こんにちは。Instagramを中心に「私らしく生きていくための読書案内」を発信している、読書研究家のきりんです。

外を歩くと木枯らしが頬をなでる冷たさに、秋も終わりの気配を感じる今日この頃ですが、みなさんはどんな秋をお過ごしですか?

連載「本が教える恋のお話」のラストは、ちょっぴりビターな大人の「不倫」にまつわる小説をお届けします。

なぜ駄目だとわかっているのに、人は危ない恋に走ってしまうのでしょうか。誰にも言えない「不倫」の恋にハマる理由を、ご紹介する3冊から探っていきます。

■第3回のテーマは「不倫」

恋は、時に冷静になれないものです。あなたにも、少なからず感情に流されて溺れてしまった経験があるのではないでしょうか。

今回紹介する小説の中の女性たちは、結婚している男性を愛してしまいます。自分の人生を危うくしてしまうかもしれない「不倫」の恋なのに、どうして止めることができないのでしょうか。

秘密めいた恋を続ける理由や行く末を、作品を通して感じてみてください。

◇『隣人の愛を知れ』尾形真理子(幻冬舎幻冬舎文庫)

好きな人への愛を貫くことが罪になる、「不倫」の恋。タブーの中に、果たして真実の愛は見出せるのでしょうか?

この作品には、専業主婦のひかりひかりの姉の知歌、有名女優の青子と夫である映画監督の関戸、ひかりと知歌の母親・美智子などが登場しますが、ここでは知歌の生き方に焦点を当てていきたいと思います。

水戸知歌は35歳、独身。弁護士の父親の影響でパラリーガルとして働き、実家で母親の美智子と暮らしています。

かつては父親と妹のひかりも暮らす四人家族でしたが、父親は知歌が10歳の時に家族を捨て、好きな人と一緒になるために出ていってしまいました。

別居して25年経っても母親の美智子は離婚に踏み切れず、夫に不倫された立場のままです。

そんな家庭で育ったにも関わらず、知歌は何の因果か、映画監督であり女優・青子の夫である関戸と熱烈な不倫の恋に溺れています。

もちろん母親に関戸との関係を話すことなどできませんが、心の内では「浮気する妻になるくらいなら、愛人の方がいい」などと不遜なことを考えています。

「不倫」という関係から始まった恋は、秘められているからこそ美しく輝くのかもしれません。渦中にいる2人の目には、お互いの良いところしか映らないのですから。

さらに驚くべきことに、知歌は関戸の妻であり女優の青子を、憧れの存在として認知していました。

不倫をすれば、男を妻から奪いたいと苦悩するのが常であるはずだ。
それなのに知歌は、彼女が自分と同じ世界に存在しているとは思えなかった。
そのリアリティのなさが不貞にドライブをかけ、罪悪感を麻痺させている。(P.159)

しかし、公になってしまえば一転、人生の歯車が狂ってしまうのが「不倫」の代償です。

2人の関係がついに週刊誌によって暴露されてしまい、知歌は続けてきた仕事を休職に追い込まれます。さらに、関戸からの連絡は途絶え、知歌を避けるようになります。

愛していた人から距離を置かれた知歌は、母親に「人様から奪ったもので自分を満たして、それで知歌は恥ずかしくないのか」と叱責されて、ようやく我に返ります。

熱に浮かされたような恋は、雪みたいに溶けてしまったのかもしれない。(P.239)

物語の後半で知歌の体に起きる異変が、その後の人生に大きな変化をもたらしたのが印象的でした。

「不倫」というつながりで結ばれた登場人物たちの、真実の愛や幸せはどこにあるのか? 不倫だけではなく、愛の多様性についても描かれる本作は、さまざまな愛の形について考えさせられる作品となりました。

◇『男ともだち』千早茜(文藝春秋/文春文庫)

29歳の神名葵(かんなあおい)は、恋人の彰人と同棲しながら、イラストレーターや絵本作家として活動しています。

自分が進みたい道で少しずつ成功をしていく神名。しかし、そんな彼女を近くで見ている彰人は、次第に神名と距離を置くようになります。

そして神名も、そんな冷え切った関係から目を逸らすように、絵の仕事に没頭する日々を過ごしています。

彰人は友人期間が長かったので、私の気質をよく知っていてまったく干渉をしてこない。だから、一番長く続いている。

でも、何が続いているのかと問われれば、うまく言葉が見つからない。
恋愛感情、人としての愛情、友情、連帯感、どれもぴんとこない。
楽な相手、という感情はあるけれど、私の一方的な想いかもしれない。

暮らしはじめた頃、彰人は夢にまっすぐな私を尊敬していると言っていた。
だから、邪魔になることはしたくないと。

楽なのは私だけで、我慢をさせているのかもしれない。(P.78)

彰人とは一緒にいると楽な関係ですが、セックスレスの状況が続いています。

自分の欲望が満たされない時、その欲求不満は外に向かってしまうのかもしれません。神名は満たされない性欲を埋めるかのように、医師の真司と不倫関係に甘んじていきます。

時々、思う。私は「ふたり」という関係があまり得意ではないのかもしれない。
恋愛における、相対する「ふたり」という圧倒的な逃げ場の無さがどうしようもなく息苦しくなる瞬間がある。

きっと私だけではないはずだ。
どんなに取り繕っても、おそらく誰にでもそういう瞬間は必ずあるのではないだろうか。(P.32)

神名は彰人では埋められない溝を、真司で埋めようとします。それはもちろん、愛ではありません。神名は、真司に対して「どれだけ寝ても愛さない」と断言するほど、身体だけの関係だと割り切ってドライに付き合っています。

さらに、神名には第3の男性、ハセオが存在します。

大学の先輩であるハセオは神名にとって、愛してもいない、身体の関係もない、だけど自分の本当の心を唯一見せられる特別な「男ともだちとして描かれています。

神名にとって「男ともだち」という関係は、恋人でも不倫相手でも満たされることのなかった穴を埋めたのかもしれません。

愛は、たった1人の人によって満たされるのが理想です。しかし、愛し愛されるバランスは、均衡を保てないことの方が多いのかもしれないと、作品を読んで感じました。

そしてこの作品でも、恋愛も生き方も自分本位な神名には、罪悪感がありません。「不倫」の恋に踏み込めるかどうかは、「罪悪感」がリトマス紙になるのかもしれません。

◇『恋愛中毒』山本文緒(KADOKAWA角川文庫

バツ1で32歳の水無月美雨(みなづきみう)は、友人の荻原から依頼された翻訳の仕事とお弁当屋さんのパートをかけ持ちしながら、慎ましく1人暮らしをしていました。

ある日、弁当を買いに来ていた客、創路(いつじ)功二郎に出会い、運命が動きます。

創路はテレビタレントとして多くの番組に出演しながら、コラムやエッセイを書いてベストセラーを生み出す有名人。

強引な彼のペースに引きずりこまれるように、2人は一線を越えてしまいます。

美雨は弁当屋の仕事を無断欠勤して辞めてしまうほど、創路にハマっていきます。そして、公私ともに愛人となって、彼を支えるようになるのです。

しかし、彼には再婚した美しい妻がいて、多くの愛人も抱えていました。自分の立場を危うく感じた美雨は、密やかに愛人たちを創路から切り離すように仕向けます。創路の一番の理解者になるために盲目的に尽くしていきますが、やがて彼にも疎まれてしまいます。

そして、創路との関係が壊れていくことで、自身の離婚原因がフラッシュバックされます。

どうか、どうか、私。
これからの人生、他人を愛しすぎないように。
愛しすぎて、相手も自分もがんじがらめにしないように。
私は好きな人の手を強く握りすぎる。
相手が痛がっていることにすら気がつかない。
だからもう二度と誰の手も握らないように。
諦めると決めたことを、ちゃんときれいに諦めるように。
二度と会わないと決めた人とは、本当に二度と会わないでいるように。
私が私を裏切ることがないように。
他人を愛するぐらいなら、自分自身を愛するように。(P.28-29)

美雨は、元夫を愛しすぎたあまりに、社会的にも精神的にも大きな痛手を背負い、心の中にブレーキをかけていたのです。美雨の祈りのような強い決意が、これらの言葉に現れています。

そして、創路に溺れてしまわないようどうにか踏み留まろうとするのですが、その抵抗もむなしく、再び愛しすぎてしまうのです。

これ以上、結婚している男性にのめり込んではいけないと思っていたのに。自分を見失って感情のコントロールができなくなる「不倫」の愛し方に、狂気を感じるほどでした。

また、妻や愛人たちが創路をめぐって牽制し合ったり、協定を結んで連帯する様子は、計算高い一方で純粋な恋心を持ち合わせていたりと、アンバランスな恋心が表現されていました。

創路と美雨の関係がどのような結末を迎えるのか、最後まで目が離せない作品です。

■本が教えてくれた恋のお話

ここまで、全3回に渡り「本が教える恋のお話」をご紹介させていただきましたが、いかがでしたでしょうか。

選書や執筆を通じて強く印象に残ったのは、純愛も、失恋も、たとえ不倫であっても、自分の選んだ愛へとまっすぐに突き進み、最終的には自分の本当の生き方を見つけていく女性の“強さ”でした。

そして、登場人物の感情を繊細な部分まで描き出せるという点で、小説は映像作品や漫画とは異なる魅力を放っていると思います。

恋愛をすると、心や体にたくさんの反応が起こります。

周りが見えなくなるほど、相手を純粋に愛する気持ちや喜びに胸が高鳴ること。
嫉妬にかき乱されてドロドロとした感情が沸き起こること。
相手の体が欲しくてたまらない衝動に駆られること。
声、息づかい、触れあった時の肌の感触や匂いを反芻すること。

小説を読むことは、この五感で恋して生まれる反応を、言葉によって強く刻ませる行為なのだと気づかされます。

みなさんにとって、胸が高鳴り心を熱くするような恋愛小説が見つかれば嬉しいです。小説の中で印象に残るフレーズが、みなさんの恋愛を支えてくれることを願っています。

これまで、お読みいただきまして、ありがとうございました。

きりん

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