(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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 2022年3月に迫った韓国の大統領選挙を米国はどうみているのか──米国の専門家の間では、バイデン政権が米韓同盟による北朝鮮抑止を従来のようには重視せず、韓国の新大統領が中国にどれほど強い姿勢をとるかに関心の重点を移しているという指摘が多いことが明らかとなった。また米側の専門家たちは、韓国の新大統領が誰になっても敵性含みの対日姿勢に基本的な変化はないとの見解がほとんどのようだ。

 ワシントンでは連邦議会での政策論議でも民間研究機関での討論会においても韓国の大統領選挙が話題となることはきわめて少ない。この状態は、朝鮮半島情勢や米韓同盟、韓国の内政へのバイデン政権の関心が薄いという指摘とも重なっている。

任命されない韓国大使、韓国で反発

 バイデン政権が発足1年となってもいまだに韓国駐在の米国大使を任命さえしていないという現状も、その指摘を裏付ける一因となっている。

 米国のNBCテレビは2021年12月中旬、「米国はなぜ韓国に大使をおかないのか」という見出しのニュースレポートを放映した。バイデン政権が米韓同盟や朝鮮半島情勢の重要性を説きながらも、政権発足から1年近くが過ぎてもなお在韓米国大使を任命していないことについて、「韓国や米韓同盟の軽視と受け取られる」という批判的な報道だった。

 トランプ政権が任命した元インド太平洋軍司令官のハリー・ハリス氏は在韓大使を2年半ほど務め、バイデン政権の発足と同時に離任した。だがバイデン政権は、日本や中国の駐在の大使についてはすでに議会での承認も済ませたのに、韓国大使は候補の名前さえあげておらず、韓国で反発を生んでいるという。

 NBCテレビの同報道によると、米国中央情報局(CIA)で朝鮮半島を担当したスー・ミ・テリー氏は、「バイデン政権が重要だとする米韓関係が韓国大統領選で流動性を増すこの時期に米国大使ポストが空席のままになっていることに対して、韓国側の政府関係者たちから抗議や不信が頻繁にぶつけられている」と解説した。

米国が韓国に求める対中抑止の役割

 また、米国の韓国への関心が低下していることに加え、同盟国である韓国に求める役割が変化しているという報道もある。

 ワシントン・ポストの昨年(2021年)12月29日付の解説記事は、韓国大統領選挙に対する米国側の関心事として「韓国の軍事力態勢の強化が中国への抑止にどこまで役立つか、革新、保守いずれの候補が勝つかによってかなり異なってくる」と論評した。米韓同盟にとっての課題として、年来一貫して最重点だった北朝鮮対策よりも中国への抑止がまず指摘された点が注目された。

 また米国の政府系ラジオ放送局ボイス・オブ・アメリカ(VOA)が昨年11月末に流した「米国は韓国大統領選挙に何を求めるか」と題する特集報道でも同種の見解が紹介されていた。

 同報道は3月の韓国大統領選について、与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補と野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソギョル)候補とが争っていることを伝えたうえで、ワシントン地区の大手安全保障研究機関「海軍分析センター(CNA)」の調査部長ケン・ガウス氏の「現在、米国のアジア政策の最重要な要素は中国に対する懸念であり、バイデン政権は韓国の大統領選挙に関しても、どの候補が対中抑止に最も積極的かを期待の指針としている」という見解を紹介していた。ガウス氏は朝鮮半島をはじめとする東アジアの軍事情勢の専門家とされる。

 VOA報道はさらに「米側の専門家の大多数は、バイデン政権が今回の韓国の大統領選で、まずどの候補が中国の侵略的な行動により強い抑止策をとり、米国や日本、オーストラリアインドとともに連帯して、東アジアを守ることにより意欲的かを注目している」と総括していた。同報道は、韓国の次期大統領に対して米国は「北朝鮮の脅威への対応」ももちろん期待すると述べながらも、「対中抑止での重要な役割」を最初に挙げる点が注視された。

季候補と尹候補、中国への姿勢の違い

 VOA報道は中国への姿勢について野党の尹候補の陣営に質問したところ、「東アジアの航行、航空の自由の保持という観点からも中国の行動への注意を払い、中国への対応での米国との連携を強める」という政策表明を得たことを伝えていた。

 一方、李候補の陣営からは「李氏は中国の多様な活動での影響力の増大をチャレンジとみているが、同時に東アジア地域では米国も中国もみな相互の立場を尊重する原則に基づき行動せねばならないと考える」との言明を得たという。2人のVOAへの回答からは、尹候補氏の方が中国に対して強固な姿勢をとるであろうことがうかがえる。

 さらにVOA報道によると、歴代の米国政権で韓国を含む東アジア政策を担当してきた「大西洋評議会」の上級研究員ロバート・マニング氏は、「米国は韓国新政権に、最大の貿易相手である中国への敵対的な姿勢を求めることは難しいかもしれない。だがどの候補が当選するにせよ、韓国が対中経済関係で国際ルールに基づく秩序を重視することを強く期待するだろう」と慎重に論評しながらも中国への姿勢の重要性に言及した。

 韓国の政治や外交に詳しいスコット・スナイダー氏(現在は外交評議会の米韓政策部長)は「次期大統領が李氏か尹氏かで北朝鮮や中国への政策はかなり異なり、米国の対中政策への制約が生まれる可能性もあるだろう」と述べた。李氏の方が北朝鮮や中国への政策は融和的になるだろうという懸念がにじむ論評だった。

日韓関係の変化は期待できない

 VOA報道は、米国の専門家たちがバイデン政権が韓国の新大統領に日本との関係の改善を希望することも強調していた。国務省で日本部長と韓国部長を務め、現在はブルッキングス研究所研究員のエバンスリビア氏は、「バイデン政権は米韓日の三国関係を強化することが中国や北朝鮮への効果的な抑止には必要だと考えているが、日韓関係の改善は容易ではない」と述べたという。

 VOA報道はこの点、米国の専門家たちの多数意見として、韓国で政権が変わっても、日本の朝鮮半島統治にからむ歴史問題での対立や韓国による竹島の支配での対立の厳しさから日韓関係の重要な変化は期待できない、と総括していた。

 韓国の大統領選と対日関係については、ワシントンで広く読まれる外交雑誌の「ディプロマット」も、最新号の「韓国大統領選挙は日本との絆に何を意味するか」というタイトルの記事で詳しく報じていた。

 同記事の執筆者は同誌のソウル特派員のミッチ・シン記者である。シン記者は李、尹両候補がそれぞれ表明した対日政策を詳述し、李候補の方がずっと反日の傾向が強いことを強調する。一方、尹候補が述べた対日関係の政策はそのとおり実行されれば日韓関係が大幅に改善されるだろうとしながらも、現実にはなお尹大統領が登場しても、韓国内部の日本に対する積年の反発や敵意のために大きな変化は望めないという可能性を論じていた。

 そのうえでシン記者は、日韓関係が改善されないのは日本の自民党政権が現在の日韓離反の非をすべて韓国側のせいにして、歴史問題などでの対韓折衝を拒んでいるためだ、という韓国側の学者たちの意見を伝えていた。

 いずれにせよ、米側の専門家の大多数は、韓国の今回の大統領選挙の結果がどう出ても、日韓関係の基本的な改善にはつながらないとの見解を有している、と総括できそうだ。

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