matrix-movie

※本記事は映画マトリックス レザレクションズ』のいくつかのシーンに対する具体的な言及を含む内容となっております。あらかじめご了承下さい。

1999年に公開され全世界で社会現象を巻き起こした映画『マトリックス』。斬新な映像美や衝撃的な設定をはじめ、そのセンセーショナルな映画体験が人気を博し、2003年には第2作『マトリックス リローデッド』、第3作『マトリックス レボリューションズ』が公開されたSFアクション作品だ。そして、その新章となる『マトリックス レザレクションズ』が12月17日より日本公開、そして12月22日より全米でも公開され世界中で熱狂を生んでいる。 シリーズは、主人公のネオ/トーマス・アンダーソン(キアヌ・リーブス)が、現実だと信じていた世界が仮想世界・マトリックスであること、そして何十億もの人類がAIによって栽培されながら見せられていた世界だと知ることから始まる。 ストーリーの舞台となるのは、日常という現実と日常の裏に潜む現実という、ふたつの“現実”が交錯する世界。自分が信じている現実とは、はたしてリアルなのか、気の迷いに過ぎないのか。脳裏をかすめる疑問を消せないトーマス・アンダーソン(キアヌ・リーブス)は真実を突き止めるため、再び白ウサギについていきネオとして暗躍する。 そんな本作は、劇中に出てくるさまざまなモチーフが仏教における考え方の親和性を思わせるという点でもファンを魅了している。現に、現代仏教僧である松本紹圭も、仏教的視点で『マトリックス』に出会い、のめり込んだという。今回Qeticでは、最新作『マトリックス レザレクションズ』を鑑賞した松本紹圭に、僧侶としてみる本作の世界観について、そして思想について解説してもらった。

INTERVIEW:松本紹圭

matrix-movie

僧侶である松本紹圭が感じる『マトリックス』の魅力

──松本さんは、かねてより『マトリックス』シリーズがお好きと伺いました。そもそもの出会いは何でしたか? 『マトリックス』シリーズは、監督のウォシャウスキー姉妹仏教の思想にもよく親しんでいて、作品には仏教の発想も取り入れられていると聞いて興味を持ちました。作品を観てみると、仏教的世界観がとてもよく表現されていることに驚き、それ以来、折に触れて何度も観てきました。 また、この作品は私自身がなぜ仏教に惹かれていくか、というところとも重なっています。例えば、シリーズでも大きなポイントのひとつですが、人間には本当に何かを選択できる自由意志があるのだろうかということ。運命はもう既に決まっているんじゃないかという「決定論」は、哲学の世界で昔から論じられてきたテーマですが、誰もが幼少期、「自分の見ている世界とは何だろう?」というような素朴で大切な問いを一度は抱いたことがあるのではないかと思います。私もそうでしたし、そうした問いをきっかけに、哲学に惹かれ、仏教にも惹かれるようになりました。 しかし、私たちは大人になるにつれて、それこそマトリックスのような罠に満ち溢れた世界にはまり込み、問いから目を覆われていきます。『マトリックス』はシリーズを通して、そうした深い問いを私たちに思い出させてくれる。それが興味をそそられる理由のひとつです。 ──新作の公開は18年ぶりですが、1作目からの変化など、感じたところはありましたか? 1作目の『マトリックス』が公開された1999年から、映画というメディア自体をとりまく環境も、この20年ほどで随分変わってきましたよね。そんな中、『マトリックス レザレクションズ』を映画として製作することは、映画というメディアの限界に挑戦する試みでもあったかと思います。劇中では『マトリックス』がゲームの世界として描かれていますが、今作は映画として『マトリックス』が表現される最後の作品なのかなとも思わされました。 ──最新作『マトリックス レザレクションズ』をご覧になり、印象的だったことなどをお聞かせください。 前作までのマトリックスから抜けた未来の現実世界は、現代の地球に生きる私たちにとってディストピア感が強かったように思います。だからこそ「これが現実なら、いっそマトリックスの中に戻りたい」と考える登場人物も出てきたわけですが。けれど今作で描かれた更なる未来では、機械と人間の共生が進んでいて、人間が新しい知恵と技術を使って世界を再生する様を描いていたのが印象的でした。そのため前作までとは、機械的世界と人間的世界の対比も進歩に伴い相対化されていた印象がありました。 また、『マトリックス レザレクションズ』は二元的世界を、救世主「ネオ」の存在に象徴される一元論で統合するのではなく、機械的世界観と生命的世界観、マトリックスと現実といった二項対立構造そのものをポジティブに解体していこうとする作品なのかな、と思いました。その意味で、今作と『マトリックス』シリーズの関係は、仏教の中でも特に大乗仏教的な世界観に導くもののように感じられました。

matrix-movie
©2021 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
matrix-movie
©2021 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

『マトリックス レザレクションズ』で描かれる「大乗仏教的な世界観」

──「大乗仏教的な世界観」というのは? まず仏教は大きく、タイやスリランカの上座部仏教と、チベットや日本の大乗仏教の系統に分かれます。ブッダという言葉は「目覚めた人」という意味ですが、出家をして修行を積んだ限られた人間のみがブッダの道に通じているという上座部仏教的な仏道の構図に対し、大乗仏教では、ブッダになる道はあらゆる人に開かれていることを強調します。 『マトリックス』の中でネオは救世主という表現をされていますが、ネオが救世主となっていくプロセスは、「目覚めた人」の誕生プロセスと重なります。過去3部作においては、上座部仏教的な仏道の構図と重なるような見え方をしていましたが、『マトリックス レザレクションズ』では、その道が誰にでも開かれているオープンエンドな感じがしました。要は、本作は「誰でもネオになれる可能性があるんだ」という大乗仏教的なメッセージも込められていたように思うんです。 過去の3部作から本作への跳躍は、上座部仏教から大乗仏教に展開していった仏教の歴史とも何となく重なります。誰でもブッダになり得るし、また、ブッダになったはずの人がまたマトリックスの中に戻ってきてしまうこともある。ネオがかつてのことを忘れて、気づいたらまたマトリックスの中にすっかり取り込まれてしまっている。でもまた、目覚めることもある。この辺りは、ループというモチーフも関係してきますね。

matrix-movie
©2021 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

──「ループ」と言えば、『マトリックス レザレクションズ』では、「物語に終わりはない」といった繰り返しについての言及もされていました。こちらも仏教での考え方に通じるものなのでしょうか? そうですね。これまでの3部作と大きく異なったことは、物語がループしていくところでした。過去の作品からのインサート映像が、今作の中にたくさん入っていますよね。3部作に親しんできたファンとしては、今作を観ること自体がデジャヴュ体験のように感じられました。 ループする物語に関して、ニーチェは「永劫回帰」という思想を説きました。時間が無限に続くとするならば、あらゆるかつてあったことはまた繰り返していくんじゃないかというアイデアです。そこから「すべては創造主にコントロールされているに違いない」という発想に向かうこともできますが、仏教では、すべては縁によって起こっていく「縁起」という考え方を大切にしています。 よく似た物語のパターンが何度でもリピートするように見えたとしても、じゃあ私たちは、誰かが完璧に記述したプログラムの中で変わらない物語に閉じ込められて生きているのかというと、必ずしもそうではない。似たものがループしているように見えても、まったく同じでもない。それがずれていく、突破されていく可能性も含みながら描かれているのは、仏教的と言えるかもしれません。 また、今作には「行ったり来たり」する往復的な仏教思想も色濃く表現されていたように思います。例えば、般若心経の中では、色即是空と空即是色が対になっています。過去の作品では、「色即是空」、つまり、「色」のマトリックス世界から「空」の本当の世界へ向かうベクトルが描かれてきたと思うんです。しかし、今作では「空即是色」、つまり、ネオとトリニティーが本当の世界に行きっぱなしじゃなくて、またマトリックス界に戻ってきて、はたらきかける。そのように、「色」界と「空」界を行ったり来たりして運動し続けるというテーマも非常に色濃く見えました。そういう意味でも、本作はシリーズの中で、とりわけ大乗仏教的な意味での仏教の描かれ方がすごく強かった作品ではないかと感じています。 ──過去3部作に続き、本作でも心の解放がキーになっていますが、仏教における「解脱」と比較すると、どのような共通項がありますか? 仏教における解脱とは、素朴な言い方をすれば、心があらゆる執着から離れて、完全に解放された状態といえるでしょうか。でも、そこを一生懸命に目指していこうとすればするほど、実は心の完全なる解放への扉が逆に閉まってしまうことがある。心の完全なる解放を“求めて”執着してしまうと、最後のドアは決して開かない。 しかし、最後に諦めると……。「諦める」という言葉はネガティブな印象があるかもしれませんが、実は仏教においては「明らかに見る」という意味を持ち、あらゆる価値判断から離れていることも含みます。つまり、先入観や自分の計らいなしに、ただそこにあるものをそのまま見る。求める気持ちもなく、すべて手放してただただ見るようにすれば、開こうと思わなくても、勝手にドアが開くんでしょうね。これは親鸞が晩年に育んだ「自然法爾」の思想にも通じます。 その意味で、解脱とは求めて得るものじゃなくて、やってくるものです。何かを目指して摑んでハッピーということでは決して到達できない「悟り」をめぐる構造も、今作には上手に取り入れられているなと思います。

matrix-movie
©2021 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

釈迦牟尼ブッダに重なるトリニティーの選択

──自由意志と選択のお話もありましたが、本作でティファニー(トリニティー)が、「女性として家庭を求めているのか、自分が家庭を求めているのか」という問いが生まれていたシーンについては、どうご覧になりましたか? マトリックス内のティファニーの家族は、夫と妻、または母と子供という現代社会に強く埋め込まれた役割の「」の象徴として描かれていました。ティファニーが本当の世界に目覚め、「そんな名前で呼ぶな」と言ったシーンが出てきますね。あそこだけを見ると、「ティファニーは家族を捨てた」と言う人もいるかもしれません。 しかし私には、釈迦牟尼ブッダが家族を捨てて出家の道を選んだことと、重なり合って見えました。そこから何を見ていけるかというと、それは、いわゆる「離婚する」とか「絶縁する」ということとも違うのでしょう。妻と夫、親と子、といった枠組みの関係性から離れて、お互いを本当の名前で呼び合って、そこで出会い直すということなのでは、と思うんです。 物語は何度でもリピートするけど、だからといって無力感の中で運命決定論を受け入れなさいということではなく、枠組みに縛られて苦しい時にはそこから抜け出して、何度でも生き直せばいいじゃない、と。繰り返す日常の中で、気づけばマトリックスの中に絡めとられて死にかけてしまっている人間関係があるなら、そのマトリックスをぶち壊して、また新たな人間関係として出会い直せるアナザーチャンスが私たちにはあるんだ、と。そういうメッセージを受け取りました。 ──『マトリックス』は『マトリックス レザレクションズ』も含め、ネオとトリニティーの愛が起こす大きな力が見どころのひとつです。ふたりが揃うことで起きる奇跡について、どのように感じましたか? ネオとトリニティーの関係については、いわゆる「男女の愛」として見ることもできますが、よりメタな視点から見ると、たまたまネオが男性の形で、トリニティーが女性の形を取っているだけであって、「バイナリーとは何か」という問いとして受け止めました。「ふたりはパートナーなのか」みたいな話でもないじゃないですか。この二人のパートナーシップについては、名前がついていないと思います。 パートナーということで言えば、ティファニーには夫がいるわけですよね。だけど、それが完全にマトリックスとして描かれているのは、本当は人と人というものは誰だってその関係性に名前をつける必要もないような出会い方ができるはずなんじゃないか、というメッセージなのかなと。

matrix-movie
©2021 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

『マトリックス レザレクションズ』が問いかける探求すべきこと

──魅力を語っていただきましたが、改めて松本さんの視点で、今『マトリックス レザレクションズ』を観ることの意味や面白さを聞かせてください。 1作目が公開された22年前は、「今、自分の見えている世界以外に世界が存在することなどあり得ないし、これ以外に現実はない」という感覚で生きている人がもっと多かったと思うんです。モーフィアスの言葉を借りれば、抜け出すことが絶望的なほど深くシステムに依存した状態ですね。 しかし今、「確かに自分の見ている世界が現実なのだろうけど、本当にこんな現実を自分は望んでいたんだろうか? 何かもっと他の形もありうるんじゃないか? なぜこんな世界を生きなければならないのか?」という疑問を持つ人が、確実に増えていると感じています。それでもなお、そこから本気で抜け出そうとするまでの勇気はなかなか持てない。今作では、そうした人たちが「シープル(sheep+people=自由よりも慰めを望む、飼いならされたマトリックス界の住人)」として描かれています。 今、私たちがはまり込んでいるマトリックス世界──要は2021年の現代社会ですが、それに対して疑問を持つ人が確実に増えていながらも、彼らをシープルとして飼い慣らすことに成功している理由の一つは、人々を「短期思考」に引っ張る力学が狡猾に利用されていることにあると思います。 私たちの手元にはいつもスマホがあり、すぐ目の前のことにアテンションが奪われてしまって、深く考える機会が奪われています。「本当に私たちはこんな世界を生きるしかないのか?」という根本的な問いに向き合えずに、忙しい日常に引っ張られて短期思考に陥っている。22年前と比べると、私たちの心の中の違和感は増大しながらも、管理する側のマトリックス側のテクニックも巧妙になってきているため、私たちは相変わらず首輪をつながれているんです。 現代でお坊さんをやっている意味は、悩みに答えを出すことではなくて、深い問いを共有することだと思っています。今、誰もが心の奥底で温めている深い問いを、もっと真剣に探究してみてもいいんじゃないか。そんなお手伝いができればいいと思っているんです。劇中でも言われたような「あまりにも完璧で、まるで偽物のような」世界がいよいよ完成に近づく時代だからこそ、それが自己崩壊を起こすタイミングも遠くないかもしれない。今こそ、大きな変化への感度を上げていきたいですね。

matrix-movie
©2021 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

映画『マトリックス レザレクションズ』本予告 2021年12月17日(金)公開

取材・文:赤山恭子

PROFILE

matrix-movie

松本紹圭(まつもとしょうけい)

1979年北海道生まれ。現代仏教僧(Contemporary Buddhist)。世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leader、Global Future Council Member。武蔵野大学客員准教授。東京大学文学部哲学科卒。2010年、ロータリー財団国際親善奨学生としてインド商科大学院(ISB)でMBA取得。2012年、住職向けのお寺経営塾「未来の住職塾」を開講し、以来9年間で700名以上の宗派や地域を超えた宗教者の卒業生を輩出。著書『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』(ディスカヴァートゥエンティワン社、世界17ヶ国語以上で翻訳出版)他。noteマガジン「松本紹圭の方丈庵」発行。ポッドキャスト「Temple Morning Radio」は平日朝6時に配信中。邦訳書『グッド・アンセスター 私たちは「よき祖先」になれるか』(あすなろ書房)2021年9月発売。

INFORMATION

matrix-movie
©2021 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

マトリックス レザレクションズ

大ヒット上映中! 原題:『THE MATRIX RESURRECTIONS』 監督:ラナ・ウォシャウスキー 出演:キアヌ・リーブス、キャリー=アン・モス、ジェイダ・ピンケット・スミス、ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世、プリヤンカ・チョープラー・ジョナス、ニール・パトリック・ハリス、ジェシカ・ヘンウィック、ジョナサン・グロフ、クリスティーナ・リッチ ©2021 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED. オフィシャルサイトオフィシャルTwitter

Copyright (C) Qetic Inc. All rights reserved.