少し前のことになりますが、サントリーホールディングスの新浪剛史社長が2021年9月の経済同友会セミナーで「45歳定年制にして、個人は会社に頼らない仕組みが必要だ」と発言し、話題となりました。新浪氏は「定年という言葉を使ったのは、ちょっとまずかったかもしれない」「首切りをするということでは全くない」と後で発言を修正しました。

 この件の是非はさておき、筆者が改めて不思議に思ったのは、そもそも、「定年」という制度自体の是非がその際、議論にならなかったことです。多くの日本人は、定年制それ自体にはあまり異論がないということなのでしょうか。45歳定年だったらダメで、65歳定年だったらよいのでしょうか。

世界的には珍しい「定年」制度

 現在、日本では、年金を満額受給できない年齢でも定年となってしまう会社が大半という状況です。2017年の「就労条件総合調査」(厚生労働省)によると、95.5%の企業で定年制が定められています。また、この調査では、定年となる制度を定めている企業のうち、「65歳以上」を定年としている企業は17.8%しかなく、「60歳」としている企業が79.3%と大半を占めることも分かりました。

 年齢一律の定年制を定めている企業のうち、勤務延長制度、または再雇用制度、もしくは両方の制度がある企業割合は92.9%でした。日本はほとんどの会社で定年制がある国ということです。筆者がかつて、総務部長をしていたライフネット生命では、定年がありませんでした。当時の社長で、現在、立命館アジア太平洋大学学長の出口治明さんは、年齢で人を区別することに意味はなく、「健康寿命を延ばすためにも、人は働き続けた方がいい」とおっしゃっていました。

 確かに、定年はよく考えれば、不思議な制度です。本人の意思や能力に関係なく、一定の年齢になったら、強制的に解雇されてしまうのですから。日本以外の先進諸国をみると、英国では2011年に定年制が廃止され、年齢を理由に解雇することは差別とされるようになりました。そもそも、米国では採用面接時に年齢を聞くことすら違法という状況です。

なぜ定年制が生まれたのか

 経団連の「定年制度の研究」によると、日本の企業に現在の定年制が広がり、定着したのは終戦後のことだそうです。「戦時生産遂行のために極度に膨れ上がった過剰雇用の問題を解決する」ことが、定年制が定着した要因とされています。また、興味深いことに、定年制の導入は当時の労働側の要求にも合致していました。「定年到達までは解雇させない」ということでもあったからです。

 つまり、定年制は経営側からみれば、「雇用終了機能」であり、労働側からみれば、「雇用保障機能」であるという、双方にとって都合がよい制度であったため、定年制が現在のように定着していったのです。しかし、少子高齢化による労働力人口の減少によって、日本の定年制の存在意義が変わり始めています。単純な話ですが、労働力が減ったために、これまで定年で強制的に解雇していたシニア世代に、逆に労働参加をしてもらいたいという社会的ニーズが生まれたのです。

 それに伴って、昭和初期に55歳で始まった定年年齢が徐々に引き上げられ、2013年に改定された高年齢者雇用安定法により、定年は60歳から65歳に引き上げられました。今は経過措置の期間で、2025年4月から65歳定年制は義務になります。企業はそれまでに定年制の廃止か、定年年齢の引き上げ、もしくは継続雇用制度の導入のいずれかを実施しなければならないことになっています。

今も労使双方にメリット

 もし、シニアに労働参加してほしいのであれば、先述した出口さんがおっしゃっていたように「定年などやめてしまえばいい」のではないかとも素朴に思うのですが、今のところ、そこまでにはなっていません。一足飛びにそうならないのは、結局、定年制が始まったときと同じ理由で、解雇規制の厳しい日本では、年齢などの何らかの条件で「雇用終了」をすることがなければ、いくら人材が不足していたとしても、シニア人材を積極的に採用しようとする経営者は少ないということでしょう。

 年齢で一律雇用終了というのは非合理だとしても、いつまでも絶対に雇用終了できないのも怖いということです。また、よいことかどうか分からないのですが、働く人の中で、定年を心待ちにしている人がいることも、定年がなくならない理由かもしれません。求人情報サイトなどを運営する企業、ディップが2020年に行った調査では、定年前の人(55歳から64歳)のうち57.8%が「定年後も働きたい」と回答しています。

 つまり、逆に言うと、4割程度の人は働きたくないということにも取れます。働きたくない理由は(同調査)「趣味などやりたいことがある」「時間に縛られずに自由に生活したい」とのことです。結局、日本から定年がなかなかなくならないのは、経営側と働く人の側の双方のニーズが今でもマッチしている結果なのかもしれません。

経営者は働きがいのある会社づくりを

 では、定年制が続くことを前提に企業は何をすべきなのでしょうか。先述の通り、日本においてはこれから何十年も、人手不足基調は変わらないでしょう。そうなれば、マンパワー不足のために事業展開ができないということが日常茶飯事になる可能性大です。

 経営者は「解雇ができないのが怖い」と言っている場合ではなく、趣味や自由を求めて、定年を待ち焦がれるシニアが「やっぱり、この会社でまだ働き続けたい」と思えるような環境をつくり出さなくてはなりません。働きがいのある職場をつくり、シニアのリスキリング(能力の再開発)をサポートし、「定年を超えてでも働き続けたい」という人を増やさなければならないのです。

人材研究所代表 曽和利光

新浪剛史社長(2018年11月、時事)