(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

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 来年3月に行われる韓国大統領選の有力候補である李在明(イ・ジェミョン)氏の最近の公の場での発言を総合してみると、同氏にとって日韓の過去史は清算されていないことがよく分かる。

 日本でもすっかり「反日政治家」として認識されている感のある李在明氏の本音を、最近の発言を中心に分析してみたい。

「日本との未来志向的関係構築」は大統領選挙用の発言

 11月25日ソウル外信記者クラブの懇談会で李在明氏は、次のように述べた。

植民地支配に対する痛切な反省と謝罪の基調を日本が守っていけば、いくらでも未来志向的な関係を築くことができる」

「個人的に日本国民を愛していて、彼らの質素さと誠実さ、礼儀正しさを非常に尊重している。何度か訪問した時も情感を強く感じた」

「私が日本に対して強硬態度を取るというのは一側面だけをみた誤解。韓国と日本は地理的に最も近く、相互依存的関係にあるため、協力し合い助け合えるところを探っていくべきだと考える」

 さらに、「金大中(キム・デジュン)・小渕宣言」をモデルとして文在寅ムン・ジェイン)政権で最悪の状態に陥った日韓関係を正常化させたいという構想を表明した。これは野党国民の力の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補と共通するところがある。

 李氏が今後積極的に日韓関係の改善に言及したことをめぐって、韓国政界では「過去に比べ柔軟になった」という評価が上がっているという。5年前の外信記者クラブ懇談会では「日本は友邦国家だが、歴史的事実や現在のさまざまな態度を見ると軍事的側面で敵対性が完全に解消されたとみるのは難しい」と述べ、日本人記者とつば競り合いを繰り広げていたからだ。

 しかし、果たして李在明氏は本当に日本に対して柔軟になったのであろうか。以下に述べるその他さまざまな発言やこれまでの行動から判断すれば、日韓関係について前向きな発言はあくまでも大統領選挙用であって、李在明氏の本意は「日韓関係は依然として戦後処理が終わっていない」ということではないかと思えるのである。

日韓の「戦後」が終わらないのは韓国内の保革葛藤のため

 韓国の革新系を中心とする人々の頭の中に「日韓の戦後処理が終わっていない」という意識があるのは、日韓国交正常化が保守政権、しかも軍部出身の政権によってなされたものであり、革新政権にとっては無効であるという思い強いからであろう。革新系の人々にとっては、韓国の国力が弱かった時代、しかも北朝鮮と対峙する中で、やむを得ず日本側の要求を呑まざるを得なかった中で行われた合意であるという考えがあるのである。

 このため、革新系の人々には、日韓国交正常化を評価せず、それを蒸し返すことに躊躇しない雰囲気が現在もある。要するに、日韓関係は一面で韓国の保革対立を反映したものでもあるのである。しかも李在明氏はその中でも強硬な発言が目立っている政治家だ。

 李在明氏は11月25日、韓国日報が主催したコラシアフォーラムにおいて、日本政府が「1965年に締結された韓日請求権協定ですべて解決した」と主張している元徴用工問題に関し、「国家間合意で構成員の人権侵害を合理化したり、個人的権利を処分することはできない」と述べ、日韓請求権協定を認めない考えを示した。

 これは朝鮮半島出身労働者の個人の請求権は消滅していないといった文在寅氏と共通する面があるが、同じ日の外信記者クラブ懇談会で李在明氏は「加害企業と被害民間人の間に行われた判決を執行しないということは事実上不可能」と述べており、日本企業の資産売却に慎重な姿勢に転じた文在寅氏よりさらに強硬と見るべきだろう。李在明氏が大統領となれば、日韓間で決定的な対立が生まれよう。

 一方で李在明氏は「被害者らの主たる立場は、お金は二番目の目的で、第一の目的は謝罪を受けたいというものだ。真剣に謝罪すれば、最後に残る賠償問題は現実的な案をどうにか探せると思う」とも述べ、日本側が謝罪さえすれば、元徴用工について日本側と協議し、落しどころを見つけていくといった姿勢を示している。一見、柔軟な態度にも見えるが、これは韓国側の一方的な立場である。「徴用工の問題は解決済み」とする日本政府との接点は全く見いだせない。

 李在明氏は、京畿道知事時代「親日残滓清算プロジェクト」を主導した。これは日本時代の習慣、あるいは日本式の名称や用語を変更したり、親日派とされる人の肖像を撤去したり、銅像・慰霊碑などへの説明書きを設置したりするものである。韓国から「日本的なもの」を取り除き、日本の影響を除去しようとする行為である。

 日韓の文化交流で相互への友情が高まっている時期にあえてこうしたことをするということは、日本を友好国と認めていない証拠と受け止められてもやむを得ないのではないか。

米国に対し「日韓併合」、「朝鮮半島分断」の責任を追及する李在明

 李在明氏は、大韓民国の成り立ちの過程自体にもいくつもの不満を持っているようだ。

 訪韓した米ジョン・オソフ上院議員との11月12日の面談で次のように述べている。

「韓国は米国の支援と協力によって戦争に勝ち、体制を維持することができた。そして経済先進国として認められるという成果をあげた。しかしこの巨大な成果の裏には小さな陰がありうる」

「韓国が日本に併合されたのは、米国が桂・タフト協定(1905年米国が日本と締結した密約であり、米国のフィリピン支配権と日本の大韓帝国と支配権を相互承認した密約)があったからである」

「のちに日本が分断されたのではなく、戦争被害国である朝鮮半島が分断され、戦争の原因になったということは、否定できない客観的事実」

 こうした発言以外にも、李在明氏はこれまでに再三、現在の大韓民国は「親日勢力が米占領軍と合作して作ったもの」「(いまだに)親日残滓が完全に清算されていない」「日本の敗戦後、38度線以南を軍政下に置いた米軍は『占領軍』である」とも述べている。

 米国は第二次世界大戦終了後、38度線の南部に進駐した。しかし、それは韓国を占領するという意図ではなく、ポツダム宣言に基づいて朝鮮の独立を進めるためのものである。米国は、その後北朝鮮の侵略や中国軍の介入から韓国を守るため大きな犠牲を払い、朝鮮戦争後も北朝鮮の度重なる挑発から韓国の安全を守るために主導的役割を果たした。李在明氏は韓国の現在があるのは米軍のおかげであるとの認識を有しているのだろうか。

 北朝鮮の侵攻を黙認したソ連や、朝鮮戦争に介入した中国非難はしていない。それなのに、米軍の支援によって現在の韓国が守られ、GDPで世界のトップ10に入る経済大国に発展したことは間違いだった、北朝鮮と一体となって、朝鮮労働党の一極支配に入った方が良かった、とでも言いたいかのようだ。

 李在明氏が韓国の国体を否定するような発言を行うことには驚かされる。同氏の発言を聞いている限り、戦後の韓国の歴史自体が誤りであったかのような印象を受ける

 さらに李在明氏は「侵略国家の日本が分断されなければならないのに、なぜ被害国家である韓国が分断されなければならなかったのか」と繰り返し発言している。韓国人の心情の中にそのような見方があることは否定しないが、大統領候補が公にそのような発言を行うのは見識が疑われる。

今の日本にも「軍国主義勢力」

 李在明氏は中央日報紙が7月23日に掲載したインタビュー記事の中で「(日本が強硬なのは)日本軍国主義勢力の侵略意思のためだ。日本が独島をなぜ繰り返し問題にするのか。いつか大陸に進出する時、トリップワイヤー(=地雷などの仕掛け線)にするためではないだろうか。私は日本の大陸進出の夢が武力的方式で噴出する場合に対応すべきだという考えを持っている。軍事的に北も重要な相手だが、日本に対しても警戒を緩めてはいけないと考える」と述べている。

 11月25日の外信記者クラブ懇談会でも似たような発言をしている。

「今も軍事大国化を夢見ていて、韓国が実効支配している独島(島根県・竹島)に対して、絶えず自らの領土だと言い張って挑発している。過去の歴史を明確に認めて、心から反省しているとは思えない」

 どうも李在明氏の頭の中では、日本は今も軍事大国化を志向している国家として刻み込まれているようだ。第二次大戦後、日本が平和憲法を保持し、毎年8月15日に不戦の誓いを新たにしていることを全く持って評価していないようだ。

 だからだろう。日米韓3カ国の軍事同盟結成の是非についても「当然反対する」と表明した。「日本はいつでも信頼できる友邦国家だろうか。なぜ独島(竹島の韓国名)についていつまでも問題提起をするのか」と警戒心をむき出しにしているのだ。

「日韓共同宣言をモデルに」というが本当に中身を知っているのか

 その一方で、李在明氏は、「小渕・金大中宣言をモデルとして日韓関係を修復したい」と口にしている。これなどは、日韓共同宣言の内容を理解しているのか疑いたくなる発言だ。

 日韓の文化交流を促進し、その後の両国の友好ムード醸成に寄与した日韓共同宣言は、1998年小渕恵三首相と金大中大統領(ともに当時)によって署名された。その際に来日した金大中大統領は、参議院本会議場でこう演説した。

第二次世界大戦後、日本は変わりました。日本国民は汗と涙を流して、議会民主主義の発展と共に、世界が驚く経済成長を遂げました」

「人類史上初めて原爆の被害を体験した日本国民は、常に平和憲法を守り非核平和主義の原則を固守してこられました」

「私は戦後の日本国民と指導者たちが注いだ、血のにじむような努力に深い敬意を表する次第であります

 それに対して李在明氏の日本観は、未だ日本は戦前と同様の軍国主義国家というものである。これでは「小渕・金大中宣言をモデルにした関係修復」など成り立つわけがない。李氏はそれを理解していないのだろうか。

 李在明氏は、日本の「右翼政界」に対する批判を続けている。外信記者クラブにおける懇談会でも「現実的に権限を持っている政治勢力が具体的にどのような考えをしているかという点でみるなら、特定の時期には(韓国を侵攻した)大陸進出の欲望が一瞬かすめる時もある」として警戒する必要性を語っている。

「右翼政界」とはこの発言を報じた中央日報が使ったワードだが、いわゆる極右勢力ではなく自民党政権を指したものだろう。李在明氏の胸の内でも、自民党自民党所属の政治家に対する敵愾心は相当強いようだ。

 一方で、李在明氏の最近の発言には「日本国民を愛し、その方々の謙虚さ、誠実さ、礼儀正しさにつて非常に尊重している」などという言葉もある。日本の権力者や政治家は今も他国を侵略する野望をいだいているが、一般の国民は善良だから好きだ、とでも言いたいのだろうか。あるいは、日本人に対する社交辞令か。

 韓国では「良心的日本人」という言い方がある。韓国に帰化した元日本人で「竹島は韓国領」といっている人であるが、李在明氏はこうした人を評価しているのかもしれない。

 いずれにせよ、李在明氏の現代の日本に関する理解は全く的を外れていると言わざるを得ないものばかりなのだ。

隠そうとしない日本への対抗心

 李在明氏は、自身の政治スタイルについて外信記者クラブ懇談会で「理念と選択の論理を越える、国益中心の実用外交路線を堅持するというのが私の確固たる立場」と述べた。

 しかし、共に民主党大統領候補補を選ぶ党内予備選で勝利した際の演説では、「日本の輸出報復に対して、短い期間で完璧に勝った」「日本を追い越し、先進国に追いつき、やがて世界を先導する国・大韓民国をつくる」と述べている。

 この日本の輸出管理強化に関して、追い詰められた韓国が戦略物資の国産化で危機を克服したというのは、文在寅大統領が国民向けに発言したパーフォーマンスにすぎない。確かに、コスト面で日本から輸入していた方が得だったものについては代替品を作るようになったが、高品質なものは引き続き日本から輸入している。完全に克服したと言える状況ではないのだ。

 そんな事態を反映しない現大統領の発言を根拠に、韓国内の生産力・研究開発力に自信を持っているのだろうか。だとしたら、とても「国益中心の実用外交路線」とは思えない。

 このように李在明氏のこれまでの発言を見れば、未来志向的に聞こえる発言も実は「日本の謝罪」を前提としているものばかりだし、竹島や徴用工に関する李氏の意見は、日本政府としては絶対に受け入れられないものだ。外交・経済面で日本への敵愾心とライバル意識が染みついた李在明氏が大統領になれば、現在ですら史上最悪水準の日韓関係はいっそう緊迫したものにならざるを得ないだろう。

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11月25日、ソウル外信記者クラブで記者会見する李在明氏(写真:AP/アフロ)