文=田丸昇

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棋士の田丸昇九段が天才・藤井聡太の実力を棋士の目線で分析するシリーズ。今回は最年少で「四冠」を取得するまでの軌跡と、1月から始まる王将戦での「五冠」の可能性を探ります。

高校を自主退学して将棋に専念

 藤井聡太四冠(竜王・王位・叡王・棋聖=19)は、在学していた名古屋大学教育学部付属高校を2021年1月末日に自主退学した。3月に迎える卒業まで、およそ1ヵ月前のことだった。

 藤井は2016年(平成28)に14歳で四段に昇段して棋士になり、中学校と高校に通いながら公式戦の対局を戦ったきた。年間で8割台の高い勝率を挙げると、必然的に対局が増え、出席日数が不足していった。藤井は高校と話し合いを重ねたが、レポート提出などの救済措置は認められず、卒業するには留年を選択するしかなかった。

 母親の強い希望で高校に進学した藤井は、入学時から状況を見て退学を判断しようと思っていたという。2020年に棋聖と王位のタイトルを初めて獲得した事情もあった。

 藤井は高校退学について、「タイトルを獲得したことで、将棋に専念したい気持ちが強くなりました。高校では棋士では経験できないこともあり、心残りはありません」とのコメントを出した。

 

高性能の将棋ソフトで研究

 藤井は高校を自主退学した後、自宅で将棋を中心にした規則正しい生活を送り、将棋にさらに専念した。

 AI(人工知能)を搭載した将棋ソフトを以前から用いて研究していたが、2021年から「ディープラーニング深層学習)」系の高性能の将棋ソフトを導入した。それによって、課題といわれた序盤作戦の精度がかなり上がった。

 そのソフトは、普通のパソコンでは使えない。特殊なパーツを揃える必要があり、100万円ぐらいかかるという。しかし、藤井は自分で組み立てるほどパソコンに詳しく、高収入なので金額面も心配ない。

 ただ藤井にとって、パソコンを用いた研究は、あくまでも補完手段である。対局で実力を発揮するには、強い精神力、臨機応変の判断力、深く読むための集中力などが必須で、藤井はいずれも兼ね備えている。

タイトル二冠を初防衛

 藤井は2020年7月、棋聖戦渡辺明棋聖(37)を3勝1敗で破り、初タイトルの棋聖を獲得した。さらに同年8月、王位戦木村一基王位(48)を4連勝で破り、二冠目の王位を獲得した。

 「初タイトルは防衛してこそ一人前」という言葉がある。対局室で床の間側に座り、追われる立場になったタイトル保持者が、その重圧を乗り越えることで真価が問われるのだ。

 タイトル獲得が最多の通算99期の羽生善治九段(51)でも、1990年竜王戦の初防衛戦では「竜王らしさ」を意識して自分のペースを失い、挑戦者の谷川浩司王位(59)に1勝4敗で敗れた。

 藤井二冠は2021年の夏、棋聖戦王位戦でダブルタイトル戦を迎えた。

 藤井は最強といわれる渡辺名人(王将・棋王を合わせて三冠)にリターンマッチを挑まれた棋聖戦で、同年7月に3連勝して初防衛に成功した。記者会見では「防衛してほっとしましたが、新たな課題を改善したいと思います」と語り、初防衛しても一人前という意識はないという。

 藤井二冠は豊島将之竜王(叡王を合わせて二冠=31)に挑戦された王位戦で、第1局に敗れたが第2局から4連勝してまたも初防衛に成功した。その勝負の分かれ目になったのが第2局だった・・・。

 

藤井は少年時代から大の鉄道好き

 藤井は公式戦の対局で毎年、8割台の高い勝率を挙げている。しかし、豊島には2017年から2020年6月まで、1勝7敗と大きく負け越していた。豊島は「天敵」のような存在だった。

 その理由のひとつに、藤井が12歳のとき(当時初段)に豊島(同七段)に指導対局を受け、あまりの強さから尊敬の念をずっと抱いていたからだという。

 そうした状況で迎えた王位戦第2局は、北海道旭川市で行われた。その将棋も藤井王位がずっと不利だったが、終盤の土壇場で豊島竜王の疑問手に乗じ、驚異の終盤力を発揮して逆転勝ちした。勝ちを逃した豊島は茫然とした様子だったという。その一戦をきっかけにして、両者の勝負の潮目が変わったのだが、次のようなエピソードが背景にあった。

 愛知県在住の藤井は王位戦第2局で、旭川への直行便に乗らず、新千歳空港に向かった。そして、快速エアポート札幌駅に行き、札幌駅から函館本線に乗って旭川駅に向かった。車窓からは北の大地に広がる田園地帯が見えた。北海道を初めて訪れた藤井は、のどかな景色を眺めてリラックスできたという。

 王位戦第2局に勝つと、関係者に「《鉄分》を摂ったのがよかったのですかね」と言われた。

 実は、藤井は少年時代から大の「鉄道好き」だった。電車に乗れば先頭車両の最前部に立ち、運転士の気分になった。東海道新幹線名古屋近辺の時刻表をほとんど暗記していた。高校1年のときには「青春18きっぷ」を使って長野県への日帰り旅行をした。

最年少記録の19歳3ヵ月で「四冠」取得

 藤井王位は2021年8月、王位戦で挑戦者の豊島竜王を4勝1敗で下した。さらに豊島叡王に挑戦した叡王戦で、同年9月に3勝2敗で豊島を破り、藤井は三冠目の叡王を獲得した。

 藤井三冠は同年10月から始まった竜王戦で豊島竜王に挑戦し、何と4連勝して最高タイトルの竜王を獲得した。最年少記録の19歳3ヵ月で「四冠」を取得した。

 藤井は、2021年6月まで1勝7敗と大きく負け越して天敵だった豊島に対して、トリプルタイトル戦で巻き返してすべて制した。その転機は、北海道での王位戦第2局だったと思う。

 藤井は将棋界で序列1位の棋士となった。ただそれを意識することはなく、強くなることを目標に取り組んでいきたいという。

 藤井が2020年に獲得した賞金・対局料は、ランキング4位の約4550万円。2021年はさらに増額するが、竜王賞金の4400万円は2022年分として計上されるので、大台の1億円に達するのは先のことになる。

 当の藤井は賞金に関心がまったくないという。仕事で使う必要経費は、研究で用いる高性能のパソコンと将棋ソフト、タイトル戦の対局で着用する和服ぐらいだ。

 

渡辺王将に挑戦して「五冠」を目指す

 藤井四冠は2022年1月から始まる王将戦で渡辺王将に挑戦する。過去2回の渡辺との棋聖戦は、持ち時間が各4時間の1日制。王将戦は各8時間の2日制で、渡辺にとって経験豊富な舞台である。

 藤井は2020年に初挑戦した棋聖戦から、2021年の竜王戦まで、タイトル戦で6期連続でシリーズを制している。このような事例は初めてのことだ。しかし、渡辺との王将戦はかなり難関になると思う。渡辺は「魔王」と呼ばれるほど強いが、「冬将軍」という異名もある。寒い時期に行われる王将戦棋王戦(2月~)にめっぽう強いからだ。

 藤井が王将を獲得すれば、本年度中に「五冠」を取得する。

 ただ藤井は、記録の達成よりも大事なものがあると思っている。将棋の実力を伸ばすこと、将棋の真理を探究するのが使命だという。「強くならないと見えない景色があると思うので、その地点に立てるように頑張りたい」と語っている。藤井が目指している道は、勝負を超えて哲学的な命題のようだ。

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