蒸気機関車の運行で知られる大井川鐵道には、旧国鉄の1等展望車を模した展望客車「スイテ82形」が存在します。これが、元々は通勤形電車だというのですから驚きです。

通勤形電車を改造した1等展望車

静岡県大井川鐵道では、蒸気機関車(SL)が牽引する客車にも、旧国鉄の旧型客車が多く使われています。例えば、最古参のオハ35形22号車は1939(昭和14)年製造で、側窓に付けられた緑の遮光カーテンは「戦争時の燈火管制への備え」という貴重なもの。SL急行の主力を担うC11蒸気機関車より古い客車も現役なのです。

そのような客車の中でも特に異彩を放つのが、展望客車スイテ82形です。この客車の端部には、オープンデッキ式の展望台が備わっています。

これは、1960(昭和35)年まで旧国鉄の特急列車最後部に連結されていた、1等展望車をイメージしたものです。かつての1等展望車は政治家や軍人、著名人が利用する特別車両で、たびたび時刻表の表紙を飾った旧国鉄の象徴でもありました。

スイテ82形は往年の1等展望車を復活させるコンセプトで1982(昭和57)年に改造され、誕生。改造時は「ナハ82形」を名乗っていました。

ただ、改造元の種車はなんと通勤形電車。西武鉄道501系電車の中間車両サハ1501形1515号です。この車両は1956(昭和31)年に製造され、西武では1978(昭和53)年に廃車となりました。

めったに乗車できないという意味でもレア車両

旧国鉄の客車には、設備のグレードを示す帯が施されていた時期がありました。スイテ82形は1等展望車をイメージした車両なので、1等を示す「白帯」です。ちなみに、同じく大井川鐵道が保有するお座敷車両のナロ80形とナロ82形は2等車のイメージなので「青帯」が引かれています。

スイテ82形の設備は、1人用のアームチェアを10脚、2人用ソファを8脚備えた客室と、4人用個室(特別室)が1室。座席定員は30人とゆったりしたものです。

幅450mmの1人用アームチェアはリクライニングしないものの、どの方向にも向けられるので、景色を見るのに最適。2人用ソファは幅900mmの固定式です。4人用個室は、レール方向の個室長さが2.6mもあります。これは寝台特急サンライズ」に使われる285系電車のA寝台個室「シングルデラックス」(個室長さ2.28m)よりも広いものです。

照明も白熱灯シャンデリアがあるなど、非常に豪華な設備を持つスイテ82形ですが、旧型客車と同じく冷房装置はありません。真夏は側窓を全開にして走るため、往年の冷房のない汽車旅を満喫できます。

スイテ82形は、多客期を中心としてSL急行に連結されたり、納涼ビール列車といった企画列車に連結されたりしますが、普段は乗れないという意味でもレアな車両です。スイテ82形が連結される場合は、大井川鐵道のウェブサイト内、SL急行の予約状況の確認画面に表示されます。「展望車料金」は310円(子どもも同額)です。

SLの真後ろで「真っ黒」体験も!

スイテ82形は千頭駅行きの下り列車の場合、最後尾に連結されます。この時は遮るものがない後方展望を楽しめます。

一方、新金谷駅行きの上り列車では、SLのすぐ後ろに連結されるため、走行中は目の前で汽笛や走行音が響き、もの凄い迫力です。

筆者(安藤昌季:乗りものライター)は2011(平成23)年に開催されたイベント「SLサミット」で、重連となったSLの真後ろに連結されたスイテ82形の展望デッキに立ちましたが、その轟音は圧倒的なインパクトでした。

もちろん、デッキには煙が吹き込みますから、ずっとそこにいれば真っ黒になりますが、ほかでは味わえないSL体験といえるでしょう。JR西日本が運行する「SLやまぐち」号の35系客車にもオープンデッキは備わっていますが、SLの次に展望車が連結されている場合は、デッキに立ち入ることはできません。

大井川鐵道には近年、12系や14系といったスイテ82形がイメージするよりも新しい時代の客車が入線しています。ふた昔前の懐かしい汽車旅を味わえるスイテ82形は、実は通勤形電車が大変身した姿と捉えて乗車すると、また違った感じ方があるかもしれません。

大井川鐵道の展望客車スイテ82形(安藤昌季撮影)。