている。

 脱炭素の具体的な取り組み内容をひも解くと、再生可能エネルギーへの転換が大きな柱になっている。19年5月の環境宣言「グリーンチャレンジ2050」に基づいた活動を進めているセブン&アイでは今年4月、イトーヨーカドーアリオ亀有店で再生可能エネルギー使用100%をスタート。オフサイトPPA(Power Purchase Agreement・電力販売契約)により、NTTアノードエナジー千葉県香取市に建設したメガソーラーから長期的に電力供給を受ける。

 イオンは昨年12月に開業したイオンモール上尾で実質的に使用電力全てを再エネ化した。化石燃料由来の電力でないことを証明する「非化石証書」付きの電力を調達するとともに、東京ガスからもCO2を排出しないとみなすカーボンニュートラルの都市ガスの供給を受けた。イオンでは25年までにイオンモールが運営する国内全施設(155施設)で100%再エネ化を目指す。さらに150近いイオンタウン、300近いイオンリテールの総合スーパー(イオンイオンスタイル)でも30年度の達成を見込む。

 J.フロント リテイリングは50年までにCO2実質ゼロを達成する方針で、まず30年までに17年に比べて60%削減を目指す。旗艦店の大丸心斎橋店(大阪市)などで先行して使用電力を全量再生エネに切り替えており、他店も順次転換する。

 イオンの吉田昭夫社長は「事業戦略そのものにGX、グリーントランスフォーメーションを導入する」と語る。同社は1200万本を超える植樹活動を30年にわたって行っており、この間では「サステナビリティ基本方針」や「環境指針」を掲げて、脱炭素社会の実現や資源循環の促進に取り組んできた。既にCO2排出削減では「イオン脱炭素ビジョン2050」の取り組みが進んでいる。

 ショッピングセンター(SC)と大型店で先行して30年までに店舗が年間で使用する電力71億キロワット(20年度)の50%で実現する中間目標を7月に示しており、さらに50年までとしていた店舗が排出するCO2をゼロにする目標を40年に前倒しすることも想定する。

 セブン&アイが11月に大阪府松原市に開業した大型商業施設「セブンパーク天美」。スーパーマーケットの「ライフ」が初出店するなど注目すべき点は多いが、特に目立つのが環境への配慮だ。国土交通省サステナブル建築物等先導事業に採択。具体的には、館内で発生した生ごみを発酵させ、発生したメタンガスを電気と熱に変換して館内で利用する「バイオガス発電システム」を導入した。ごみの量では1日当たり約1トンの削減効果、発電量では年間で住宅35軒の電気量消費分相当の約17.5万キロワット時を目指すという。

 太陽光発電や最新のエネルギーマネジメントシステムにより、CO2の排出は従来比で40%削減。さらに過去の実績データや天気予報をもとに、エネルギー負荷予測、運転計画を最適化するシステムも導入した。

脱炭素への取り組みを出店基準にする海外ブランドも

 経済産業省が2020年12月に公表した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」はエネルギーの供給側・需要側の双方の課題を整理するとともに、産業構造の転換や技術革新などによって脱炭素社会を実現するための針路を示した。成長戦略では、これまで経済成長の制約やコストとされてきた温暖化への対応を「経済成長の機会」と捉え、産業構造や社会経済に変革をもたらすという前向きなメッセージが込められている。

「脱炭素への取り組みを施設への出店基準にする海外ブランドも出てきた。テナントに選んでもらうため、当面はコスト上昇分をテナントに転嫁しない」――ある商業デベロッパー担当者は話す。再エネ拡大は加速しそうだが、非化石証書の購入料金も含め、再エネはコストが高く、この負担をどうするかなど課題もある。

 経済産業省の資料などによると、日本における太陽光発電のコストは17年に1キロワット時当たり17.7円の一方、世界の平均コストは9.1円。太陽光発電の価格は下がっているが、本格的な浸透は道半ばだ。コスト負担の重い再生エネの導入は収益圧迫要因となる。

 日本の小売り各社の動きは他の業界に比べて動きが鈍かったが、資源エネルギー庁の統計によると、産業関連のエネルギー消費量(18年度)に占める小売りなど第3次産業の割合は製造業(約70%)に次ぐ約26%に上る。工場で大量の電力を使う製造業がいち早く省エネ技術を導入してきたのに対し、小売り各社は品揃えやサービスの競争力を優先してきたためだ。

 ただ、消費の分野では近年、地球環境や人権などに配慮したブランドや商品を選別する「エシカル消費」が急速に広がり、ステークホルダーからの要請も強まっている。「脱炭素の実現に向け、初期コストは高くとも中長期的な視野で投資する必要がある」(大手百貨店)という声もあり、各社はSDGsに対応した経営を強く求められている。

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