社会風刺とは無縁なエロティック漫画家
肉感的な女性を描いて(一部)男性陣から絶大な人気を博してきた著名な米漫画家が一コマに書いた差別用語でロサンゼルス・タイムズから即刻、掲載を打ち切られてしまった。
同紙のほか全米60紙にユナイテッド・フィーチャーズ・シンジケート(UFS)を通じて連載コミックを25年間にわたり描いてきた。
元々は、「バーバー家」の女性3世代を主人公にした連載漫画だが、最近ではそこからスピンオフしたテーマの作品になっている。
登場する女性はすべてグラマーで身体の線を強調したドレスや水着を着ている。
同氏の漫画は「言いようのないほど、もったいぶった、それでいて、独りよがりのエンドレスな自慰的コンテント」(ネイサン・ラビン氏)だといった批評もある。
2005年には全米漫画協会最優秀賞を受賞している。
同氏は漫画家としては変わり種で、名門ジュリアード音楽院でビオラ演奏を学んだ。その後スクール・オブ・アメリカン・ダンサーに入り、もっぱら踊るダンサーの描写に専念した。
そのことが、のちに漫画を描くうえで女性たちの指先や手足の動きに美しい流れを醸し出し、エロティックな画風になっていったという。
零戦を光線銃で撃ち落とす水着の女性
問題の漫画は、11月22日から始まった「英空軍のチャージ・チェッカー空軍大尉の宇宙冒険」の2回目。
赤いスイミング・ドレスを纏った若い女性めがけて、日本軍の零式戦闘機が低空飛行で接近、機関銃掃射してくる。女性は素早く光線銃で零戦を撃ち落とすという話だ。
13行の文には零戦を「ジャップ・ゼロ」という表現が1か所出てくる。これが大問題になったのだ。
「米国人は、第2次大戦中、米軍を恐れさせた旧日本軍の零式戦闘機をそう呼んでいた」と、筆者の隣人で大銀行の重役だったジョン・オーク氏(85)は言う。
「日本軍の零戦は真珠湾攻撃以前から米国人には恐れられていた。われわれは確かに『ジャップ・ゼロ』と呼んでいたよ。この漫画家が生まれるずっと前からだ」
「ジャップ」という表現は、日米関係が険悪になる前には、特に差別的は意味なく、「ジャパニーズ」の略語として使われていた。
ところが第2次大戦前から戦中にかけて「ジャップ」は日系米国人に対する蔑視用語となった。日系人を差別し、軽蔑する代名詞にすらなっていった。
人種差別用語としては「ニガー」(黒人)、「チャンク」「チャイナマン」(中国人)、「ウォップ」(イタリア人)、「ラグヘッド」(アラブ人)、「ミック」(アイルランド人)などがある。
その中でも「ジャップ」は日本が敵国だっただけにマイノリティである日系人の生命、生活を脅かすキーワードとして米国人社会に「君臨」した。
朝野をあげた日本人排斥ムードの中で、移民した日本人の農業従業者に対する嫌がらせ、商店街には「NO JAPS NO DOG」といったサインが目立ち出す。
誰が言い出したか、「ONLY GOOD JAP IS DEAD JAP」といった流行り言葉が広がっていく。黒縁の眼鏡をかけた出っ歯の日本人の男が新聞の風刺漫画に登場した。
日本という国の行動に対する米国人一般の嫌悪感が強まる中で、いじめや差別は米国に住む日本人移民やその子である日系米国人に向けられた。
「ジャップ」という言葉にはそうした白人の嫌日感情が凝縮されていた。
真珠湾攻撃直後、米政府は15万人の日本人・日系人を強制収容所にぶち込んだ。理由は、スパイだということだったが、その後、日系人からは一人としてスパイは出なかったことが判明している。
日本に住む日本人にとってはぴんと来ないが、米国に住む日本人・日系人にとっては、「ジャップ」という言葉には、今なお忘れられない屈辱感が染み込んでいるのだ。
日系人が「ジャップ」に敏感に反応するのはそのためだ。
日系人に屈辱の「ジャップ」観
戦後、日系市民連盟(JACL)など日系人の公民権運動団体が中心となって「ジャップ」という差別用語の撲滅に動き出した。
その結果、今では米国ではメディアから「ジャップ」は姿を消した。米国一般市民も「ジャップ」と面と向かって言う者はいなくなった。
それだけにマケルダウニー氏の漫画は日系人の神経を逆なでした。
最初に見つけたのはロサンゼルス・タイムズのビジネス部門の日系人男性だった。
直ちに同僚の日系人記者に知らせた。同紙には11月、日系人を含むアジア系記者八十数人からなる「アジア・太平洋諸島系アメリカ人連盟」(Asian American Pacific Islanders Caucus)が結成したばかりだった。
同連盟は直ちに同紙のオーナーのパトリック・スン・シォン氏(南アフリカ出身の中国系米人)とケビン・メリダ編集主幹(黒人)あてにマケルダウニー氏の人種差別行為を非難するとともに掲載の即時停止を要求する文書を提出した。
同紙の編集最高幹部は、直ちに動いた。
問題の漫画が掲載された日から2日後の12月3日付けのコミック・ページには次のような「社告」が掲載された。これまでマケルダウニー氏の漫画を掲載してきたスペースだった。
「12月1日付の(マケルダウニー氏の書いた漫画)『9 Chickweed Lane』には民族差別用語が含まれていました。これはわが社の道徳的規範に相反するものでした。こうした漫画を掲載してしまったことを陳謝いたします」
「わが社は『9 Chichweed Lane』の掲載を停止するとともに同漫画を提供しているシンジケートのすべての漫画を再検討することを決定しました」
「コミック・セクションとは、読者の方々に社会問題に触れていただき、人間社会の一端を反映し、ささやかな笑いをお届けするページです」
「わが社は、この伝統を読者の方々に歓迎される方法で堅持していく所存です」
「漫画家に人種差別はあったのか」
マケルダウニー氏の漫画を掲載している「ヒューストン・クロニクル」はじめ他の新聞がロサンゼルス・タイムズに追随したという報道はまだない。
同氏のロサンゼルス・タイムズの対応に対するコメントもまだ報じられていない。
ブログではロサンゼルス・タイムズの措置を評価する者が圧倒的だが、元政府高官B氏はやや異なるコメントしている。
「この『ジャップ・ゼロ』がこの漫画家の日本人に対する差別観を伴って書かれたのかどうか、そのへんが分からない」
「マケルダウニー氏は映画か何かで聞いた表現を無意識のうちに使ったのかもしれない。しかもジャップは日本人にではなく零戦に対して使われたものだ」
「ロサンゼルス・タイムズとしてはそのへんを彼に質すべきだし、その表現で傷ついた人がいれば、それについて真摯に謝罪させればよかったかもしれない」
「ジャップ、ハワイ攻撃で開戦」と報道
この頃になると、米各紙は、一面に真珠湾攻撃の時に九死に一生をえた元水兵の話を写真付きで掲載してきた。
ところがここ数年はあまり目立たなくなってきた。高齢の生存者が次々と他界しているからかもしれない。
あるいは日米同盟関係の深化が進んでいるからか。
今や中道リベラル派の有力紙、ロサンゼルス・タイムズの「英断」に日系人コミュニティは拍手喝采している。
だが80年前、同紙が真珠湾攻撃の日、一面でどう扱ったか。
「JAPS OPEN WAR ON U.S. WITH BOMBING OF HAWAII」
「ジャップス」と大見出しで報じていた。
「JAPAN WARS ON U.S. AND BRITAIN; MAKES SUDDEN ATTACK ON HAWAII; HEAVY FIGHTING AT SEA REPORTED」
(https://www.nypl.org/blog/2017/12/07/pearl-harbor-front-page)
あくまでも「ジャパン」と冷静な見出しを付けている。どうやらこのへんが「ニューヨーク・タイムズは米国の良識」と言われるゆえんかもしれない。
今回のロサンゼルス・タイムズとマケルダウニー氏との一件は、米国の有力紙が80年の歴史の中で大きく変わってきた一つの事例と言える。
真珠湾攻撃から80年、「ジャップ・ゼロ」をめぐるロサンゼルス・タイムズの素早い対応は尾を引くことはないのか。
「バックラッシュ」は起きないのか。まだ目が離せない。
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