(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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「韓国の文在寅政権が任期切れ間際に必死で推す朝鮮戦争の『終戦宣言』は、北朝鮮の軍事脅威を高める危険な措置であり、とくに日本への悪影響が大きい」

 米国の朝鮮問題の権威からこんな警告が発信され、バイデン政権に対しても文政権の動きに反対するよう強く訴えた。

「終戦宣言」実現に必死の文在寅大統領

 11月29日付の「ウォール・ストリートジャーナル」は、ワシントンの大手研究機関「アメリカン・エンタープライズ・インスティテュート(AEI)」の上級研究員、ニコラス・エバースタット氏による「韓国は平和でない時に平和宣言を求めている」と題する論考を掲載した。同論考の副タイトルには「韓国政府は、北朝鮮の侵略を抑止しない空疎な言葉の宣言にバイデン政権も同調させようとしている」とあり、最近の文在寅政権の動きを厳しく非難していた。

 エバースタット氏はワシントンでも著名な朝鮮半島情勢の専門家であり、民主・共和両党の歴代政権の国務省や商務省で朝鮮問題担当の顧問などを務めてきた。北朝鮮の国内状況にも詳しく、著作も多い。そのエバースタット氏が、文在寅大統領北朝鮮に対する最近の動きを、韓国自体の安全保障だけでなく、米国の東アジア政策、さらには日本の安全保障にとってもきわめて危険だとする厳しい主張を表明した。

 文在寅大統領北朝鮮に対する融和的な「太陽政策」を一貫して試みてきた。だが来年(2022年)3月の次期大統領選挙とそれに伴う任期切れが迫るにつれ、この政策の中心となる「朝鮮戦争の終戦宣言」の実現に必死となってきた。2021年9月の国連演説でも、文大統領は終戦宣言の受け入れを改めて関係各国に訴えた。

 朝鮮戦争は事実上終わっているが、手続き上は休戦に過ぎず、真の終戦とはされていない。文政権はその終戦宣言を朝鮮戦争の当事国であった米国にも受け入れさせようと、バイデン政権に対してこのところ圧力や要請を強めてきた。

北朝鮮が捨てていない「国家目標」

 こうした動きに対してエバースタット氏は正面からの反対を表明した。その主張の要旨は以下のとおりである。

文在寅大統領は、北朝鮮の完全な同意を得なくても米国と共同で「終戦宣言」を一方的に打ち出すことを求めており、バイデン政権も同調しそうだという観測が広まってきた。だが、この動きによって朝鮮半島の軍事危機が減少する方向に進むことはなく、むしろ逆の展開が懸念される。

・なぜなら北朝鮮では、金与正国務委員が終戦宣言を歓迎すると述べながらも、なお米韓側に「敵対的政策の放棄」という表現で米韓同盟の解消までをも求め、武力行使も辞さず朝鮮半島を北の主導で統一するという国家目標を捨てていないからだ。金正恩国務委員長は終戦宣言を米韓側の譲歩とみなし、さらなる要求を出す展望は確実だといえる。

・米韓両国による終戦宣言は北朝鮮の軍事態勢の縮小などを求めないため、米韓同盟による北の軍事脅威に対する抑止態勢を弱化させることになる。また、北の完全非核化という米国の年来の目標を遠ざけることにもつながる。終戦宣言は、北朝鮮の軍事脅威が現実に減ったかのような錯覚を各国に広め、北の非核化への国際的な圧力を減らすこととなる。

・さらに終戦宣言は、北朝鮮の年来の人権弾圧やサイバー犯罪、国際テロ、違法な財政活動などを阻止する効果がない。北朝鮮の増大する各種ミサイルの脅威に対する抑止にもならず、逆に米韓同盟の従来の戦力や抑止力が減少する危険性が高い。

北朝鮮を支援する中国やロシアは、終戦宣言を契機として国連の北朝鮮制裁の縮小や停止を提唱することが予想される。北朝鮮は現在、新型コロナウイルスや貿易停止などで国力が明らかに衰弱しているが、経済制裁の中断などにより活力を高め、軍事的脅威を増す可能性が十分に考えられる。

日本に対する軍事的脅威は増大

 エバースタット氏は以上のように米韓による朝鮮戦争終戦宣言がもたらすマイナス要因を列記したうえで、とくに日本にとっての悪影響を次のように強調していた。

・終戦宣言の成立によって即時の敗者になるのは日本だといえよう。北朝鮮の日本に対する軍事的脅威は朝鮮戦争の終戦宣言によって減ることはなく、むしろ増大することとなる。さらに終戦宣言後は、日本の唯一の同盟国である米国が北朝鮮への脅威認識を減らすため、日本の米国依存にも負の影響が及ぶ。

 こうした現状をみると、岸田政権としてもこの問題へのなんらかの政策意思の表明が必要となるかもしれない。

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板門店で会談した韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩国務委員長(2019年6月30日、写真:AP/アフロ)