21世紀に入って戦争のあり様がガラリと変わり、戦車のありようもずいぶんと変わりました。戦車としては可能な限り避けたい市街戦への対応も必要となったことで、各国の戦車は装備面、戦術面でどのような対策をとっているのでしょうか。

なぜ戦車は市街戦を戦わなくてはならなくなったのか

最強戦車も勝利を保証しない――口径120mmの主砲、分厚い装甲、1000馬力クラスの強力なエンジン、コンピューターとネットワークでデジタル化された現代の戦車。最強の陸の王者にみえますが、強い戦車を持っていれば勝てるという時代ではなくなりました。

世界最強戦車といわれるアメリカ軍のM1「エイブラムス」戦車はイラク戦争アフガニスタンに持ち込まれ、個々の戦闘ではほぼ無敵でしたが、アメリカ軍は勝利したとはいえません。ソ連/ロシア軍アフガニスタンで苦杯をなめた挙げ句に撤退、チェチェン紛争では、戦車部隊は大きな被害を出しています。

20世紀まで、戦車の主敵は戦車だったのですが、21世紀の戦車の主敵ははっきりせず、国家の正規軍とも限りません。「非通常戦」「非正規戦」とか「ハイブリッド(複合)戦」などといわれます。コスパの悪さから戦車無用論まで出ています。

非通常戦では、敵は戦車とガチンコ勝負をしません。勝てるわけがないからです。対戦車誘導ミサイル、携帯対戦車火器、仕掛け爆弾やドローンなど、あらゆるツールを使い知恵を絞り工夫して陸の王者を無力化しようとします。そのひとつが市街戦に戦車を誘い出すことです。

市街戦は戦車にとってタブーです。戦車は分厚い装甲に護られていますが視界は狭く、物陰に隠れた携帯対戦車火器を抱えた敵歩兵や仕掛けられた爆弾には気付くことが困難です。大きな図体は取り回しにくく機動力を発揮できず、長い主砲が邪魔で砲塔すら回転させられないこともあります。

敵は物陰に隠れ携帯対戦車火器で不意打ちし、爆弾を爆発させ、そして戦車が反撃する前に逃げ出してしまいます。戦車は完全に破壊されなくとも動けなくなれば、ただの鋼鉄の障害物です。そうなると敵味方混在した市街地で何十tもある巨体を修理、回収するのは厄介で、事実上、無力化されてしまいます。

ネックの市街戦を戦車が戦うための対策は?

そうした現状に対し、戦車の側も手をこまねいているわけにはいきません。M1A2エイブラムス」戦車(アメリカ)の市街戦キット(Tank Urban Survival Kit:TUSK)、「ルクレール」戦車(フランス)のAZUR(Leclerc AZUR)、ドイツレオパルト2PSOロシアの戦車支援戦闘車(BMPT)など、各国それぞれに市街戦への対応が考えられています。それだけ被害が深刻だったということでもあります。

M1「エイブラムス」のTUSKには、基本セットTUSK Iと追加セットTUSK IIがあります。TUSK Iは携帯対戦車火器でおもに使用される、爆発力を超高速で吹き付けて装甲を破ろうという成形炸薬弾(HEAT)という砲弾への対策として車体側面スカートに反応装甲タイル、後部に対戦車ロケット弾対策として格子状のスラットアーマー、装填手ハッチに防弾板と暗視照準器付き機銃を増設、車体底部の追加装甲、車外有線電話ボックスとなっており、TUSK IIではそれらに加え、砲塔側面に砲弾が命中すると自ら爆発して砲弾の爆発力を相殺する反応装甲タイルの追加、車長ハッチに全周防護する防弾板が取り付けられます。

ルクレール」のAZURには機銃と昼/夜間用カメラ、機銃付きの遠隔操作武器システム「ATO」、全周視界用パノラマサイト、他車を識別するための信号システム、足回りに成形炸薬弾(HEAT)対策の反応装甲、また後部のエンジン回りはスラットアーマーが取り付けられています。さらにエンジンの給排気口付近と砲塔上部は、火炎瓶が投げ込まれないように装甲板も追加しました。後部には4か所の脱着可能なコンテナが設けられ、弾薬箱や水タンクなどの備品を収納できるようになっています。このコンテナは、ほかのフランス装甲車との互換性もあります。

一方ロシアは戦車であることすらかなぐり捨てた

特異なのがロシアの戦車支援戦闘車(BMPT)で、非通常戦に対応した新カテゴリーともいえる異形戦車です。戦車を掩護する戦車という微妙なコンセプトで、ロシア国防省は「BMP-Tは戦車でも兵員輸送車でもなく、ヨーロッパ通常戦力条約締結の時点で存在しなかった新カテゴリーの兵器なので、同条約には規定されず、報告の義務も保有数の制限も無い」と主張しています。

コンセプトは、味方戦車に随伴して敵歩兵を制圧することです。ベースとなったのはT-72戦車ですが、持て余し気味の125mm主砲はきっぱり取り外し高い角度でも狙える30mm 2連装機関砲を搭載、ミサイルも装備しますが燃料気化爆弾とかサーモバリック爆薬といわれる弾頭も装備でき、対戦車用というより対人戦闘用です。もちろん、機動力と防御力は戦車と同等。意表を突くアイデアですが、ロシア軍はいまのところ、少数を取得しているだけのようです。

市街戦の新戦術も編み出されています。シリア政府軍は市街戦に戦車や歩兵戦闘車を投入していますが、使い方が独特です。戦車はじりじりと歩兵の盾となりながら進むのではなく、高速で前進と後退を繰り返す「槍突き」のような戦術です。歩兵戦闘車は戦車が突く道路の両側の建物の1階に横付けして歩兵を送り込み、下車した歩兵が1、2階を掃討して戦車の突進を支援します。待ち伏せ奇襲を回避し戦車の被害を抑えられる戦術として、視察したロシア軍も評価しているようです。

非通常戦でも戦車独特の「圧」による抑止効果はあるでしょう。テロリストや暴徒は素人も多く、戦車が1台鎮座していれば襲撃を諦めるかもしれません。携帯対戦車火器も携帯できるとはいっても重くかさばり、戦車に命中させるには強いメンタルも必要です。兵器の根本価値は実際に使われることではなく、存在して抑止効果を発揮することにあります。必ずしも最強とはいえない戦車が、不要にならない理由のひとつです。

アメリカ陸軍のM1「エイブラムス」戦車。