(金 興光:NK知識人連帯代表、脱北者)

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 誰もが予想していたように、朝鮮戦争の「終戦宣言」は既に過去の出来事になってしまった。韓国と米国がいくら北朝鮮に終戦宣言を促しても、なしのつぶてである。

 その理由は明らかだ。結論から話せば、韓米が目論む北朝鮮の核放棄戦略と、金正恩総書記が推し進める核戦略には妥協の余地がなく、金正恩総書記から役に立たないと判断されたためだ。

 それでは、金正恩総書記の北核戦略とは何だろうか。それは、米国との直接的なトップ・ダウン方式で、将来の非核化を前提とした「終戦宣言」を実現するという戦略だ。ところが、非核化の前に終戦宣言を出してしまえば、北朝鮮があとでちゃぶ台を返すリスクがあるため、これに米国は否定的だ。だから条件が熟するまで耐えようというのだ。言うなれば、長期的な持久戦略である。

 となると、枯死寸前の北朝鮮が、どれだけ長く持ちこたえられるかどうかかが、カギを握る。金正恩総書記は、耐えれば運が向くと楽観視している。「3本の柱」があるがゆえに、長く耐えることができさえすれば、時間は自分たちの味方だと妄想しているからだ。今回は、金正恩氏がすべてを賭けた「持久戦略」の成否を決める、3本の柱について述べよう。

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北朝鮮が進める大量の「餓死管理」

1. 一本目の柱:金与正

 持久戦略の成功には、多くの苦痛を強いられる朝鮮労働党の幹部と住民をないがしろにせず、うまく管理することが重要だ。幹部と住民全体の動向を監視し、賞罰を与え、戦略の遂行を促すなど、細かく管理しなければならない。

 これを金正恩氏が直接的に行うことは無理だ。業務量が途方もなく多く、それだけに埋没してしまったら、核戦略など対外戦略構想と推進力が落ちてしまう。ただ、この件は誰にでも任せられるというものでもない。それで、血縁である金与正氏に任せたのだ。妹が反逆することはないと考えているわけである。

 金正恩氏は、金与正氏に、「党内の党」である労働党本部党責任秘書という役職を与え、外部からはわからないような形で、事実上、総書記である金正恩氏の第1代理人である「党中央」としての役割を果たす権限を与えた。

 金正恩氏の承認下、金与正氏は全国に「3大革命小組」というエリート紅衛兵を派遣し、全国の掌握力を高め、内政に必要なことならば、軍、内閣、保衛部を含め、どんな幹部だろうとも彼女の前ではぶるぶる震える状態にさせた。

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 それでは、持久作戦の中、金正恩氏と金与正氏は何をしようというのか。言ってしまえば、中央経済を回すだけで後は大量の餓死管理である。

 金与正氏は、党宣伝煽動部を総動員し、金正恩氏の偶像化と彼の業績の称賛、北朝鮮明るい未来に対する宣伝キャンペーンを強化している。金与正がうまくやってくれれば、金正恩氏は持久戦の最大の障害となる幹部と住民の混乱、動揺、不満、抵抗を十分に統制できるものと信じている。

持久戦に不可欠な平壌市民の群衆動員

2. 二本目の柱:平壌市民

 長期間の持久戦で重要な点は、米国が議論のテーブルに乗るまで、どんなに長くかかっても、自分たちはいくらでも持ちこたえることができるということを示す必要がある。すなわち、北朝鮮の数十万人の群衆が金正恩氏を支持し、呼応して、「我々は大丈夫だ!私たちは対北朝鮮制裁など気にもかけない」という姿勢を見せなければならないのだ。このようなメッセージを含む、大型のショーを行うには、群衆の動員が必要であり、それが平壌市民なのだ。

 金正恩氏の目に映る人民は、それこそ200万人の平壌市民だけだ。極端な話、地方に住む人々が全員死んでも構わない。大衆的な狂乱のショーで、自分に歓呼し、泣き喚いて、偽りの涙を流してくれる群衆には、平壌市民がいれば十分である。

 ショーに動員するためには、飢え死にしない程度の食料を与えねばならない。ただ、とてもじゃないがすべての国民に食料を与えるのは無理なので、平壌市民に限定して配給を実施している。

 このような実情は外部に知られていないため、あたかも平壌のすべての人々が、軍事パレードや大規模集会、マスゲームで、金正恩氏を尊敬し、忠誠をつくしているように見える。

 1990年代後半に始まった「苦難の行軍」(経済難)が始まってから現在まで、地方では食糧配給がほとんど中断されてしまった。ただ、平壌市民には足りないかもしれないが、それなりに国家の食糧配給が維持されている。もちろん、首都という特性は理解できるが、平壌と地方の差は大きい。

 国家から配給を受ける平壌の人々は、配給所で米1キロを国政価格の46ウォンで買うことができる。だが、配給の全くない地方の人々は、市場で1キロ4500ウォンの米を買って食べなければならない。

 それだけ恵まれている平壌市民も、厳しい生活を強いられている。

 金正恩氏は、「平壌市民には、卵や各種の生活必需品が、毎月少量ではあるが供給され、主な名節(伝統的祭日)にも、十分とはいえないにしても、アメ、菓子、食用油など、地方とは格段に違う、贈答品の供給が行われる」「冬は、地方住民は頻繁な停電により、電気をほとんど使用できないが、平壌は地方にくらべて電気供給が比較的うまくいっていて、さらに平壌市内の一部の住宅だけだが、温水暖房が供給されている」と言及しているが、実際は平壌市民200万人の基本的な食衣住もままならないのが北朝鮮の現実である。

 平壌にある高層アパートには、ほとんどエレベーターがあるのでまだましだが、平壌の次に大きい清津と咸興の高層アパートにはエレベーターがなく、人々は1日にも何度も歩いて階段を上り下りしている。

北朝鮮の外貨を稼ぐサイバー部隊の全貌

3. 三本目の柱:「ラザルス」

 金正恩氏が、長期の持久戦略を推し進めるためには、何よりも多額の統治資金が必要だ。核兵器と各種非対称戦力を次々と開発する北朝鮮に対して、米本土への攻撃を懸念する米国は北朝鮮に対する圧力を強めるだろう。

 その中で、北朝鮮は今後も生き残りをかけて莫大な外貨を投入しなければならない。他にも、北朝鮮の中央経済を回すために、エネルギーや各種資材、設備、車両などを輸入しなければならず、ここにも少なくないドルが必要だ。また、党、軍、内閣の幹部を掌握するためには、資金をばらまく必要がある。自身の豪華な贅沢生活を営むためにも、多額の外貨が必要だ。

 北朝鮮の外貨獲得は、石炭や鉄鉱石、さらに金、銀、銅などの希少金属を中国に売ることと、労働力を海外に輸出することだった。だが、強力な対北朝鮮制裁と新型コロナのために、自ら中国との国境を閉じた。現在はわずかな密貿易に頼っているが、これでは必要な統治資金を調達することは不可能だ。

 ただ、金正恩氏には奥の手がある。10年前から力点を置いて育ててきた、サイバー犯罪の大部隊だ。彼らが反社会的なサイバー犯罪によって、金正恩氏に莫大なドルを進呈している。

 北朝鮮サイバー司令部である偵察総局3総局技術偵察局の傘下には、ラザルス・グループを含め、国際社会に広く知られたサイバー犯罪チームが稼動している。110号研究所の上級機関である技術偵察局は、北朝鮮サイバー戦闘能力の中枢だ。技術偵察局の下部組織には工作装備研究部(1部)、コンピュータ・プログラム侵入情報部(2部)、電子通信技術部(3部)、盗聴偵察部(4部)があり、その他の直属部隊として、121部隊、180部隊、91部隊などがある。

 もっとも、金正恩氏が自らの「戦略別動隊」「万能の宝剣」と褒め称えているサイバー部隊がいるとしても、最高度の対北朝鮮制裁の中で、いつまで踏ん張りつづけられるのかは未知数だ。

 結論的に金正恩氏は、前述した3本の柱に頼って、世界最強の米国に対抗し、どうにかして核保有国の頂点に立とうとしている。だからといって、米国が北朝鮮の戦略を承服するはずがなく、国連と国際社会も同様だ。

 金正恩氏に対して、こういった対応が誤った判断だと悟らせるためには、国際社会が一致団結した行動をとらなければならない。中国とロシアはともかく、文在寅ムン・ジェイン)政権までもが、北朝鮮に終戦宣言や画像対面など、実現不可能な提案をしているのは呆れる他にない。

 北朝鮮が長期的な持久戦に入った以上、短期的な答えはない。答えがあるとすれば、北朝鮮の偽装平和攻勢に巻き込まれ、国家と国民の安全と危機だけを惑わす韓国の左派政権に一刻も早く見切りをつけ、粘り強く対北朝鮮原則を守る、新しい保守政権を打ち立てることだ。それが唯一の解決策だと考える。

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