京浜工業地帯の臨海部を走る鶴見線。その駅名の多くは、実は地名由来ではありません。単純明快どころか豪快ともいえる、駅名の由来に迫ります。

次は石油~石油~!?

その名も「石油」駅。京浜工業地帯の臨海部を走るJR鶴見線には、かつてこんな駅名が存在しました。

由来は単純、石油ターミナルに隣接した駅だったからです。安善駅から南へ延びる支線の先に位置し、貨物駅となったのち、浜安善駅に改称、1986(昭和61)年に廃止されました。ただ、この支線自体は安善駅の構内施設という位置づけで現存しており、いまも一部で「石油支線」と通称されています。

鶴見線の前身である私鉄の鶴見臨港鉄道は、このほかにも、独特な名前の駅を多く設置していきました。鶴見側から、その例と由来を挙げていきましょう。

・本山(廃駅):大本山總持寺。開業当時は現在の京急線に總持寺駅(廃止)があった。

・国道:駅付近で交差する京浜国道(現在の国道15号)。

・浅野:浅野総一郎。浅野財閥の創設者で鶴見臨港鉄道の設立者。

・安善:安田善次郎。安田財閥の創設者で鶴見臨港鉄道にも関与。

・武蔵白石:白石元次郎。日本鋼管(現・JFE)創設者。鶴見臨港鉄道にも関与。

・昭和:昭和肥料(現・昭和電工)。

・扇町:浅野家の家紋の扇。

・新芝浦・海芝浦:芝浦製作所(現・東芝)。

・大川:大川平三郎。大川財閥の創設者で鶴見臨港鉄道に関与。

鶴見線沿線はそもそもほとんどが埋立地であり、鶴見臨港鉄道はその埋立地の輸送を担う交通機関として開業しました。浅野総一郎や安田善次郎など、埋め立てを主導した財界人の名は、埋立地の住所にもなっているほか、施設名や企業名の駅名は、利用者にとっては分かりやすいものだったと考えられます。

ちなみに、戦前には「海水浴前」なる駅が、現在の武蔵白石~浜川崎間にありました。京浜工業地帯のどこに海水浴場が? と思うかもしれませんが、駅名も「海水浴“場”前」ではないところがミソ。当時は鶴見線沿線の埋立地の沖合に形成されていた砂洲が海水浴場になっており、この駅の近くから、小型船で砂洲まで海水浴客を運んだのです。砂洲は戦後に埋め立てられ、首都高湾岸線が通る「扇島」になっています。

鶴見線の列車(乗りものニュース編集部撮影)。