政府与党が増税に向けた動きを活発化させている。岸田内閣は分配に重点を置いた新しい経済政策を打ち出したものの、財源についての指摘が相次いだ。取れるところからは税金を取っておきたいという財政当局の意向に加え、岸田政権の誕生によって党内の力学関係が変化したことが大きく影響している。(加谷 珪一:経済評論家

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党内から続々と増税案

 自民党の税制調査会(党税調)は、来年(2022年)度の税制改正に向け、住宅ローン減税の見直しについて議論を進める方針を明らかにした。現在、住宅ローン減税はローン残高の1%分が税額から控除されているが、これを0.7%程度に引き下げる案が浮上している。超低金利によって減税利用者に利益が出ている状態を解消することが目的とはいえ、制度を住宅購入の前提にしていた利用者からすれば増税と映る。

 党税調は同時に、岸田首相が一時、棚上げを宣言した金融所得課税についても、議論を続ける方針を示したほか、温暖化ガスの排出量に伴って課税を行う炭素税についても検討を進めていくという。

 それだけではない。税調の宮沢洋一会長は、消費増税について「有力な選択肢として議論されることは間違いない」として引き上げの可能性について言及したほか、1年限定で導入された固定資産税の特例措置についても延長に消極的な発言を行っている。

 自民党内部から次々と増税に関する動きが出ている状況だが、背景には財政当局の意向があると考えられる。岸田政権は発足当初から「新しい資本主義」を掲げ、所得の再分配を重視する方向性を明確にしてきた。だが岸田内閣が具体的に打ち出した政策は、看護師や介護士の年収アップなど、直接的に財源を必要とするものが多く、各方面から財源に関する指摘が相次いだ。

 全額を国債増発で賄うのであれば話は別だが、どこかに財源を求める場合、何らかの形で税収を確保する必要が出てくる。増税が可能なところから取るという流れで、次々と増税案が検討された可能性が高い。

党税調が持つ権力とは

 財務省を中心とした日本の財政当局が基本的に均衡財政を目指しており、歳出が増えた場合、同額財源をどこかで確保するという議論になるのは昔から変わらない。だがここに来て、増税に関する議論が活発化してきたことの背景には、総選挙によって与党内のパワーバランスが変わったことが大きく影響している

 党税調は、自民党内で税制について取りまとめる組織だが、かつて党税調は永田町において絶大な権力を保持していた。国内には企業を対象とした各種の優遇税制(租税特別措置など)が張り巡らされており、税制をちょっといじるだけで企業の収益に極めて大きな影響が及ぶ。このため税に関する利害関係の調整を行う党税調が持つ影響力は絶大であり、首相ですら簡単には手が出せないとも言われた。

 長年にわたって党税調に君臨し、税調のドンと呼ばれた故山中貞則氏は、政府税制調査会の議論を軽視しているとの批判を受け「軽視しているのではない。無視している」と言い放ったこともある。山中氏の影響力は多少、誇張されている面もあるが、党税調が絶大な権力を握っていたのは事実である。

 近年は、官邸主導で政策が決まるケースが多くなり、税調は官邸の意向を追認する組織としてのニュアンスが強くなってきたが、自民党内部での影響力は依然として大きい。

 党税調はインナーと呼ばれる数名の幹部による非公式会議で大枠を決定するのが慣わしとなっており、インナーに誰が任命されるのかが重要な意味を持つ。

 総選挙前における税調会長は甘利明前幹事長、小委員長は宮沢洋一現税調会長、副会長石原伸晃元幹事長、塩崎恭久元官房長官だった。税調のトップだった甘利氏は麻生派だが、安倍元首相と個人的に近く、甘利氏の背後には安倍氏が控えるという図式である。

 ところが今回の総選挙で甘利氏が小選挙区で落選したことから、党内での影響力が一気に低下。税調の会長には宮沢洋一氏が就任し、甘利氏は顧問に、小委員長には加藤勝信元官房長官が加わった。宮沢氏は宮沢喜一元首相の甥であり、喜一氏と同様、大蔵省(財務省)の出身である。加藤氏も財務省出身なので、財政当局の意向が反映されやすくなったのは間違いないだろう

岸田政権は霞が関に軸足を置いた?

 永田町霞が関、そして首相官邸のパワーバランスで国内政治は動いており、政権がどこに軸足を置くのかで権力維持の手法は変わってくる。経世会宏池会を中心とした保守本流と呼ばれる戦後の自民党政権の多くは、党内力学と霞が関の力学のバランスをうまく取る形で権力を掌握してきた。

 圧倒的なリーダーシップを発揮したように見えた田中角栄元首相も、基本的には党内と霞が関のバランスの上に成り立つ首相だったといってよい。だが中曽根政権では官邸主導という政治手法が目立つにようになり、小泉政権では政治の主導権がほぼ官邸に集中する状況になった。安倍政権は中曽根氏や小泉氏と同様、官邸主導を目論んだが、一方の菅政権は霞が関の掌握を重視した政権だったといってよいだろう。

 今回、党税調から支持率の向上には必ずしもつながらない増税案が次々と出てきているということは、岸田政権の軸足が霞が関に寄り始めていることを示唆している。こうした岸田内閣の政権運営が吉と出るか凶と出るかは現時点では何とも言えないが、政治運営の手法が大きく変化しつつあるのは間違いない。

 もっともこうした変化は諸刃の剣である。このところマンション価格が異様に高騰しており、首都圏の新築マンションはもはや庶民では手が出ない買い物となりつつある。ここで住宅ローン減税の見直しが行われれば、ますます住宅は手に入りにくくなり、国民からの反発は強まる。

 金融所得課税の強化も市場にはマイナスである。株式の売却益や配当には現在20%が課税されているが、株式を保有しているのは富裕層だけではない。現役時代にそれなりの投資を行い、株式を保有したまま年金生活に入った高齢者も多く、年収分布を見ると圧倒的に600万円以下が多いのが現実だ。

 金融所得課税を強化すれば富裕層だけでなく、年金生活者も直撃することになり、やはり国民から大きな反発を受けるだろう。当然のことながら、増税前に売却する人が増えるので株価の下落が懸念されるほか、長期的には富裕層の海外資産移転を加速させるリスクもある。

 こうした逆風を受けてでも、財政基盤を強化した方が得策であると岸田氏は判断したということになるが、一連の施策が党内の完全掌握につながるのか、状況は不透明なままだ。

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