艦船や船舶のプラモデルといえば、戦艦や空母、巡洋艦などのイメージが強いかもしれませんが、そのなかで「マグロ漁船」「イカ釣り漁船」を打ち出しているのがアオシマです。デコトラのプラモで知られる同社、なぜ「漁船」をプラモにしたのでしょうか。

アオシマに漁船のプラモデルが、3種類もある理由

プラモデルにハマったことがある人ならおなじみ、静岡県の老舗模型メーカー・アオシマ青島文化教材社)。このメーカーは、1/700スケールの艦船や1/24スケールのカーモデルなどの正統派スケールモデルを手がける一方、昔から、デコトラや族車といった「ちょっと変わった乗りもの」のプラモデルを発売しつづけていることでも有名です。

そんなアオシマ2010(平成22)年に「漁船」のプラモデルを発売したときは、アオシマの芸風を知る多くの人も驚きました。しかもこれが、1/64というミニカーのスケールだったのが妙にマニアック。この漁船のプラモデルは好評だったのか、その後シリーズ化されることになります。

最初に発売されたのが、漁船シリーズNo.1「大間のマグロ一本釣り漁船 第三十一漁福丸(喫水線モデル)」、次がNo.2「大間のマグロ一本釣り漁船 第三十一漁福丸(フルハルモデル)」、最新作がNo.3「イカ釣り漁船」です。「3種類も漁船をプラモデル化しているのか!」と驚いてしまうかもしれませんが、実をいうと、このシリーズはひとつの漁船の金型を転用して、少しずつパーツを変えてバリエーションを増やしているのです。

たとえば、よくある戦艦大和プラモデルでも、「竣工時」「終焉時」など、時期による細部の違いを一部のパーツ替えで再現して、別々の製品として発売することがあります。プラモデルの金型は非常に高価なので、なるべく同じ型を使ってバリエーション展開させないと、減価償却できないからです。

さて、アオシマの漁船シリーズ、最初は「大間のマグロ一本釣り漁船」としてキット化されました。これは実在の漁船を題材にしています。アオシマの公式サイトによると、「『大間のマグロ』として全国的に知られる大間港を3度に渡り現地取材。マグロの一本釣り名人の漁師として知られる山崎 倉氏の第三十一漁福丸を、とことんまじめに1/64スケールモデルとして再現しました」とのこと。さらに、「マグロの一本釣りに賭ける漁師の人形付き」(箱の説明より)です。No.1は山崎 倉さんのマグロ漁船を喫水線から上まで再現し、No.2では喫水線から下の部分のパーツが追加されました。

マグロ漁船だったのに…なぜイカ釣り漁船に?

ここで気になるのが、漁船シリーズのNo.3が「マグロ漁船」からいきなり「イカ釣り漁船」になってしまったこと。箱には「第二十七漁栄丸」と書かれているのですが、先に述べたとおり、これは先行するマグロ漁船の細部パーツを換装してイカ釣り漁船にしたもの。つまり、これはマグロ漁船とは異なり、架空のイカ釣り漁船ということになります。

先述したように、プラモデルはなるべく多くのバリエーションを展開して、高価な金型の製作費を回収するビジネスです。プラスチックの色だけ変えたり、付属するデカールだけ変えたり、このキットのように「全部で6台の自動イカ釣り機を搭載」(公式サイトより)したりして、新しいプラモデルとして生まれ変わる必要があるわけです。

新しく設計された自動イカ釣り機のパーツは、「実際の取材に基づいた、原動機、巻揚げドラム、誘導ローラー、イカ受台等」で構成されており、箱絵を見ると、マグロ漁船のときにはなかった黄色いローラーが見えます。新しくなった大漁旗のパーツ(と言っても紙ですが)には、イカの姿も印刷されており、説明図では、切り抜いて2つに折って使うよう指示されています。ちゃんと獲物のイカまで付属したイカ釣り漁船のプラモデルです。

ベースとなった漁船は山崎倉さんという、実在のマグロの一本釣り名人の駆る第三十一漁福丸でしたが、本物をモデルにした漁船の船体と、本物をモデルにした自動イカ釣り機を同じパッケージにセットした途端、「もし山崎 倉さんがマグロ釣りからイカ釣りへと商売を変えたら?」というifの世界のプラモデルが誕生するわけです。現実を材料にしながら、予想だにしない「もしも」の世界を生み出すのが、プラモデルという製品特有のロマン、豊かさ、面白さでしょう

ちなみに、模型メーカーとしての顔でもあるデコトラシリーズの現在のメイン「バリューデコトラ」シリーズは、まさに、実在の車両の上に現実世界にはない架空のデコレーションを施し、バリエーションを増やしてきたものです(実車に取材したシリーズもあり)。イカ釣り漁船に見られるアオシマファンタジックな商品展開のやり方は、ずっと以前から脈々と受け継がれた伝統なのかもしれません。

漁船シリーズNo.1「大間のマグロ一本釣り漁船 第三十一漁福丸(喫水線モデル)」の箱(画像:青島文化教材社)。