『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリストモーリー・ロバートソンが北京冬季五輪を前に向き合うべき「中国問題」
について語る。

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中国の習近平しゅう・きんぺい)政権が、戦闘機の防空識別圏侵入など台湾への軍事的威圧、そして南シナ海などでの覇権的な海洋進出のギアを強めています。

来年2月の北京冬季五輪を前に、欧米諸国、そして日本など周辺諸国はどう対応していくのか。もしくは従前どおり、形ばかりの抗議をしながら「見て見ぬふり」を続けるのか――。

中国が西側諸国への敵対的戦略をやや緩和し、台湾(中華民国)に代わって国連に加盟したのは1971年。そこから欧米諸国や日本は雪崩(なだれ)を打つように、対ソ連の地政学的な理由から中国と外交を樹立し、「内政に干渉しない」方針を強めていきます。

そして東西冷戦が終結した90年代以降も、主に経済的な理由から、台湾やチベット、新疆(しんきょう)ウイグルなど中国が「内政問題」と主張する領域に関して、欧米や日本は芯を突き刺すような物言いを避けている。

この"戦略的あいまいさ"は、双方にとって都合のいい関係でした。それを保つために、中国側も過度な現状変更には踏み出さないというパワーバランスが存在していたからです。

しかし、その"暗黙の契約"を習近平政権は破り捨てつつある。こうなると、各国の政府や企業が目先の利益のために中国政府の言動を黙認、あるいは追随するスタンスを取り続けるという関係は明らかサステナブルではなくなります。

最近も新疆産の綿をめぐって日本企業が"踏み絵"を踏まされたように、中国政府に経済・軍事の両面で首根っこをつかまれていることは、国家として深刻な安全保障リスクです。

そして何より、自分たちの経済合理性を優先して人権問題をスルーすることは、現在の国際社会の倫理水準ではもはや許されません。政治的にも経済的にも倫理的にも、「中国問題」を今後も"ないもの"とし続けることはできないのです。

日本の政財界もメディアも、この問題を議論の俎上(そじょう)に載せるべき時が来ていると僕は思うのですが、残念ながらそうした流れにはなっていないのが現状です。

「政冷経熱」はもはや都合のいい夢物語であり、実際にはこの関係を続ければ続けるほど傷が大きくなる――そういう構造に目を向けず、中国が"乱暴狼藉(ろうぜき)"を働いたときにそのことを狭い視野でただ非難したり、遺憾の意を表明したりするだけで終わらせるのが、本質的な意味で「正しい」とはどうしても思えないのですが。

そんななか、気がつけば開幕まであと3ヵ月に迫った北京冬季五輪。今年の東京五輪でも明らかになったように、いざ大会が間近になれば、メディアは"ニッポン応援モード"にフルコミットするでしょう。

しかし、チベット族やウイグル族への人権蹂躙(じゅうりん)、香港での民主主義弾圧、台湾への軍事的攻勢――これらの問題を知りながら、五輪を手放しで楽しんでいいのか。議論を喚起するためにあえて強めに申し上げれば、構造としては、かつてヒトラーベルリン五輪を礼賛した人たちとさして変わりません。

こう言うと、「スポーツに政治を持ち込むな」と批判されるわけですが、じゃあ、その言葉を弾圧されている人々、あるいはあなたの子や孫の前でも堂々と言ってくださいね、と思ってしまいます。

向き合うか、見て見ぬふりをして祭りに参加するか。そんな"踏み絵"が間もなく差し出されます。

モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。NHK大河ドラマ青天を衝け』に続き、TBS系日曜劇場『日本沈没―希望のひと―』への出演が話題に!

「チベット族やウイグル族への人権蹂躙、香港での民主主義弾圧、台湾への軍事的攻勢――これらの問題を知りながら、五輪を手放しで楽しんでいいのか」と語るモーリー氏