
(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)
韓国政治には「大いなる謎」がある。それは、文在寅大統領が内政、経済、外交、北朝鮮関係のあらゆる面で政策の成果がなく、失敗を重ねているにも関わらず、その支持率が依然として40%前後をキープしていることである。
文在寅政権の前半には南北関係の改善という成果、後半には「K防疫」というコロナ対策の成功によって人気が保たれてきた。ただ、その「K防疫」もすべてが文在寅氏の功績ではない。これまでのSARSやMERSという感染症対応の失敗を踏まえ、過去の政権が改善してきた検査体制があってこそのものと言える。
それでも昨年4月の総選挙は文在寅政権の「K防疫」が評価され、勝利を収めることが出来た。ところがその後、有権者の関心は南北関係やコロナ対策の成功を忘れ、「不動産問題」や「経済や生活の問題」に移ってしまっている。その証拠に、与党「共に民主党」はソウル釜山の市長選挙で大敗し、政党支持率も野党「国民の力」に抜かれ、その差は誤差の範囲を超えている。
このように与党の支持率は下がっているのだが、文在寅大統領の支持率はそれほど落ち込んでいないのだ。そこが外国人の目には、韓国政治の大いなる謎に映る。
「文在寅人気」には芸能人の人気と通じるところが
私はその理由について、22日に発売する著書『さまよえる韓国人』(WAC)の中で、次のように分析した。
<文在寅氏への支持が落ちないのには、ある種の「芸能人を応援するような気持があるのではないか。今風の言葉を使えば「ファンダム」型の政治ということになる。芸能人のファンであれば、「何があっても」応援するだろう。失敗しても失敗を責めず再起を期待する。その失敗を責める敵対勢力に対しては徹底的に戦う。
文在寅氏を熱心に応援する支持層も同様なのではないかだろうか。文在寅大統領が政策的にはほとんど成果を残せていなくても「ファン」であれば・・・無条件で自分が守ってあげなければと考える。反対に実際は政権の成果でもない吉事(「先進国入り」や「K防疫」)があれば、実際以上に「さすが私たちの大統領様だ」と考える>
こういういい方は、多くの人気の高い芸能人には失礼であり、あらかじめお詫びをする。しかし、現実に起きていることはそういうことである。文在寅氏の政策の失敗を支持層の人々は問題とせず、文在寅氏の自画自賛を鵜呑みにして賛同する。
おそらく文在寅政治の最大の成功は、韓国の国民をこのように変えてしまったことだろう。そこには、文在寅氏の得意技である自画自賛と責任回避がある。文在寅氏を応援する支持層の団結は強い。それに加えて、メディアを上手にコントロールし、圧力をかけて文在寅氏批判の報道を最小限に抑え込んでいる。日本ではあまり知られていないが、青瓦台の演出、メディア対策は手が込んでいるのである。
文在寅の「ファンダム」は限界に
だが、その盤石な支持基盤が揺るぎ始めている。きっかけはやはり新型コロナの感染再拡大だ。
現在、韓国では新型コロナ感染者が急増し、重症者や死者数も連日最高を記録している。これに加えデルタ株より感染速度が倍以上速いといわれるオミクロン株が韓国社会に浸透し始めている。
この状況に、さすがに文在寅大統領を支持する世論の状況も変わってきた。象徴的なのは「ハンギョレ新聞」などの革新系メディアが文在寅政権を批判し始めていることだろう。その結果、新型コロナをめぐる政府の対応への支持が大幅に減少し、不支持の方が多くなってきているのだ。さらにウィズコロナという「日常生活の回復」を中断せざるを得ない状況となりつつあることで、自営業者をはじめとする国民の不満も高まっている。
これまで文在寅大統領の政策の失敗は保守系メディアで取り上げられることはあっても、革新系メディアは概して取り上げられなかった。これが文大統領の「ファンダム」を可能としてきたわけだが、コロナの感染再拡大という事態に至ったことで、革新系メディアまで「K防疫の失敗」、「医療崩壊」の実態を次々報じるようになってしまった。しかも感染拡大の影響が個々の国民の生活に及んでくるに至って、ついに文在寅大統領の「ファンダム」を維持し続けることがかなわぬ状況になっているのだ。
「親文」ハンギョレ新聞に踊る衝撃の見出し
革新系で文在寅政権に優しかったハンギョレ新聞の見出しは衝撃的だった。
10日の記事は「韓国、重症患者の増加で医療体制崩壊レベル・・・延命治療中止の同意書求めることも」と伝えている。
記事は、保健医療関係の市民団体が開催した「新型コロナ危機現場証言大会」の内容を報じたものだった。リード部分には見出し風に〈酸素治療処置が必要な重症患者、30~50%〉、〈高齢者に延命治療中止の同意を受け〉、〈ホームレス・移住労働者など脆弱階層〉、〈感染後も在宅治療が難しいのに放置〉、〈「上級総合病院の病床を追加で確保を」〉と、記事の要旨が抜粋されているが、これを見ただけでも、どれだけ現場が緊迫し逼迫しているかが分かるというものだ。
さらに11日には「[ルポ]韓国のある火葬場にコロナ死亡者を乗せた救急車が集まり始めた」との記事があった。ここでは「新型コロナウイルス感染症で亡くなった人たちの遺体を乗せた救急車が濃い霧に包まれた京畿道高陽市(キョンギド・コヤンシ)のソウル市立昇華園に続々と入ってきた。最期を迎えた人たちが乗った車は、葬花で飾られた霊柩車ではなく、病院の救急車だ」と報じている。
防疫指針によって、遺族らは火葬場に入ることすらできない。故人と向き合える時間も約3分だけで、防護服姿の救急車の運転手や霊園の職員が棺を運ぶ時、遺族らは15メートルほど離れた場所からそれを見守ることしかできないという。親族とのあっという間の別れに呆然と涙を流す遺族の姿を、同記事は伝えている。
また同じ11日付の「韓国、病床待機者1258人・・・コロナ病床あっても医療人材なし」というタイトルの記事では〈病床空き待ち患者1258人・・・在宅治療者2万458人で「最多」〉、〈政府、「コロナ病床1899床追加確保」行政命令を発表〉、〈「病床動員行政命令出しても患者受け入れる病床なければ無意味」〉といった切迫した状況が伝えられている。
「革新系」「政権寄り」とされるハンギョレで、このように公然と政府の政策を批判する記事は、筆者は過去に見た記憶がない。しかも単発の記事ではなく連日の報道だ。その批判の調子も日を追うごとに強まっている。
こうなってくると、さすがに韓国国民も文在寅政権の失政を直視せざるを得ない。もしもこれで韓国国民の意識が変わらないとしたら、それは単に「ファンダム」で済まされる問題ではない。どんな内容であれ文在寅大統領の施策や行動を支持するという確信的支持層が出来上がっているという、かなり危険な状態と見るべきだろう。
「K防疫」が支持急減の原因に
韓国の調査会社ギャラップが12月7~9日に行った世論調査では、韓国政府のコロナ対策について、回答者の44%が「評価する」、47%が「評価しない」と答えた。「評価する」の数字は先月の57%から13ポイント低くなっている。低下の原因として、防疫・拡散抑制の不十分さ、日常回復・ウィズコロナ政策の懸念などが挙れられている。
ただ、「文在寅大統領の職務遂行を評価する」という肯定的回答は全体の38%で、先週からは横ばいであった。まだ文在寅「ファン」は完全には見放していないということか。
さらに手厳しい保守系メディアの批判
「中央日報」は社説で、「防疫強化して医療体系の崩壊防がねば=韓国」とのタイトルで「新型コロナウイルスの状況は危うく緊迫している。(中略)それでも最近の感染拡大の勢いを統制する韓国政府の決定的な対策は見られない。時間を浪費して右往左往していては手のほどこしようもない局面を迎えかなない」と強い調子で批判している。
朝鮮日報は「韓国国民が危ない・・・崩壊するK防疫」と強烈な見出しの記事を掲載している。その中では7000人を超えた新規感染者の現状、防疫当局による今月末の9000人との予測、これまでは同局の予測をことごとく上回ってきたこと、感染者に対する死亡率が深刻なこと、政府が重症者予測をできなかったのは政府の失敗であること、などを紹介している。
こうした状況にあって、「大統領が自ら防疫現場にも行き、防疫特別会議を主宰する時は最近の状況について国民の前で直接説明すべきだ」との声が上がっていることを紹介している。要するに、文大統領は防疫の実態について知らないし、また国民に対してコロナの実態について直接説明していないではないか、と言っているのだ。そして同記事ではそうした大統領の態度を「かつて『K防疫』の成果を国内外に知らしめた時に自ら表に出てきたのとはまさに対照的だ」と指弾している。
思えば、都合のいい時には自身の「功績」を国民に直接アピールし、都合が悪くなると国民の目の届かないところに閉じこもる。こうしたことはこれまでも繰り返されてきた。それが、失政があっても支持率へのダメージを最小限に抑えることに成功してきた“秘訣”でもある。
だがそんな雲隠れ戦術をメディアが公然と批判し始めた。本来、大統領は国が困難に直面している時に指導力を発揮すべきであり、他人の功績を横取りして「K防疫」だと自画自賛することが大統領の役割ではないはずである。文在寅氏の得意技と言ってしまえばそれまでであるが。
韓国のコロナ感染状況、さらに悪化するとの予測
韓国国民の間ではコロナ感染の再拡大に対する恐怖感がまん延し、また飲食店などの自営業者の間には再び営業時間の制限が課せられることに対する不安が充満している。
「国民の力」の徐正淑(ソ・ジョンスク)議員が防疫当局から入手した「短期予測値」に関する資料では、今月末の1日の感染者は約9000人、来月末には約1万1000人に達する可能性があるとされているという。しかも、同局は繰り返し予測値を引き上げてきた。加えてオミクロン株は広まりつつあることから、状況は一層悪くなりそうである。専門家の中には「来年上半期に1日2万人以上、最悪の場合には8~10万人にも達する」と警告する者もいるという。
現在の感染状況をざっと見てみよう。
まず感染力が高いと見られるオミクロン株感染者が大きく増えている。12日までに114人の感染が確認されている。
また全体の重症者は、7日に840人と初めて800人を超えたが、13日には906人と900人台を突破してしまった。段階的日常回復に突入した11月1日には343人だったので、わずか40日余りで2.6倍を超えている。この数字は、今月末には1645人になるとの予測もある。
自宅療養者は既に1万7000人を超えている。先月29日、政府は「すべての新規感染者は自宅療養を原則にする」という対策を発表した。中央日報は前述の社説で、これを「無責任」と批判し、「生活治療センター(編集部註:軽症者を隔離・管理するための施設)を増やさないで自宅療養を強要するのか疑問だ」と批判している。
軽症者や無症状患者ならともかく、基礎疾患を持つ人や高齢者、重い症状が出ている人まで自宅療養ならば、重症者や死亡者の増加は防げまい。
朝鮮日報記事は、国際統計サイト「アワー・ワールド・イン・データ」を引用し各国と比較している。同資料によれば、7日現在の韓国の新型コロナ死亡率(感染者に対する死亡者の割合)は1.42%で、今年7月の0.1%台から5カ月で14倍上昇した。1.42%という死亡率は、OECD38カ国中で9位、主要7カ国と比較すると米国(2.19%)に次いで良くない数字である。
こうした現実を見ると、韓国ではすでに医療崩壊がおきていると考えざるを得ないだろう。しかも、新規感染を押さえ込むための対策は中途半端である。
効果未知数の対策、これでは支持層の離反も必至
最近政府も、営業時間制限と私的会合の縮小などの一層の対策を示唆した。また、ブースター接種と防疫パス強化など多様な手段を動員している。13日午前0時から新型コロナウイルスワクチン接種証明や48時間以内のPCR検査陰性確認書など防疫パスを持参しなければ食堂・カフェなど大衆施設を利用できなくなった。
しかし、効果は未知数であり、オミクロン株の市中感染も確認されている現状を考えれば、新規感染はまだまだ増加する可能性が高い。そうなれば、重症者、死亡者はますます増えていく。これまで効果があったと信じられ、昨年4月の総選挙で与党に大勝をもたらしてくれた「K防疫」だったが、今ではその限界が見え始めている。
出口が見えなくなってきた韓国のコロナ感染状況――。革新系メディアも政府への容赦ない批判を展開しだした中で、「文在寅ファン」はどう動くのだろうか。文在寅大統領が誇る岩盤支持層も、さすがにもうついていけない状況になっていると見てよいだろう。
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