12月1日、敬宮愛子さまは20歳の誕生日を迎えられます。

 愛子さまの誕生以来、多くの皇室テレビ番組に携わり、『天皇家250年の血脈』(KADOKAWA)、『佳子さまの素顔』(河出書房新社)などの著書も持つつげのり子さんが、愛子さまのスポーツとの関わりについて語ってくれました。

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 幼い頃の愛子さまについて、「雅子さまにしがみつく引っ込み思案な人見知り女の子」という印象を持っている人も多いかもしれません。しかしご成長につれて、現在の愛子さまはアクティブで負けず嫌いな側面を発揮しています。

 そのきっかけの1つが、両陛下も大好きなスポーツとの出会いでした。

「あっ、あの木の上……」

 愛子さまがスポーツに積極的に取り組むようになられたのは、ご両親である両陛下の影響が大きいものと思われます。

 天皇陛下は独身時代から山登りが大好きで、その健脚ぶりは屈強な体力自慢のSPも舌を巻くほど。雅子さまも幼い頃からご家族で山登りをされていました。そんなご両親のもとにお生まれになった愛子さまですから、生後8カ月の時には陛下がベビーキャリーを背負って、ご家族3人、那須で散策に出掛けています。

 愛子さまが14歳の時、長野県上高地で開催された山の日の記念式典に、ご家族3人で出席し、ともにチェック柄のお揃いのシャツで周辺の散策を楽しまれました。上高地美しい自然に触れながら歩いている時、愛子さまが何かを見つけたように言葉を発しました。

「あっ、あの木の上……木の上に鳥が休んでいますよ」

 案内した自然保護官の藤田和也さんは、その時の様子をこう話します。

「愛子さまがお気づきになられた鳥は、高い木の一番上にいたので、両陛下もその場にいた人たちもよく見つけたものだと感心しました。その場所は周囲が開けた湿原で、目の前に山がそびえ立っているので、大抵の人はそちらに目が行くのですが、愛子さまは山道を歩きながらも周囲の風景をよく観察なさっていたのでしょうね」

 普段からご家族で散策をしながら、四季の移り変わりや動植物の命の息吹に目を留めていらっしゃるのだろうと、藤田さんは話します。

 冬山は愛子さまにとって、自然の中を自由に滑り回るスキー思い出がいっぱい詰まっています。愛子さまは3歳からスキーを始め、コロナ前までは毎年3月にご一家で奥志賀高原スキー場に出掛けられていました。陛下と雅子さまにスキー指導をしているのは、長野オリンピック日本代表選手として活躍した、平澤岳さんです。

 折に触れて、天皇ご一家の普通の家庭と変わりない姿を目にしてきました。

 愛子さまが中学生の時、休憩中に子供らしいイタズラをされたこともありました。スキーの練習が終わって全員が整列していると、愛子さまがこっそり後ろに回り込んで、「エイッ!」と女性コーチの背中に雪を入れたのです。

 コーチは雪の冷たさに驚いて「キャー」と声を出し、慌てて首筋の雪を払おうと動き回ります。その場面を見た雅子さまが、「ちょっと、愛子さま!」とたしなめていらっしゃいました。

 コーチからは長年レッスンを受けており、お互いに気心が知れた間柄。茶目っ気たっぷりの行動で、愛子さまなりの親しみを示されたのでしょう。

プールに行って来てもよろしいですか?」

 スキーを滑った後のお茶会では、愛子さまの礼儀正しさが伝わってくるシーンもありました。お茶会に参加するのは天皇ご一家とスキーコーチたちで、愛子さま以外は大人ばかり。少し畏まって大人たちの会話に合わせていましたが、30分ほど経った時、退屈だったのか「私、プールに行って来てもよろしいですか?」と、愛子さまが切り出されました。

 そしてきちんとご両親から承諾を得ると、「ではプールに行ってまいります。皆様、お先に失礼します」と、丁寧に頭を下げて部屋を出られました。愛子さまの気遣いあるご様子に、その場にいる人たちは感心したといいます。

 スキーを通してみてきた愛子さまの素顔を、平澤さんはこう話します。

スキー場で一緒に滑っている時の愛子さまには、とても活発な面を感じます。上達のスピードも早く、急斜面も実に優雅にスイスイと滑り降りてこられます。スキーは生涯スポーツと言われて年を取ってもできるスポーツなので、両陛下は愛子さまにスキーをさせたかったのではないでしょうか」

 陛下も雅子さまも、スキーの腕前はかなりのもの。そんなご両親の才能を受け継いだのか、愛子さまはスキーの基礎をしっかり身に付け、急斜面のコースでも物怖じせず滑り出していかれるそう。今では両陛下よりもスピードを出して滑られると言います。

 ウィンタースポーツで忘れてはならないのが、4歳の時に始められたアイススケートです。愛子さまを指導したのは、陛下が11歳の時からスケートを教えていたオリンピアンの長久保初枝さん。4歳の頃は愛子さまを膝に抱っこして氷の上を滑ると怖がっていたそうですが、練習のたびに腕前を上げ、その後も楽しそうにスケートの練習を続けられました。

 アイスリンクで長久保さんは、愛子さまと雅子さまの忘れられない光景を目撃していました。

「雅子さまが体調を崩されていた時、スケート場には来られたのですが、少し滑るとお疲れになってしまったのかリンクサイドに出て休まれていました。そのご様子を見て、まだ5歳くらいだった愛子さまが気遣って駆け寄り、ずっと寄り添っていらっしゃったのです。親子の深い愛情を感じて、胸が熱くなりましたね」

 また中学生になってからは、たくさんの友達と一緒にスケートの練習に来られるようになりました。長久保初枝さんの夫で、同じくオリンピアンの文雄さんが今もよく覚えている場面があると言います。

リレーの提案に手を叩いて大喜び

 練習の最後に文雄さんが「リレーをやりましょうか?」と提案すると、愛子さまは手を叩いて大喜び。愛子さまを含め、およそ10人のメンバーが2チームに分かれ、それぞれコースの反対側からスタートします。

 追い抜いたり、追い越されたり、差が開いたり縮まったり、カーブでは勢い余って転倒するアクシデントもありました。愛子さまはチームメンバーに「カーブ小さくねー!」「腕振ってーっ!」「がんばれーっ!」と、熱い声援を送られていたとか。愛子さまの順番が来ると元気いっぱいに滑り出し、チームのために全力を出すのが楽しくてたまらないご様子だったといいます。

 あまりにみんなが盛り上がるので、リレーは練習終わりの恒例になり、複数回行うこともあったとか。控室からは、いつも愛子さまの明るい弾んだ声が聞こえてきたそうです。

 愛子さまが通われている学習院では毎年夏休みに、沼津の遊泳場に宿泊する臨海学校を実施しています。愛子さまも11歳だった初等科6年生の時に、この臨海学校に参加されました。しかし、待っていたのは海でのハードな遠泳です。この遠泳は100年以上続く学習院の伝統行事で、上皇さまや天皇陛下も経験されました。

 幼い頃は水泳が苦手だったという愛子さまは、この遠泳に挑戦した時の思い出を作文にしたためられました。

 愛子さまの作文(学習院初等科の卒業文集)

「大きな力を与えてくれた沼津の海

 不安な気持ちを抱きつつも、きっと楽しい思い出が作れると言われて出かけた沼津でしたが、初日から練習は厳しく、海に入りたくないと思う時も少なくありませんでした。ただ楽しかったのは、友達との生活と食事、お風呂でした。

 しかし、足の着かない海で泳いで、初めて気持ち良いと感じる日が来ました。三日目に行ったプレ距離泳の時でした。プレの日は、波もなく、太陽が照りつける中での距離泳となりました。海に入るまでは、五百メートルも泳げる訳がないと諦めていましたが、泳いでいるうちに、体の力が抜け、楽しく泳げるようになりました。五百メートルを泳ぎ切ると、海が好きになり、海に入るのが楽しみになっていました。

 迎えた本番の五日目は、潮の流れが少しあり、泳ぎにくいと感じましたが、前日に一キロ泳や二キロ泳を終えた人たちの『頑張れー』という応援の声が聞こえる度に、不思議と力が湧いてきました。無事に泳ぎ切り、みんなと喜びながら頂いた氷砂糖の甘い味は格別でした。

 沼津での生活は、私に諦めないことの大切さを教えてくれ、大きな自信を与えてくれました。沼津の海は、私にとって忘れられない記念の海。六年間の中で、私がいちばん成長できたと感じられる素晴らしい思い出になっています」

中等科2年生では3キロの遊泳を達成

 学習院の臨海学校は厳しいものです。合宿中は午前6時に起床し、午前中2時間の水泳の訓練。午後も2時間にわたって海で猛特訓を行い、就寝時には蚊帳を張って消灯します。集団生活の体験を通して、強い精神力や協調性を養うことが目的です。

 学習院では、先生たちが立ち泳ぎの小堀泳法をはじめとした古式泳法を教えるのが習わしで、愛子さまも希望者を対象として行われた日本泳法のクラスに積極的に参加されました。

 初等科6年生の時は500メートルの遠泳を成功され、中等科2年生の時には見事3キロの遠泳を達成。「諦めないことの大切さ」を自ら体現して見せたのです。

 愛子さまが活発になられるきっかけとして大きかったのが、学習院初等科5年生で入ったバスケットボール部での活動と言われています。

 2年生の終わり頃には、一部の児童から受けた乱暴が原因で愛子さまは通学への不安を感じ、学校を欠席することもありました。週刊誌などでは「不登校」という記事も掲載されました。

 それからは毎日のように雅子さまが登校に付き添われていましたが、バスケットボール部に入ってからは、愛子さまは元気に学校に通うようになられました。このことを雅子さまは、お誕生日に際してのご感想でこう綴られています。

「ご心配を頂いたことと思いますが,お陰様で,昨年の終わり頃からは,愛子も親の付き添いなしに元気に通学できるようになりました。5年生になってからは,学校の勉強も随分と大変になってきましたが,愛子が,お友達にも恵まれ管弦楽部やバスケットボール部といったクラブ活動を含む学校生活や,英語の勉強など様々なことに意欲的に取り組んでいることは大変嬉しく,そのように愛子が成長していく姿を心強く思いながら,母親としてできるだけの手助けをしたいと思って過ごしております」(平成24年、雅子さまお誕生日に際してのご感想)

 バスケットボール部に入られた愛子さまは、対外試合で他校を訪れて試合を行うなど、活発さと元気な笑顔を取り戻していきました。

 思春期真っ只中の15歳、愛子さまのお誕生日に際して写真が公開されると、国民の間で心配する声があがりました。以前はふっくらとした頬が特徴的でしたが、急激に痩せられて驚くほどほっそりしていたのです。しかしそれもバスケットに熱中するあまりの体型変化で、その後は徐々に健康的なお姿を取り戻しています。

車いすに乗って体験してみたい」

 同時期に、ご家族3人で車いすバスケットの試合を観戦されたこともありました。コートの中を縦横無尽に駆けめぐり、ぶつかり合いが激しい競技です。愛子さまは試合を観戦中、最初のうちは控えめに小さく拍手していましたが、試合終盤に差し掛かると、夢中になって大きく手を叩いていらっしゃったそうです。

 試合の後にはご一家と懇談の場が設けられ、愛子さまは陛下の隣で選手一人ひとりに声をかけられました。愛子さまは「車いすに乗って体験してみたい」という話もされました。

 愛子さまの20年を振り返ると、常に身近にスポーツがあり、困難に直面した時に勇気を与えてくれるものだったのではないかと感じます。スポーツを通じて培ったチームメイトと助け合う精神や、競い合う中で成長を求めてきた姿勢が、20歳からの愛子さまの心にどんな花を咲かせていくのか楽しみでなりません。

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つげのり子さんが担当されている「皇室の窓スペシャル」テレビ東京BSテレ東)もぜひご覧ください。

(つげ のり子Webオリジナル(特集班))

20歳のお誕生日を迎えた愛子内親王殿下 宮内庁提供