
(福島 香織:ジャーナリスト)
南太平洋の島嶼国、ソロモン諸島で先週、大規模な反政府デモが暴徒化し、首都では夜間外出禁止令が出た。主な被害は首都圏のチャイナタウン地域で、中国系企業や店舗、施設が放火、略奪に遭い、少なくとも3人の身元不明の焼死体が確認されている。目下、オーストラリアなどが治安維持のための軍警約100人を派遣し暴動自体は沈静化しているようだが、政治的緊張は高まり続けている。
11月24日、デモは当初、ソガバレ首相の退陣を求める反政府デモとして発生した。それがなぜチャイナタウンの焼き討ちに発展したのか。その背景には、中国と台湾の“外交場外乱闘”があると指摘されているが、それはどういうわけなのだろうか。
親中派首相が台湾と断交
背景を簡単に説明しておこう。
南太平洋、パプアニューギニアの東側にある6つ主要島からなる人口約70万人、100以上の部族方言をもつ多民族島嶼国・ソロモン諸島は、1978年に英国統治下から独立したのち、国内政治が断続的に不安定だった。特に最多人口のマライタ島(マライタ州)と中央政府のあるガダルカナル島(ガダルカナル州)の部族が反目し、1998年から2003年までの間、激しい部族衝突が続いていた。2000年6月には元蔵相による事実上の政変も起きた。
ガダルカナル島の首都ホニアラには、多くのマライタ島民が移住している。それらのマライタ移民と、地元ガダルカナル島民との関係は極めて悪く、ガダルカナル島民はマライタ移民に土地を不法に占拠されていると感じていた。一方、マライタ移民は建設業など単純労働に従事する者が多く、搾取されていると感じていた。無職、無就学のマライタ出身の若者が徒党をつくってガダルカナル島民を殺害するといった事件も起きていた。そうした経緯からガダルカナル島民は民兵組織(イサタンプ解放運動、IMF)を作り、2万人のマライタ系住民をガダルカナル島から力ずくで追い出した。この際、マライタ系住民は豚や建物などの財産をIMFに奪われた。
2003年まで、そうした民族紛争が2000回以上繰り返されてきたという。その間に政変も起こり、その後も国内政治は安定しなかった。結局、軍隊を持たないソロモン諸島自身ではこの対立は解決できず、オーストラリア、ニュージーランドを中心とした多国籍の平和維持部隊(RAMSI、ソロモン諸島支援ミッション)の干渉によって、なんとか事態は収束した。
この民族紛争は、ガダルカナル、マライタ系住民双方に相当の苦痛や経済損失を含む被害を出しており、双方が中央政府に賠償を求めた。ちなみにこの賠償金は中央政府から双方に支払われたが、それは1983年以来、ソロモン諸島と国交を結んできた台湾の輸出入銀行の融資によって賄われた。
だが、ソロモン諸島と台湾との国交は、2019年にマナセ・ソガバレ首相によって断絶される。ソガバレは、かねてより反RAMSI、対オーストラリア強硬派だった。2017年に4度目の首相の任に就いた際、オーストラリアと中国の関係悪化をみて、中国との国交樹立がオーストラリアへの対抗に有利である、と判断したこともあるようだ。だが決め手は、中国の5億ドルの支援などだったと見られている。チャイナマネーに絡め取られたというわけだ。
高まっていた国民の反中感情
一方、ソロモン諸島の国民にはもともと反中感情があった。2006年の選挙をきっかけにホニアラで起きた暴動では、チャイナタウンが襲撃されている。暴動の責任を取る形で、当時のスナイダー・リニ首相は辞任した。リニ首相の選出に北京当局が関与している、という噂が暴動の引き金だった。政治不信の根っこに「華人が政治に介入している」「華人が経済を支配している」「新しく来た中国人に島の伝統社会に対する理解やリスペクトがない」といった対中嫌悪があるとも指摘されていた。ただこの時点では、ターゲットになっている華人には台湾人も含まれている。
こうした中国人嫌悪の感情は、2019年にソガバレ政権が台湾断交、中国国交樹立を打ち出して以降、さらに高まることになった。中国企業が「一帯一路」を掲げて大量の中国人労働者を引き連れてやってきたことで、現地の若者の雇用が奪われたという恨みが高じた。
また、中国との国交樹立とほぼ同じタイミングで、ソロモン諸島中央に位置するツラギ島を中国の国営企業「中国森田企業集団」に丸々75年間貸与する契約が結ばれたという報道が出たことも、ソロモン諸島国民の感情を逆なでした。ツラギ島は太平洋戦争で日米が死闘を繰り広げた激戦の地。地政学的な要衝の地であり、軍港に適した入江もある。ここに中国が軍事基地でも作るのではないか、と国際社会も騒然とした。
ツラギ島租借契約は違法であり破棄せねばならない、とソロモン諸島法務相は後に声明を出し、国際社会の圧力もあって白紙に戻させたが、中国がソロモンを狙っているという警戒心はさらに強まった。また、材木の対中輸出が急増することで森林資源が破壊されるなど環境問題も深刻化していった。
台湾で脳外科手術を受けたマライタ州知事
こうした親中ソガバレ政権に対して反旗を翻したのが、かねてから因縁のあるマライタ島民を代表する州知事、ダニエル・スイダニである。台湾との関係を維持すると表明し、州内での中国企業進出を禁じた。その代わりに米国からの開発援助を取り付けた。さらに2020年9月、マライタ州知事として独立を問う住民投票を行うと宣言した。
台湾は2020年6月、新型コロナ禍の中、マライタに対し防疫物資の無償支援を行い、スイダニは物資の受け取り式典で台湾を賞賛。だが、中央政府がこの防疫物資を没収するといった事件も起きていた。
また、スイダニは今年(2021年)5月、台湾で脳外科手術を受けた。ソロモン現地の親スイダニ報道によれば、スイダニの台湾訪問中に、ソガバレ派がマライタ州議会でスイダニ知事不信任案を提出させようと画策していたらしい。結果的に世論の反発でこれは失敗。スイダニが台湾から帰国した後、不信任案を提出しようとした州議長が住民に謝罪するといった事態が起きていた。
このスイダニ不信任案の動きを妨害するためにマライタ市民が暴動を起こすという噂が流れ、議長はビビって謝罪したらしい。それが10月27日のことなので、1カ月後にホニアラで起きたデモは、スイダニ派の反撃、と考えていいだろう。それが華人系店舗50以上を焼き討ち、略奪し、2800万ドル規模の損失を引き超すような暴乱に発展すると予測していたかはともかく。
中国が危険視するマライタ州の動き
状況を整理すると、ソロモン諸島では、根深い中国人嫌悪と、チャイナマネーが引き起こす政界汚職、部族対立構造を反映した政治不信がある。その対立は「ソガバレ vs.スイダニ」の権力闘争として顕在化、そこに「中国 vs.台湾」の外交戦が反映され、そこに「中国 vs.米・豪その他西側陣営」の安全保障と価値観対立が重なる形で複雑化している。
また、マライタ州の「独立」の動きは、台湾の独立派の動きに連動しかねない、とみる中国にしてみれば、このマライタ州の動きは実に危機極まりないものである。
今回の暴動事件に関して、中国側、ソガバレ側は、外部勢力(台湾、オーストラリア、米国など)が反ソガバレの動きを煽動している、と非難している。一方、スイダニ側は、オーストラリアなどが軍警を治安維持のために派遣したことはソガバレ政権維持に利する、と批判している。
国会は11月27日に再開され、マシュー・ワレ野党代表がソガバレに対する不信任案動議に関する通告を出したと発表。だが、ソガバレは権力維持に自信を持っており、政治的にどのような決着がつくかはまだわからない。
太平洋に足場を築きたい中国の野心
ここで注意すべきは、民主派陣営の一国に暮らす日本人が、この事件をどうとらえて、何を教訓とするか、ということだ。
犠牲者への哀悼、無碍に財産や安全を奪われた人々への同情、暴力反対の思いは大切だ。だが大局的には、中国の野心を正しく理解すべきだろう。中国がソロモン諸島に執着するのは、太平洋における米軍プレゼンス排除、という野望があるからだ。米国と拮抗してG2(米中2極)体制という新たな国際社会の枠組を打ち立てるために、まず米軍プレゼンスをアジアから排除し、次に太平洋の真ん中、ハワイあたりを境界線にして米軍を押し出したい。ハワイを境に、東が中華秩序・人民元基軸、西が米国秩序・ドル基軸で肩を並べて世界を支配しよう、というわけだ。
そのために必要なのは、第一列島線の要にある台湾を中国の一部にしてしまうこと、同時に、韓国や日本から米軍を撤退させ、グアムあたりに下がらせる。そこから太平洋の取り合いになるのだが、やはりその要は、パプアニューギニアやバヌアツ、フィジーやソロモン諸島あたりとなる。ここに中国の軍事基地を設置できれば、太平洋の真ん中で米中が渡り合える。
このあたりは米軍の直接のプレゼンスが及びにくい軍事空白地、かわりに米同盟国のオーストラリアが睨みを利かしているはず・・・だったが、オーストラリア議会がやはりチャイナマネーに毒され、「サイレント・インベーション」(静かな侵略)されていたと話題になったのが2018年だ。
つまり中国は、南太平洋の台湾の友好国に対し、資金とマンパワー(中国移民)の持ち込みによって事実上の経済支配と政治干渉を静かに行い、その国にもとからあった内政の対立や分断を利用して、中国にとって有利な形に政治や世論を誘導していこう、というわけだ。
野党代表、マシュー・ワレは今回の件について、「政府は中国の既得権益の捕虜となり傀儡となっている」と批判している。
日本も油断は禁物
中国の台湾併合は、歴史的悲願、領土拡張の野望といった部分だけでなく、例えば世界半導体産業の行方を左右する台湾企業「TSMC」やその他の先端技術を擁する企業の併呑による中国の半導体国産化という野望の近道でもある。台湾問題は、“パクス・シニカ”(中華治世)が実現するか否かのカギとなるテーマだと思ってほしい。
そして、今回のソロモン諸島で起きた暴乱に限らず、中台外交戦、米中の対立構造がいたるところで影響を与えている。ホンジュラスの親中派大統領誕生も、リトアニアの台湾接近も、そうした国際外交バトルが影響している。
内政に不安があったり、諸民族や社会階層の分断が深刻であったりする国ほど影響を受けやすいが、平和で安定していると安心しきっている日本でも、これだけ隣人や社会の中枢に中国人が増えているのだ、いつ、どういう形で思わぬ分断や対立や暴力を引き起こされるかわからない。だからといって、中国人排除ということになれば、それこそ社会分断を目論みている輩を喜ばせる。
気に留めるべきは、自分たちがどういう社会で生きていたいかを、きちんと意識することだ。自由と民主の価値観を貴ぶ国際社会の枠組みを維持したいなら、台湾の民主を守り切れるかどうか、そのために私たちは何をすべきか、何ができるかを考えておきたい。
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