"イカのまち"と呼ばれる函館では、今、イカの漁獲量が激減している。代わって増えてきているのがブリだ。そこにはどんなドラマがあるのか。現地で暮らす人に現状を聞いた。果たして、イカのまちは"ブリのまち"になるのか?

【写真】函館ブリ たれカツバーガーと塩ラーメン

■今、イカとブリの漁獲量は逆転している

世界中で大人気の『イカゲーム』は、大金獲得に挑む参加者が次々と減っていく作品だが、現実の日本ではイカそのものが急激に減っている。

"イカのまち"として有名な北海道・函館の渡島(おしま)総合振興局産業振興部水産課漁政係長、榊原滋さんが語る。

「2008年のスルメイカの漁獲量は約4万8000tありましたが、2020年は約2200t。20分の1くらいになりました。函館はイカの塩辛や麹(こうじ)漬け、イカリングなどを作る加工場が多いので、イカが取れないと産業は大きな打撃を受けてしまいます」

産業だけではない。イカが少なくなって値段が上がったため、イカ刺しを出さなくなった居酒屋があるなど、地元の人々の口にも入りづらくなっているという。では、イカが減った理由はなんなのか。

「温暖化だと思います。イカは九州の南の東シナ海で生まれて北上し、北海道に回遊してきます。しかし、生まれた海域の水温が高いと、冷たい水を好むイカの赤ちゃんの生存率が落ちるんです。また、他国の船が取るイカの量が増えたからではないかと考える学者さんもいます」

イカが減っている一方で、函館ではブリが豊漁だという。

「2008年に325tだった漁獲量がだんだんと増え始め、2019年にはイカとブリの漁獲量が逆転。そして、2020年は1万1000tを超える水揚げになりました」

1万1000tというのは、日本の中だと何番目くらいの漁獲量?

「2018年の調査では、全国で3位の漁獲量でした。そのときに1位だったのが鳥取県の境港(さかいみなと)市で、約1万tですから、今は1、2位になっているかもしれません」

全国でもトップクラスの漁獲量を誇る函館市だが、なぜ、急に増えたのか。

「これも、やはり温暖化だと思います。ブリもイカと同じで東シナ海で生まれます。そして、ブリはイカとは逆で温かい水を好む魚です。温暖化によって生存環境が良くなり生存率が上がった結果、成長したブリが北上し、昔は水が冷たくて東北くらいまでしか来られなかったのが、今は北海道までやって来るようになったのではないでしょうか」

では、これまでイカを取っていた漁師さんは、ブリに変えている?

「漁法が違うから無理なんです。イカは釣り上げますが、ブリは定置網です。船の形も使う道具も違う。『イカがダメだからブリに変えるか』とは簡単にいきません」

でも、イカが少なくなってブリが多くなったなら、イカからブリにシフトしたほうがいいのでは?

「そう思うでしょうが、例えば、函館の加工場も長年イカをメインに続けてきたので、すぐにブリに変えようとしても設備が整っていないんです。また、『もし、ブリが取れなくなったらどうするんだ』という話もあります。

それから、北海道はブリが取れなかったので、ブリを食べる文化がないんです。ぶり大根やブリの照り焼きという言葉は知っていても、食卓に並ぶ魚ではありません。この2、3年で急に取れるようになったからといって『じゃあ、食べます』とはならない。まずは、そこから始めなければいけません」

そこで、函館市民がブリに親しんでもらえるように日本財団「海と日本プロジェクト」の支援を受けて「函館ブリたれカツ」というご当地グルメが誕生した。このご当地グルメの担当をした國分晋吾(こくぶん・しんご)さんが話す。

「ブリは出世魚で、函館では1㎏未満をフクラギ、3㎏未満をイナダ、3㎏以上をブリと呼びますが、この辺りで取れるのはほとんどがフクラギとイナダです。これらは脂が少ないので刺し身にすると物足りない。また火を通すとちょっとパサつきます。

そこでいろいろ試した結果、ブリを牛乳に漬けてふっくらとさせ、昆布のエキスを混ぜることでコクを出し、パン粉をつけて揚げたらおいしい料理になったんです。たれは好きなものをかけてもらう。一番多いのは醤油とみりんの甘辛だれ。タルタルをかけてもいいし、カレーでもいい。

そして、飲食店と連携して、この函館ブリたれカツを『函館ブリフェス』(昨年、今年と行なわれているブリを味わうイベント)の期間にお店のメニューとして出してもらいました」

さらに現在では、このブリたれカツを使った『函館ブリたれカツバーガー』やかつお節ならぬ"ブリ節"でだしを取った『函館ブリ塩ラーメン』などのメニューも増えた。

函館ブリ たれカツバーガー。若い人にも食べてもらいたいということでハンバーガー風に。函館産の赤かぶ千枚漬けや函館産真昆布のペーストなどが入っている
函館ブリ たれカツバーガー。若い人にも食べてもらいたいということでハンバーガー風に。函館産の赤かぶ千枚漬けや函館産真昆布のペーストなどが入っている

函館ブリ 塩ラーメン。ブリのあら、豚肉、鶏肉、トマトなどから作ったスープにブリ節を加え、ブリチャーシューなどをトッピングしている
函館ブリ 塩ラーメン。ブリのあら、豚肉、鶏肉、トマトなどから作ったスープにブリ節を加え、ブリチャーシューなどをトッピングしている

今、イカに代わってブリが増えている。もし『ブリゲーム』を作るとするなら、幸せな人がどんどん増えていくストーリーになるのだろうか。現実の日本がそうなることを願ってブリを食べてみるのもいいかもしれない。

取材・文/村上隆保 写真提供/海と日本プロジェクト(バーガー、ラーメン)

函館渡島管内のスルメイカと ブリの漁獲量の推移。2019年にはイカとブリの漁獲量が逆転した