かれこれ5年ほど精神疾患の治療をしているが、引越しのたびに、新しく通院するメンタルクリニックを探すのに一苦労している。

まともな病院の少なさ

 通院するのをやめた病院も合わせると、私はこれまでに6~7軒の精神科・心療内科を受診している。個人的には、病院選びの基準は「多少馬が合わなくても、コミュニケーションが普通に取れるのであればOK」くらいに思っていて、あまり多くは望んでいないつもりなのだけれど、それが案外難しい。

 10月に大阪から東京へ引っ越してきて、最初に訪れたメンタルクリニックはひどいものだった。大阪で長らく通院していた病院からもらった紹介状とお薬手帳を確認するなり、医師は第一声「ああ~、ダメダメ」から入り、続いて「こんな処方はめちゃくちゃなの。薬の数が多いってことは、薬が効いてないってこと。こんな処方、普通は絶対にしませんよ」と、次から次へと否定の言葉を吐き出した。

 私は重度の不眠症で、かつ寝ている間に悪夢を見て暴れたり、叫んだりして飛び起きてしまうことがよくある。また、不定愁訴を抑えるためにこれまでさまざまな抗うつ剤や抗不安薬を試し、副作用が強いものや効果の弱いものは排除していき、現在飲んでいる薬に切り替えてようやく日常生活を送るまでに落ち着いている。

 そのため薬の調整は難しく、3年間かけて、大阪で通院していた病院の医師と効果を都度相談しながら、トライアンエラーを重ねてたどり着いた「最適解」であったため、転院先の医師による「全部処方を変えますから!」の一言に、ひどく不安を覚えてしまった。

家族構成、家族の最終学歴…問診票に「家族の情報」記入欄が

 初めて訪れるメンタルクリニックでは通常、30分ほどかけて問診が行われる。この病院も例に漏れず、ある程度の時間をかけて初診を行い、治療方針を決定するのは他の病院と一緒のようだった。診察室に入る前に問診票を記入していると、「家族構成」の欄があり、名前、年齢、連絡先、職業だけでなく、最終学歴を記入する欄があったことに、少しだけ抵抗感を持ってしまう。

 私にとっては初めてのことだったが、メンタルクリニックに長年通っている知人によれば、家族の学歴を聞かれること自体はそうめずらしいことではないという。患者やその家庭の知的水準や環境をある程度把握しておきたい意向の病院では、最初に問診票で家族の情報を詳しく記入させるところもあるそうだ。

 私は実家での虐待やDVから逃れて絶縁しているため、家族の名前や連絡先欄は空欄で提出し、年齢は正確に記入、家族の最終学歴については「中卒」「高卒」といった風に、個人を特定しづらい情報のみを提供したところ、特にそれ以上突っ込んで聞かれることはなかったため、もし家族の情報を知られたくない場合は、空欄で出しても問題ないと思われる。

「絶対治りませんよ」の暴力性

 問診票を書いたあと、診察室に入るなりくだんの「お薬手帳全否定」が行われ、その後、先ほど私が書いた問診票と紹介状を見ながら、ひたすら医師から質問を受けた。自分の生い立ち、心身に異常を自覚した時期、それからどういった治療を行ってきたかを事細かに聞かれるのだけれど、いちいちこちらの言葉を遮り、決めつけ、持論を押し付けるその医師の姿勢が、これまで通院するのをやめた病院の特徴と重なり、途中からは「ここもダメそうだなぁ」と思わざるを得なかった。

 駄目押しだったのは、カウンセリング治療についてその医師が言及した内容だった。

「あなたはうつ病ではありません。うつ病なんて、普通は3ヶ月あれば治るんです。でもあなたは5年も治療を受けている。それでも治らないのは、子供の頃から受けていた虐待などによって、あなたの人格が大きく歪んでいるからです。カウンセリング治療を週に1回、少なくとも5年から10年は受けてもらわないと、絶対に治りません」

「絶対に治りません」と言われた途端、ズシン、と体が重たくなり、心が硬い殻に包まれていくのを感じた。こちらも馬鹿ではないので、自分の症状を楽にするためにたくさんの文献をあたり、医師にも相談し、カウンセリング治療も含めて、さまざまな試みをしてきた。今年の前半にかけての1年半は、臨床心理士のもとで複雑性PTSDなどの治療法として注目されている「スキーマ治療」というカウンセリング治療を月に2度、1回につき2,000円で受け、悪夢を見る頻度が減ったり、不安を感じた際に感情のコントロールができるようになるなど、これまで苦しんできた症状が大きく改善した。

高額の治療費を提示し「まあ、そこは頑張っていただいて」

 スキーマ治療のおかげでストレスとの付き合い方がうまくなり、自分の特性を知ることでかなり生きやすくなった。大阪で通院していた病院の臨床心理士や医師と相談して「一旦カウンセリングは必要なくなった」と判断し、それからは徐々に減薬していく方向で調整をしてきたが、新しく訪れた病院の医師に言わせれば、「スキーマ治療なんて、効果がありません」とのことだった。

 1回につき8,000円かかるカウンセリングを週に1度、月に換算すれば3万~4万円の治療費をかけて5年から10年続けなければ絶対に治らない。そう言う医師に対し、「金銭的にそんな余裕はない場合はどうすればいいのですか」と尋ねてみたが、「まあ、そこは頑張っていただいて。治療のためですから」の一点張りで、例えば精神障害者の公的福祉に繋げるだとか、具体的な解決法は一切提示されなかった。では、それだけの治療費を支払えない人間は、どうすればいいのだろう。

絶望の淵に立たされている人たちは何を思うか

 精神的に追い込まれ、仕事ができないほど困窮している人が、藁をも掴む思いでこの医師のもとを訪れて、「月に3万~4万円かかる治療を5年か10年受けなければ、絶対に、治りません」と言い切られたとき、何を思うだろうか。

 自分の未来に絶望して、こんな苦しみがこのまま5年、10年も続くなら、と人生を諦めてしまう人もいるんじゃないだろうか。少なくとも、以前の私だったら、自ら命を断つ選択をしても何ら不思議ではない。そう思った。

 そんなことを考えながら、カウンセリング治療について説明する医師の言葉を聞いていると、突然、ある質問を切り出された。

「あなたは私に、死なないと約束できますか?」

 少し考えて、「わかんないですけど、まあ、はい」と答えると、医師は「では結構です。うちで治療を引き受けましょう」と、わざとらしく、重々しく言った。

 質問の意図は、もちろん理解できた。通院中の患者が自死したとなれば、かなり大変なことにはなるだろう。おそらく少し前の私なら、約束はできなかったと思う。しかし、「死なない」と約束できない人は、どこへ行くんだろうか。今、限界まで追い詰められてしまっている人は、どこに行けば助けてもらえるのだろうか。この医師は、約束できなかった人を、入院治療を受けられる大きな病院に紹介してくれるだろうか。

行った病院で言われたことがすべてではない

 帰り道、次に診察を受けられる病院を探しながら、「専門家」の持ちうる暴力性について考えていた。命からがらたどり着いた医師にこれまでの選択を否定され、高額の治療法なしでは「絶対に」治らないと言われ、治療と引き換えに、死なないことを約束させられる。

 心身ともに参ってしまっている人にとって、それがどれだけ酷なことなのか、私は経験者として、少しは理解ができる。転院先を探しているとき、このような医師と出会うことは決して少なくない。しかし、できれば絶望しないでほしい。

 専門家とはいえ、相手はただの人間であること。利益を最大限に重視する人間であれば、患者の都合など少しも考えない場合もあること。そしてその場合は、別の病院にかかることで解決できる可能性が非常に高いこと。

 これまで飲んでいた薬を全否定され、その医師に処方された薬を試しに飲んでみた。まったくと言っていいほど効かず、夜は少しも眠れなかった。ようやく眠りについたころに見る悪夢も悪化した。なんなら、処方されたのは過去にすでに試したことがある薬であり、効かなかったために他の薬へと変更したものだった。

 そんなこともある。行った病院で言われたことがすべてではない。転院先は、肩肘を張らず、気長に探すくらいの方がちょうどいいのかもしれない。ひとまず今日安心して眠ることができるよう、一緒に考えてくれる医師に出会えれば、一旦はそれでいいのかもしれない。

 度重なる転院先選びに失敗した今、そんなことを思っている。

(吉川 ばんび)

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