「人生100年時代」が叫ばれるようになったのも束の間、研究者の間では、「人間が120歳まで生きる」というのはわりと現実的だと考えられているという。世界中で活発化する「老化研究」の最前線を探る!

◆老化はもはや「治療できる病気」に。最新研究が示す未来の姿とは?

 昨今、老化が制御できる可能性がにわかに現実味を帯びてきた。

「’16年にはアメリカの研究チームが『人類の年齢の限界は115歳』という論文を発表しましたし、150歳はムリだとしても120歳は現実的な数字だと思います」

 そう話すのは、医療未来学者で医師の奥真也氏だ。公衆衛生の発達や医療の進歩で現代人の寿命は延び続けてきた。そして今後、老化の研究が「さらに平均寿命を延ばすかもしれない」という。

「老化研究は今、世界中で注目されています。特にアメリカではロンジェビティ(長寿)ビジネススタートアップが次々に登場し、一種の成長産業になっている。もともとは’00年頃が一つの境目だったのですが、遺伝子解析技術が進んだことで老化現象に対してピンポイントで成功事例が出てきつつあります。

 もちろん、老化は複雑なプロセスなので、何かが一つうまくいっても寿命が急激に延びたりはしません。完全に老化を制御するにはまだまだ時間がかかる。しかし、がんの薬でも20、30年前に始まった研究が今、花開いているように、’40年頃には何かしらの成果が出ているでしょう」

 いまだ研究段階とはいえ、これまでは「老化=自然現象」という認識だったのが、海外ではもはや「老化=治療できる病気」という考えに変わりつつあるのは確かだ。老化そのものを制御したり病気の発症を防ぐ、抗老化作用がある薬や治療法の研究が進んでいる。

◆一番注目されているのが…

 では、老化制御の研究にはどのようなものがあるのか。生命科学者でバイオベンチャー「ジーンクエスト」代表の高橋祥子氏が話す。

「一番進んでいるのは、代謝をコントロールして老化を制御する研究です。カロリー制限で遺伝子発現がどう変化するのかがわかって、その変化と同じような効果を得られる食事や薬の成分が研究され始めています。

 なかでも一番注目されているのがメトホルミン。糖尿病の薬ですが、抗老化作用があるとわかり、アメリカでは臨床試験が進んでいます。糖尿病ではなく老化に対して処方される時代がすぐそこまで来ている状況なのです」

120歳まで生きたいと思うのだろうか?

 ほかにも老化の原因となる「老化細胞」(ダメージを受けて増殖できなくなった細胞)をピンポイントで除去する薬の開発など、さまざまな研究が進められている。

「再生医療によって人体を修復する研究や、『エピゲノム』と呼ばれる遺伝子の働きを決める仕組みをコントロールすることで若返りを図る研究など、さまざまなアプローチがあります。

 これまで寿命は栄養改善と医療の発展で延びてきましたが、今後は予防がカギだと言われていて、遺伝子解析によって『病気にならない期間(健康寿命)をどう延ばすかで寿命が決まる』という発想になってきている。

 個人的には、最高寿命が200歳になるのは難しくても、テクノロジーの発展で平均寿命が120歳になる未来はあり得ると思います」

 ただ、そのような超長寿社会になったときに自分は120歳まで生きたいと思うのだろうか?

「おそらく数十年後の120歳は今と感覚が違うと思います。例えば今の80歳と平均寿命が50歳の頃の80歳では若々しさが全然違いますよね?

 それと同じで、数十年後には『100歳でもチャレンジしよう』というムードが社会にあるかもしれないし、そもそも暦で数える年齢に意味がなくなり、身体年齢だけが年齢を表す指標になっているかもしれません」

 SFのような世界は目の前だ。

◆「抗老化研究」の主なアプローチ

●老化細胞だけを除去する薬の研究
今年1月、東京大学の中西真教授が老齢のマウスに薬剤を投与。それによってマウスの老化細胞だけを死滅させ、加齢による体の衰えや生活習慣病の改善に成功した。研究結果は米科学誌『サイエンス』で発表された

●ゲノムを制御する「エピゲノム」の研究
ベストセラーになった『LIFESPAN』(東洋経済)の著者で老化研究者のデビッド・A・シンクレア氏も提唱している説。人体のゲノム情報を動かすエピゲノムという存在を制御して老化を食い止められるという研究

●「iPS細胞」の応用で「若返り」を目指す研究
iPS細胞の技術を応用し、皮膚や血液の細胞に、「初期化」する遺伝子を入れて再び変化できるようにする研究。京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授が中心となって、’23年以降に本格的な研究を始める方針

◆Q1 日本でも抗老化薬は手に入る?

 ’16年にはアメリカの食品医薬品局(FDA)が糖尿病治療薬「メトホルミン」を世界初となるアンチエイジング薬として臨床試験を許可している。研究者によれば、がん予防やアルツハイマー病予防などにも効果がみられるという。日本でもメトホルミンは糖尿病治療薬として一般的で、堀江貴文氏もYouTube動画で予防目的で飲んでいることを明かしている。

 では、アメリカと同じように日本でも抗老化目的で処方される可能性はあるのだろうか?

「日本ではアメリカのように、『老化=病気』とは認められていないため、抗老化薬が日本で承認されるのはすぐには難しいでしょう。ただ、アメリカの医療スタンスを後追いする傾向はあるので、少しずつ変わっていくと思います。一方で、東大の研究チームのように大学や企業が協力した老化メカニズムの研究は各所で進められています。そういった中から、今後はほかの病気をターゲットにして開発された薬が『実は抗老化作用もある』という名目で出回ることがあるかもしれません」(高橋氏)

 我々の存命中に変化はあるか?

◆Q2 臓器の入れ替えで「若返り」はできる?

 iPS細胞をはじめとする再生医療の研究が進めば「人工臓器などを使って若返りができるのでは?」という願望も生まれるが、その実現性はどうなのか?

「確かに3Dプリンターが登場したこともあり、人工臓器の生成技術はだいぶ進歩しています。しかし、あと数十年は無理だと思います。なぜなら血管系の再構築が難しいからで、結局は血管が詰まったり破裂したりして脳卒中や心筋梗塞で亡くなってしまう。眼球や心臓が人工臓器に置き換えられる未来はさほど遠くないと思われますが、細かな毛細血管までリプレイスするのはまだ難しい」(奥氏)

 これだけ医療技術が発展した現在でも、血管の衰えによって起こるEDが完治しないのは、ある意味、必然なのかもしれない。

「老化を防ぐ意味では、むしろ臓器を『節約する』という意識を持つほうがいい。つまり暴飲暴食をやめて臓器がエネルギーを吸収する際の炎症をなるべく抑えること。飢餓感がサーチュイン遺伝子を活性化させるように、やはり適度な空腹は老化予防に効果があるという研究結果が出ています」(同)

◆Q3 遺伝子解析で寿命はわかるのか?

 現在はさまざまな遺伝子解析が世に溢れているが、高精度のものではどの程度まで調べられるのか。

「弊社が提供するような疾患リスクを調べる『遺伝子配列』の解析に加え、最近では遺伝子のエピジェネティクススイッチのオンオフ)を調べることで、実年齢ではなく体の年齢を割り出す研究が進められています。疾患によって、遺伝性要因と環境要因がどのぐらい関わるのかは大きく異なりますし、遺伝子配列の解析についても、自分に配られた遺伝子情報を見ることで、将来の人生の戦略が立てやすくなります」(高橋氏)

 その情報を基に行動を変化させれば、健康寿命が延びる可能性も。

「私の場合は、発症した腎臓結石の原因が医者でもわかりませんでしたが、遺伝子的にリスクが高いことが判明して。再発予防のためにシュウ酸が多く含まれる食材や飲み物を避けるようになりました。

 また、アルコールを摂りすぎると食道がんのリスクが高くなるタイプだったので、セーブするように心がけるようになりました」(同)

 推定寿命までわからずとも、長生きに直結する情報は溢れている。

◆Q4 人間が120生きる時代はどんな世界になる?

 平均寿命が120歳まで延びると、どんな変化が起こり得るか。

「ゲノム解析がさらに広がっていくことで、年齢の概念が変わる可能性はあります。現在は健康診断や保険など実年齢で区切られていますが、これらも肉体年齢を基に判断されるようになるかもしれません。また世界的な流れでは、これから老化は治療対象になっていくと思いますが、金銭面が工面できずに治療できない人も溢れてしまうでしょう。経済的な格差が寿命に直結する時代が訪れてしまう危険もありますね」(高橋氏)

 また、個人による健康管理の責任は今以上に大きくなる。

「例えば、健康的な生活習慣や歯を毎日磨いたり、健康診断だったり、最低限の健康管理ができない人は医療の恩恵も受けにくくなる。そんな生活習慣の格差によって、がん発症のリスクが2桁以上も違ってくることが出てくると思います。現状でも半数ぐらいの人は自分の健康状態に無関心ですけど、その分断が大きくなってしまうかもしれません」(奥氏)

 寿命が延びたとしても、健康リスクを下げられるかは個人次第だ。

【医療未来学者 奥 真也氏】
東京大学医学部卒業。医学博士。著書には、『未来の医療年表 10年後の病気と健康のこと』(講談社現代新書)、『未来の医療で働くあなたへ(14歳の世渡り術)』(河出書房新社)など

生命科学者 高橋祥子氏】
ジーンクエスト代表取締役生命科学オンラインサロンも運営している。著書には、『ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考』(NewsPicksパブリッシング

<取材・文/週刊SPA!編集部 イメージ写真制作/造田 健>
※週刊SPA!11月30日発売号の特集「120歳まで生きる」より

―[120歳まで生きる]―