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「『離婚約』とは、夫婦が決めた一定期間後に離婚しようと、夫婦間で交わす約束のことです。『離婚約』は法律用語ではなく、法律で定められていることは何もありません。結婚の約束を『婚約』というように、『離婚約』は離婚の約束をするという意味が近いです」

そう話すのは『離婚約、してみました。』(光文社)の著者で離婚約中の、のらりくららさん。

「いろいろな離婚のパターンがありますが、離婚約中は執行猶予期間みたいなイメージ。ここでお互いの態度や行動を改善できたら、夫婦関係が修復することも十分ありえます。離婚約はあくまで将来の離婚の約束なので、離婚約中は当然、夫婦、家族であり続けます。離婚約の期間は、子どもの高校、大学への入学や卒業までなど、子どもの成長のタイミングで決める夫婦が多いですね」

のらりさん自身、子どもが高校に上がる再来年春までの約束で、1年半の離婚約中だ。

「離婚約のいいところは、夫婦関係修復、離婚、どちらの道を選ぶにせよ、十分に話し合う時間があるので、心の準備ができます。取材したなかには、月に1回子どもが寝た後に、真剣に夫婦で話し合う場を設ける離婚約中の人もいました。妻の就職活動の状況報告や、養育費のシミュレーションを具体的にするだけでなく、離婚約中にお互いに彼氏彼女を作ってもいいかまでも話し合っているそう」

このように、妻が働く準備をしたり、貯金をしたり、家族旅行など家族の思い出を作ったりすることができるのが、離婚約の最大のメリット。結果、離婚をすることになっても、建設的な話し合いを経ての離婚なので、離婚後もいい関係を築ける場合が多いという。

「別れることを見据えての話し合いを通し、夫のいい面、悪い面を改めて見ることになります。また、本当に一人でやっていけるのか、親のことまで面倒を見られるのかなど不安に思うことを、夫に相談もできるでしょう。そんなとき、やっぱりこの人と一緒にいるほうがいい、という考えに至れば、修復に向けての話し合いもできます。籍を抜くまでの時間、ゆっくり相手に向き合ってみてください」

そんな、離婚約という新しい“夫婦の時間”で見えたものとは? 実例で紹介。

【ケース1】リミットがあるから仕事を頑張れる。浮気されても円満離婚に

N・Yさん(53歳・美容系勤務)
離婚約期間:1年

離婚約に至った原因は夫の浮気。夫の会社の経理を担当していましたが、あるとき用途不明の出金に気づき夫に問いただしたら、浮気をしているうえ、相手にお金を渡していたことも発覚。二度と会わないと約束したのに、数カ月後に会っていたことがバレて。夫が開き直ったことで、もう一緒に生きていけないと離婚を決意しました。

でも当時高校生でパパっ子だった娘のことを考えると、すぐには離婚に踏み切れませんでした。だから夫に、3年後の娘の大学入学とともに離婚したいと伝えました。罪悪感があったからか夫も渋らず承諾しました。

離婚約中にしたことはまず自分の仕事を安定させること。夫の資金を使えるうちにサロンをオープン。資格も取得し、サロンを軌道に乗せ離婚後の準備を整えました。

当初離婚約は3年でしたが、私たちの関係にうっすら気づいた娘の「私の成長を待っていたらママ、おばあさんになっちゃう。何かするなら早くしたほうがいい」という言葉で心が決まり、1年に早めました。

「離婚をしたほうがママが笑ってるしパパの愚痴を言わなくなっていい」と、気をつけていたつもりでも、夫へのイライラが娘に伝わっていたようで、離婚約を早めてよかったです。

離婚約を経たことで冷静に話し合いができ、金銭的なことでもめることもなし。離婚後の準備が着々とでき、浮気した夫を恨む気持ちは尾を引きませんでした。離婚した今も娘に会いに前夫が家に遊びに来ることもあります。

〈“夫婦の時間”で見えたもの〉サロンのオープンや資格取得の準備、貯金ができ、冷静に今後の自分を見つめられた。

【ケース2】離婚約で夫が改心し、子育てや家事も積極的に。離婚約解消の可能性も

F・Aさん(48歳・医療関係勤務)
離婚約期間:2年

離婚約をしたのは、夫が海外での単身赴任から帰ってきたのがきっかけでした。それまでの2年間で私と2人の子どもたちの3人での生活ができあがっていたところに、家族で過ごすことを楽しみに帰国した夫とのテンションの差を感じたことや生活リズムが崩れたことから、イライラするようになってしまって。

夫からのセックスの誘いも全く受け付けられず、断っても断っても毎日のように求めてくるのも生理的に無理でした。

でも今思えば、そのいらだちはそのころ始まったことではなく、子どもが小さいころワンオペ育児の大変さや教育上の心配事を相談しても、全部決断は私任せだった夫への不満の積み重ねも、夫婦のずれの大きな要因でした。

息子が大学に入る2年後に離婚したいと考えていると伝えたら、夫はとてもショックを受けたようで、そのときはわかったと言っていましたが、それから改心。私が何も言わなくても子どもの塾や習い事の送迎、お風呂掃除、週末の料理などを積極的にするようになりました。信頼回復に頑張っている夫の姿を見て、ちょっとかわいそうだなと揺れ動くことも正直あります。

私自身、老後に一人は寂しいのかなと思う気持ちもあります。でも先日父が亡くなり母が号泣している姿を見て、私は夫が死んでもこうはならないと思い、複雑な気持ちでした。

もうしばらく様子を見て、どちらになっても幸せになれるよう、準備しようと思っています。

〈“夫婦の時間”で見えたもの〉夫の改心で夫婦関係修復の可能性も出てきて、人生で何が大事か考えるきっかけに。

■別れるまでの猶予があるからこそ完璧にしておきたい離婚準備

「離婚約は法律で守られている契約ではないので、将来離婚する際、妻が不利になることのないように進めることが大事です」

と話すのは弁護士の山下環先生。

「離婚約中に、養育費や財産分与についてきちんと決めること。ちゃんと支払われるか心配ならば、実際に離婚すると決めた時点で、約束事を『公正証書』に残すとよいでしょう。公正証書は、約束した金銭の支払いが履行されないとき、裁判の判決を待たなくても、支払い義務者の給与や財産を差し押さえる強制執行を可能とします。また、相手に不貞行為の可能性があるなら、証拠を探しておいたほうがいいでしょう。できたら離婚約に至る前に浮気の証拠を確保すること。離婚約を交わした後に証拠を見つけても、『浮気の事実を知らなくても離婚するつもりだったよね?』と開き直られ、不貞行為が離婚原因としてみなされない可能性もあります」(山下先生・以下同)

証拠があれば、離婚約は夫の浮気が原因と認められ、離婚の際、不貞行為の慰謝料を請求できることも。

「今、離婚約が認識され、じわじわと離婚約をする夫婦が増えています。思い出に夫婦でバンジージャンプをしたり、滝行をしたりと、お互い次のステップに向け何か記念になるイベントをする人も。離婚約は夫婦の関係が行き詰まったとき、今の時代の選択肢のひとつなのかなと思います」

離婚約は、夫婦関係を見つめ直す執行猶予期間。家族のためだけではなく、自分の人生がどうありたいかを考える、前向きな期間なのだ。