入国禁止令1週間前にすでに南アを出国

 新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」が米国にも上陸した。

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 感染者は11月22日に訪問先の南アフリカから米国に戻ったサンフランシスコ在住の米国籍者で、29日に陽性が確認された。

 自主隔離中で、症状は軽いという。感染者はワクチンを2回接種し、追加で打つ「ブースター」は受けていなかった。感染者と密接接触した乗務員、乗客は全員、陰性だった。

 ジョー・バイデン米大統領のコロナ対策の首席アドバイザー(ドナルド・トランプ前大統領に任命され、その後バイデン政権でも留任)のアントニー・ファウチ米国立アレルギー感染症センター(CDC)所長は、ホワイトハウスでの記者会見で、オミクロン株について従来の変異株よりも感染力が高く、ワクチンが効きにくい可能性があると指摘した。

 詳細な解析には早くて12月中旬まで要するとし、ワクチンやブースター接種、マスク着用といったこれまで通りの対策を徹底するよう訴えた。

https://www.cnbc.com/2021/12/01/us-confirms-nations-first-case-of-omicron-covid-variant-in-california.html

 バイデン大統領は、オミクロン株対策のため、11月29日以降、アフリカ南部8カ国からの入国を禁止した。だが感染者はその7日前に南アフリカを出国、米国に入国していた。

 世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長(エチオピア出身)は11月30日、バイデン氏の決定をとらえて、南アフリカやボツワナなどの国々が「他の国からペナルティーを科されている」と述べ、各国による南アや周辺国に対する移動制限などの措置を暗に批判した。

 同事務局長は、2020年初頭、中国・武漢で最初に確認されたコロナウイルス感染当時から各国がコロナ禍で移動を制限することに慎重な姿勢を示してきた。

(ドナルド・トランプ大統領(当時)は「テドロス氏は中国のことをおもんぱかった」と厳しく批判していた。)

 テドロス氏は、今回も「自国民を守るための各国の懸念は十分理解するが、証拠に基づかない、それだけでは効果のない、露骨で包括的な対策を導入している加盟国もある」と批判した。

 同氏は、感染症対策の根拠である国際保健規則(IHR)に従い、理にかない、釣り合いのとれたリスク軽減策をとるよう呼びかけた。

 こうした批判はバイデン氏にとっては「馬の耳に念仏」。先手に出た。「羹に懲りてなますを吹く」だった。

 こうした背景には同氏を取り巻く米国内の環境が、同氏の思い通りにならない状況にある。

 オミクロン対策どころか、先代変異株「デルタ」感染阻止ですらうまくいっていないからだ。

 ファウチ氏の進言を100%受け入れて、大統領の権限が及ぶ連邦政府職員に対するワクチン接種義務化命令を出したものの、共和党支配の南部中西部州から反発が出ている。

 義務化は来年1月4日を実施期限にしているが、ミズーリ、ケンタッキー、ルイジアナなどの州では接種義務化に反対した州政府が連邦地裁に提訴、ミズーリ州連邦裁は義務化を一時凍結する判決を下した。

https://www.nytimes.com/2021/11/30/world/vaccine-mandate-health-workers-blocked.html

ジェファーソニアン・デモクラシー:「州権と国権は対等」

 なぜ、こんなことが起こるのか。75万人の命がコロナ禍で死んでいるのに、だ。

 パンデミック撲滅より米国という国家に重要なものは何か。分裂・対立はこの最中にも解消できないでいる。

 2020年のコロナ発生時、民主党はトランプ政権のコロナ軽視、スローな感染対策を激しく批判した。

 その怨念が今度は共和党からバイデン政権に向けられている。

 共和党の超保守派は、今回の南アなど7カ国からの渡航者入国禁止令に噛みついた。

「コロナが最初に上陸した直後、トランプ氏は中国はじめ中東諸国との渡航禁止令を出した。その時、特定の国に対する差別的行為だ、と批判したのはどこの誰だ。バイデン氏ではないか」

 皮肉なことにコロナ感染を防ぐためにワクチン接種を義務化しようとするバイデン政権に真っ向から反対する共和党支配州の感染者数が人口比で多いという現状。

 にもかかわらず、これらの州知事や州民はマスク着用やワクチン接種には「個人の自由を束縛する」という理由で反発している。義務化反対のデモや抗議集会が続いている。

 連邦政府といえども州の権限を侵すことはできないという建国以来の「伝統」は戦争でもやっていない限り、無視できないのだ。

「公衆の安全」よりも「個人の理由」を優先する米国の「流儀」は日本人にはなかなか理解できない。

 かつて東京特派員で、日本社会の「本音と建前」についても精通している米大手紙のベテラン記者H氏は、こう説明する。

「日本では政府による『上から目線』の命令は受け入れられない。戦前、戦中の軍国主義が国民を戦争に引きずり込み、みじめな結果を招いた『敗戦シンドローム』のなせる業だろう」

「だが、建前はそうだが、政府から『自粛』を要請されればよほどのことがない限り日本人は従う」

「日本人の社会学者は、私に『上(おかみ)の言うことに日本人が従う封建時代からの習性が今も生きているためだ』と言っていた」

「米国は封建制度を経験していない国だ。宗教でも言論でも個人の自由・権利でも、政府は侵してはならないというゴールデンルールがある」

「バイデン政権は、コロナ感染を防ぐために米国民にマスク着用やワクチン接種を義務付けようとしているが、これを『Mandate(指図)』という」

「逆の言い方をすると、選挙民がバイデン政権にそうした強制的な措置をとる権限を与えることを意味している」

「それについて共和党の一部知事や州議会や地方自治体がノーと言っているわけだ」

「それについて、連邦政府は『葵の御紋』を見せて、『これが目に入らぬか』と言っても通用しない」

「そのへんがまさにジェファーソニアン・デモクラシー(トーマス・ジェファーソン第3代大統領が提唱したアメリカ合衆国的民主主義)だ。州権と国権は同格だというわけだ」

義務化反対の知事も市長もワクチン接種済み

 ところが、義務化反対には裏がある。

 州議会議員も州知事もワクチン接種の義務化には反対だと公言しているが、公職にある人間のほとんどはワクチンを接種している州や郡市町村が少なくない。

 例えば、民主党天下のカリフォルニア州でワクチン接種義務化に反対しているのが州北中部にあるパームデールという市(人口15万人)だ。白人46%、ラティーノ29%、黒人13%、アジア系4.5%の、ロサンゼルスのベッドタウンだ。

 市長のスティーブ・ホフバウアー氏(黒人)は義務化に反対しているが、350人いる市職員の9割はワクチンを自らの意志で接種している。

 市長は(自分も接種を済ませている)「市民の個々人の宗教上、医学・医療上の信条は何人(なんぴと)も侵すわけにはいかない」と言い続けている。

 南部、中西部の共和党知事たちのスタンスはおおむねこの市長と同じである。大統領はおろか州知事がワクチン接種を義務づけるべきではない、という主張だ。

 いくら「個人の自由」だと抗弁してもコロナですでに75万人が死んでいる米国だ。

 宗教上、通常は薬や注射、さらには手術まで禁じている「クリスチャン・サイエンティスト」やモルモン教ですら、今回のパンデミックではワクチン接種するか否かは個人の判断で決めよといった通達を出している。

 12月2日現在、米国の合計接種数は4億6200万件、「必要回数の接種完了者」は1億9600万人で人口の59.4%にとどまっている。

(ちなみに日本の合計接種数は1億9700万件、「必要回数の接種完了者」は9750万人で人口の77.4%)

 バイデン氏がいくら笛を吹こうとも、「必要回数の接種完了者」が日本並みになるには時間がかかりそうだ。だとすれば、徹底した水際作戦を繰り広げる以外に手はない。

 親中派のテドロス氏の言うことを気にしている余裕はない、というのがバイデン氏の本心だろう。

WHOは習近平氏に配慮

 新たな異種株・オミクロンをめぐっても米国内にはもっともらしい噂が流れた。

 WHOは、感染力の強いウイルスの異種株の名称についてはギリシャ語のアルファベット順で表記してきた。

 新型コロナウイルスについては「COVID-19」が正式名称となり、次々発生する変異株にはアルファ、べータ、ガンマ、デルタと命名されてきた。

 テドロス氏は、「COVID-19」命名に際して行われた記者会見でこう述べていた。

「地理的な位置や動物、特定の個人や集団に言及せず、かつ発音しやすく、病気そのものに関係のある名前を探さなければなからなかった」

「不正確だったり、反感を引き起こすような名前の使用を阻止するためにも、正式名称を決めるのは重要なこと。将来、他のコロナウイルスが流行した時の基準フォーマットにもなる」

 ニューヨーク・タイムズは、今回のオミクロン命名ではデルタ以降続くアルファベットの順番をいくつか飛ばして命名された、という憶測があったと報じた。

 本来ならデルタのあとはクサイ(Xi)だったが、中国の習近平国家主席(Xi Jinping)を連想させるとの政治的配慮から排除され、オミクロン(Omicron)になったというのだ。

https://www.nytimes.com/article/omicron-coronavirus-variant.html

 コロナの発生源が中国だったことや中国が発生直後にWHOに報告しなかったことなどを踏まえて、トランプ氏が「チャイナ・ウイルス」とか、「カンフールー」と呼んだことはまだ記憶に新しい。

「中国」は米国内でのコロナ感染をめぐる論争では常に出ている。

ファウチ:私は科学を代表している

「すべての道は来年の中間選挙につながる」のだ。

 共和党は、オミクロンをめぐる論争で今やバイデン氏の「懐刀」になっているファウチ氏へ矛先を向けだした。

 発端は、マスク着用やワクチン接種の義務化を提唱するファウチ氏の次の発言だった。

「私を批判する共和党の人たちは、実は科学を批判しているのだ。なぜなら私は科学を代表しているからだ」

 この発言に噛みついたのは共和党の重鎮、ランド・ポール上院議員(ケンタッキー州選出)だ。

「一介の公衆衛生官僚がこんな思い上がったことを言うとはびっくり仰天だ。これは容易ならざる事態だ」

 トム・コットン上院議員(アーカンソー州選出)はさらに追い打ちをかけた。

「(バイデン政権の)役人どもは自分たちこそ科学そのものだと思い上っている新たな証拠だ。自分たちこそ(コロナについての)知識の塊だと信じているとは・・・」

 フォックス・ニュースのローラ・ローガン記者は、「ファウチ氏は、まさにナチスのジョセフ・メグレ(アウシュビッツ収容所の医師)だ」とまで言い放った。

(さすがにこの発言にはユダヤ系団体から「コロナ禍から米国人を救おうとしている者とホロコースト殺人犯と同一視するとはけしからん」といった批判が出ている)

 中間選挙を視野に入れる共和党のストラティジスト、ジム・マクルーリン氏は、この「ファウチ論争」についてこう解説している。

「かつては、トランプ氏よりも信頼できる人物とされたファウチ氏もこれだけパンデミックが長引くと国民的支持も下降してくる」

「バイデン氏や民主党はファウチ氏を買っているが、共和党支持層や無党派層の有権者はファウチ氏をもはや信頼していない。彼らは同氏を政治的なおいぼれ馬(Political hack)とみている」

https://thehill.com/homenews/senate/583716-gop-anger-with-fauci-rises

 バイデン氏のコロナ対策はWHOに批判され、米国内保守派、共和党からはいちゃもんをつけられ、「前門の虎後門の狼」と言ったところだ。

バイデン氏、新たな行動計画を発表

 3週間後にはクリスマス――帰省や旅行のための大規模な人の移動が予想される。

 夏のデルタ株流行では7日間平均で見た1日当たりの新規感染者数は9月には16万人超に急増。10月にはいったん6万人超まで落ち着いたが、冬場を迎え、再び10万人近くに増えた。

 オミクロン株も同じような傾向をたどりそうだ。

 オミクロン感染者は12月2日現在、カリフォルニア、ミネソタ、コロラド、ニューヨークの5例。新感染者は増えることはあっても減ることはない。

 バイデン氏は、12月2日、ワシントン郊外の国立衛生研究所(NIH)で演説し、変異株「オミクロン株」の流行を踏まえた今冬の新型コロナウイルス対策の行動計画を発表した。

「新たな変異株と向き合うことになる。国民が一丸となって、お互いと経済を守る時だ」と強調。新型コロナ対策が政治的分断を生む中、国民に結束を訴えている。

 行動計画について「新たな義務を課すものではない」と述べ、理解と協力を求めた。

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