ラーメンの探求をライフワークとし、年間700杯以上のラーメンを食べ歩く“ラーメン官僚”こと田中一明さん。新店の開拓から知られざる地方の良店の発掘に至るまで、ラーメンの魅力を多角的に紹介している超ラーメンフリークである田中氏に、2021年にオープンした都内の注目店を厳選してもらいました。
ほぼ全期間が新型コロナウイルスの猛威に晒された1年。改めて振り返っても、「2021」という年は、コロナ一色に染め抜かれていたんだなと実感する。
ラーメンシーンも、もちろん、新型コロナの脅威と無関係ではなかった。感染リスクの軽減を図るための営業時間の短縮、外食の自粛等の行動のあおりを受け、総じて経営の安定を図るために“手堅い味”のラーメンを提供することに重きを置いた店が多かったような気がする。
具体的には、古き良き時代の中華そばを今風にアレンジした「ネオクラシック」と、ひと昔前に一世を風靡しその味が多くの食べ手の記憶に刻み込まれている「濃厚系」の“2強”に、年々バリエーションが豊かになってきている「煮干しラーメン(ニボラー)」を加えた3種類。特に2021年にオープンした新店は、このいずれかに該当する1杯を出す店が過半を占めていたようにも感じるほどだ。
なお、直近2~3ヶ月程度における新たな動きとして、「塩ラーメン」を主力商品に据える新店が徐々に増えている。それがトレンドとして定着するかどうかは、新型コロナの状況等の外的要因に大いに左右されるところだとは思うが、個人的には、もう少し動向を注視していきたいところである。
優しさの中にこだわりが垣間見える「醤油らぁ麺」|麺屋YAMATO(三鷹台)
2016年に開業した人気店『中華そば向日葵』(三鷹市)の2号店。ロケーションは京王井の頭線三鷹台駅から徒歩3分弱の好立地。看板メニューは、券売機の筆頭を華々しく飾る「醤油らぁ麺」。
出汁は、各種素材の持ち味を最大限にまで引き出したもの。寸胴の状態を絶えずチェックし、煮込み時間、炊き込む温度をきめ細やかに調整しながら、鳥取県産の大山鶏を主体とした動物系出汁と、羅臼昆布と4種類(鮭・鮪・鯖・鰹)の節を用いた魚介出汁の両者を、絶妙なバランス感覚でミクスチャー。
注文を受けるたびに丹念に手揉みを施した上で提供される自家製麺も、「このスープにしてこの麺あり」。目指すは、世代・性別を超えて愛され毎日でも飽きずに食べられる、優しく普遍的な味わい。味蕾がスープと麺の風味を感知した瞬間、その言葉が誇張でないことをまざまざと実感した。
東京郊外にラーメンシーンに誕生した超大型新店|Ramen FeeL(青梅)
店主の修業先は、2022年1月現在、日本で最もハイレベルな1杯を提供するとまで言われる、レジェンド中のレジェンド『飯田商店』。提供するラーメンは「醤油らぁ麺」「塩らぁ麺」「FeeLつけ麺」の3種類。スープは、緻密な計算の下、鶏・豚等の動物系素材を丹念に炊き上げて出汁を採った、淡麗ラーメンのお手本のような仕上がりだ。
「醤油」と「塩」とでコンセプトに違いを設け、幅広い食べ手の嗜好に応えようとする姿勢も特筆に値する。「醤油」のスープは、鶏の滋味と豚のコクとが、薫り高くキレのある醤油ダレのうま味と出逢い、より高次元の味わいを生む淡麗系の王道。
他方、「塩」のスープは、出汁の風味を極限まで活かし切ろうとする構成。動物系素材が主役を担いながらも、準主役として香り艶やかな貝柱が上質な鶏のうま味を支え抜く。独創の「塩」として、王道の「醤油」と好対照を成している。
この丼が目の前に供されて、生唾を飲み込まない食べ手は存在しないだろう。
ラーメン界の台風の目! 青森の名店『あさ利』から着想を得た渾身の1杯|中華そば たた味(小伝馬町)
3月31日、中央区小伝馬町に開業した『中華そば たた味』。店舗の場所は、日比谷線小伝馬町駅から150m弱。提供するのは「スタミナ中華」「辛スタミナ中華」と、その特製バージョン。
ラーメンは、青森を代表する激辛ネギラーメンの名店『あさ利』へのオマージュを込めたもの。店主・吉野さんによれば、「スープは東京の人の嗜好に合わせて甘さを抑え、代わりにコクを最大限に演出しました。また、青森のラーメンは細麺が主流ですが、こちらでは、ガッツリ系つけ麺に多用される存在感のある太麺を採用しています」とのこと。その言葉どおり、『あさ利』の魅力を自分なりにしっかりと咀嚼した上で、オリジナリティのある1杯を創り上げている。
卓上に丼が供された瞬間から、放たれる芳醇な香りが食欲を刺激し、カメラで画像を撮影する時間さえ惜しまれるほど。スープを啜れば、動物系素材の重厚なコクとカエシの上質な風味が舌上で一と化し、うま味の弾丸となって味覚中枢を直撃する。
まさに昨今のラーメンシーンにおける「台風の目」と断じても過言ではない逸品だ。
濃厚系のエース!「中華蕎麦」「つけ蕎麦」共に規格外の出来映え|中華蕎麦 ひら井(北府中)
北府中駅から徒歩約15分と、アクセスはやや不便だが、そんな行程の苦労も一瞬で吹き飛ぶほどずば抜けた1杯を提供する、21年における濃厚系店舗のエース格がこの『中華蕎麦 ひら井』だ。
スープは、豚(豚ゲンコツ・豚頭)、鶏(鶏ガラ・モミジ)、牛(牛骨)の3種の動物系素材を100%使用。素材ごとに熟成のかけ方や、炊き上げる時間に細やかな変化を加えながら、重層感のあるうま味を表現することに成功。啜り上げた瞬間、カエシの豊潤な香りが鼻腔を心地良くくすぐり、豚・鶏・牛が一体化することで生まれる重厚なうま味&コクがビッグバンのように舌上で炸裂する。
小型製麺機のトップメーカー『大和製作所』で麺開発に携わっていた経験を活かし紡ぎ出す麺も、スープの魅力を極限まで引き立たせる傑作中の傑作。スープと麺に味蕾が馴染むにつれて、味覚中枢が捕捉できるうま味の構造が徐々に浮き彫りになり、終盤にクライマックスが到来。1杯にストーリー性を持たせる構成力も、感服のひと言に尽きる。
紀州鴨の滋味深い薫りに陶酔できる至極の鴨ラーメン|鴨中華そば 楓(八王子)
2003年に誕生した八王子における“非八王子ラーメン”のパイオニア『らーめん楓』。その店主だった井ノ川氏が、満を持してオープンさせたセカンドブランド。味の向上に一切の妥協を許さない“ラーメン作りの申し子”が、数ある素材の中で 特に輝く要素を感じた「紀州鴨」を使いたいと開業した、鴨ラーメン専門店だ。
基本メニューは「紀州鴨中華そば」。スープは、和歌山県の太田養鶏場で伸び伸びと育った『紀州鴨』に、真昆布・リンゴ・野菜(生姜、ネギ等)を合わせたもの。
前日から真昆布を水出しし、翌朝、低温でうま味をじっくりと抽出。昆布を抜いた後、チャーシューとなる部位(ロース)を除いた紀州鴨を丸ごと寸胴へと投入。沸騰しないギリギリの温度をキープさせながら、8時間かけて炊き上げる。
スープの表面に浮かぶ鴨脂の厳かな香りも相まって、ひと口啜った瞬間、ふわりと優しくふくらむ上質な和風味。その味わいたるや、感嘆のため息を漏らしてしまうほど魅惑的だ。
6種の魚介素材から構成される圧倒的なうま味に脱帽!|西永福の煮干箱(西永福)
人気店『BonitoSoupNoodleRAIK』と、方南町の『CLAM & BONITO貝節麺RAIK』の姉妹店として、永福町の地に産声を上げた煮干しラーメン専門店。ロケーションは、京王井の頭線西永福駅から徒歩2分程度と至便。
提供する麺メニューは、「煮干らーめん」と、そのバリエーションである「特製煮干らーめん」のみ。品数を極限まで絞り込むのは、「競争が激しいこのラーメン職人の世界でできることは、煮干ラーメンのスープに集中し、徹底的に突き詰めていくことだけ」という真摯な理由によるものだ。
丼から放たれ宙へと舞い上がる、煮干しの麗しい香り。出汁を採る素材は魚介オンリー。カタクチイワシ(2種類)・ウルメ・アジ・アゴ・伊吹イリコの6種の素材を、各種素材の等身大の持ち味を活かす形でブレンドし、1つの寸胴で火入れする。
それぞれの素材の特長を完璧に把握し、縦横無尽に使いこなす。その構成力の高さには、眼を見張るものがある。
脳天を貫くしょっぱ旨さは鮮烈の極み!|元祖一条流がんこラーメンたま館分店(立川)
2021年10月2日、ラーメンの殿堂『たま館(立川市)』にオープンした『がんこラーメン』の新店。
「正油」、「辛痛麺(辛系メニュー)」、「つけ麺」等も提供するが、特にオススメしたいのは「塩(バラ)」。縁に大きく「がんこ立川」の文字が刻まれた、純白の丼が映える1杯。香味油の存在も相まって、キラキラと黄金色に輝くスープは、一本一本の麺の微細な形状さえ完全に視認できるほど透明度が高く、レンゲですくい取るのがためらわれるほどだ。
味の良さもまた、尋常なものではない。鶏と豚の分厚いうま味と豊潤なコクを確固たる土台としながら、エッジが効いたタレの塩味が、味蕾を通じて、味覚中枢に強烈に訴求。ふわりと宙を舞う生姜の清冽な香りや、魚介の芳香も、鼻腔を通じてはっきりと知覚することができる。
一般的には忌避されがちなしょっぱさでさえ、食べ手を魅せる武器へと転化させた、魔性のスープ。一度口を付ければ最後、箸とレンゲを持つ手は、丼が空になるまで止まることがないだろう。
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