(金 興光:NK知識人連帯代表、脱北者)

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 北朝鮮は11月、参加者1万人を超える大規模会議を開催した。大会参加者を平壌に招集する特別列車を編成したため、北朝鮮のすべての鉄道駅は一般人の乗車を3日間も止めなければならなかったほどだ。足止めをくらった多くの住民は真冬の厳しい寒さの中、苦労を強いられている。

 北朝鮮は、11月14日朝鮮中央通信で、今回の会議は第5次三大革命先駆者大会であり、党中央の意図に従ったものであると述べた。三大革命とは、1973年金日成が掲げた大衆運動で、思想革命、技術革命、文化革命の3つの革命を指す。三大革命先駆者大会は、この3つの革命を先導した先駆者を称える大会のことだ。

 故金正日総書記が過去に実施したように、三大革命先駆者大会の開催によって、金与正こと党中央が党や軍に続き、北朝鮮全土の掌握に出たのではないだろうか。何かしらの政治的意図と目標があるとしか考えられない。

 そこで今回は、北朝鮮の元大学教授であった経験に基づき、三大革命先駆者大会を開催した北朝鮮の政治的意図と、私たちが注目しなければならない重要なポイントについて私見を述べよう。

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 北朝鮮が、時季外れの今、このような大規模な大会を開催することに、国内外メディアは様々な疑問を抱いている。私も同じ疑問を持っているが、特に以下の3つの疑問である。

平壌駅に降り立った関係者の服装に違和感

 第一の疑問は開催時期である。現時点で北朝鮮が総力を結集しなければならないのは、第5次国家経済発展計画の目標達成だ。もちろん、北朝鮮が2021年の計画目標を達成するため、いわば危機感を煽るためにこのような政治的ショーを開催するという見方もできる。

 ただ、今も目標達成に向け、「年末まであと50日」「あと49日」と残った日数を連日のように告示し、ハッパをかけている状況だ。その中で、全国から1万人もの人手を集めれば、現場はどうなるだろうか。当然、難しくなるだろう。

 第二に、今回の第5次三大革命先駆者大会は、10年ごとに定期的に開かれている大会であり、本来ならば今年ではなく、4年後に開催されるべき会議である。今回の大会は、金正恩体制になってからは2回目になるが、第1回の第4次大会の時は半月前には事前公示していた。

 それなのに、なぜ今回は時期を繰り上げ、事前告知もせずに奇襲的に開催するのだろうか。

 第三に、今回の大会の規模や雰囲気があまりにも大きいということだ。今回の規模と雰囲気は、2020年1月に開催された、北朝鮮で最大の大会である「8次党大会」に次ぐものだ。

 以下の写真は、今回の第5次三大革命先駆者大会に参加するため、平壌駅に到着した参加者の姿だ。

 ここに、大きな注目点がある。彼らの服装やカバンはほとんどお揃いで、どれも新調したもののようだ。党大会に参加する際に、洋服やカバンを新調することはあるが、通常はここまではしない。

 上記の事実から、何らかの差し迫った状況があり、北朝鮮は今回の大会を開催したと考えられる。それでは、開催の目的は何だろうか。朝鮮中央通信の公報文に、その目的を推測できる手がかりがある。

大規模大会を開催した真の目的

 この写真が朝鮮中央通信の公報文だ。文章を見てみよう。

「党中央委員会の幹部は、三大革命の威力を各所で高め、すべての部門と地域の均衡的同時発展を進めようとする党中央の意図を胸に深く刻み、主体的大衆運動の火の勢いをより一層強めることで、先駆者としての栄誉を継続的に輝かせていくことを大会参加者に要請した」

 公報文には、金正恩総書記の名前は一つも出てこない。党中央の意図でこの会議を開くと言及し、その目的を明らかにしている。

「党中央」というと党中央委員会の略語だと考える人もいるが、私が何度も申し上げたように、北朝鮮における「党中央」は機関や部署を意味するのではなく、人、正確には党の実質的な権力者を示している。そして、党中央とは、金与正氏のことだ。つまり、今回の大会を主催したのは、党中央すなわち金与正である。

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 自身の政治的リーダーシップの核心を「思想」「技術」「文化」の三大革命に見出した金与正氏が、全国のすべての部門と地域を完全に掌握するために、今回の三大革命先駆者大会を通じて核心的役割を果たす三大革命小組員(※後述する)を緊急に招集したのではないか。これは、もはや疑問を越えて確信に至っている。

「新しい酒は新しい革袋に盛れ」ということわざがあるように、金与正氏への権力移行が金正恩総書記の一時的な代行か、それとも一定の権限を得たのかに関係なく、自身の新しいリーダーシップを確立させるためには、全国的な新しい「器」、すなわち封建主義的で効率的な統治メカニズムが必要だ。

 そして、党中央こと金与正のリーダーシップを全党、全軍、全国に、梅雨時の川の水のごとく淀みなく浸透させるため、各所が党中央を支え、あらゆる情報が党中央に集中する一時的だが特別なシステムでなければならない。

金正日の権力掌握プロセスを真似る金与正

 三大革命小組員とは、故金正日氏が党権力を掌握する際に、全国のすべての地域、部門ごとに派遣した特別身分の特派員のことである。

 1975年頃、金正日氏が3大革命小組員を全国に派遣したのは、父である金日成主席が頂点にあった既存の党、国家、軍隊の統治体系とは別に、自身が頂点に立つ新しい統治ラインを設置することが目的だった。

 金正日氏は、派遣した三大革命小組員に、党幹部や国家機関幹部を思いのままに動かせるような特権を与えた。そして、金正日氏は三大革命小組員のラインによって、全国のすべての状況を手に取るようにモニタリングし、指導し、旧勢力を仕分け、短期間で父を主席宮殿から追い出し、党の権力、軍事力、行政権を全部奪い取り、自身の王国を打ち建てたのだ。

 現在、金正恩氏と金与正氏の権力がどのように分かれているのかという点は正確には分からない。ただ最近の北朝鮮が突然、党中央を崇め、彼女の唯一の指導体系を打ち建てるのに奔走し、金正日氏の手法を真似て、三大革命小組運動を焼き直そうとするのを見ると、もはや外観上は金与正氏が事実上の権力者であり、金正恩総書記は金与正氏の操り人形ではないかという強い疑惑を抱く。

 明らかなのは、金正恩が参加しようがしまいが、今回の大会が、金与正氏を支える権力集団の、最初の団結大会になることだけは間違いないだろう。

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