この2年間、憎い“新型コの字”のせいで、私たちはどうにも不自由だ。こんな思い通りにならない日々、ふらりと寄席に足を踏み入れて芸人さんたちのお喋りに耳をすませば、頭の中だけは別の風景にスルリと瞬時に移動し、どこにだって旅できる。たとえ身体はじっとしていても、脳内では自由になれる。

昨年(2021年)1月、新宿末廣亭夜の部、真打に昇進して初めてトリに上がった瀧川鯉八師匠が出てきた瞬間、長い大きな拍手で寄席に広がった幸せな空気感は忘れがたい。あの高揚感再び――今年も1月下席(21日〜30日)のトリが鯉八師に決まった。独特のリズムオリジナリティあふれるテーマ。「こんなところに大陸があったとは」と思わせてくれる新作落語のフロンティアによる、「イマジネーションはどこまでも自由!」を実感できる高座は一度聴くとやみつきだ。そんな鯉八師匠から話を聞いた。

1月下席末廣亭夜の部トリのポスター(4種類)

1月下席末廣亭夜の部トリのポスター(4種類)


 

■鯉八の鯉八による鯉八のための10日間

――去年に引き続き今年も1月21日から10日間、鯉八師匠が新宿末廣亭夜の部でトリをつとめられます。前回は「真打昇進後わずか3カ月で初トリ」と話題となり、コロナ禍で高齢の演芸ファンの足が遠のく状況下、鯉八ファンの若い観客の熱気で2階も開く大盛況。二つ目時代からのお仲間が並ぶ顔づけによる、トリに向かって盛り上がる流れも激アツでした。

今思えば、披露目直後で僕も気持ちがたかぶっていたんでしょうね。披露目興行の終了直後、(所属する)落語芸術協会の方に「各寄席のお席亭さんに、必ず満員にするからトリに使ってほしい、万が一満員にできなかったらもう一生トリをとれなくてもいいと伝えてください」と言ったんです。芸人から「トリをとる」と言い出すなんて頭がおかしいというか(笑)異例だと思いますが、「僕をここまで育ててくれた寄席を救いたい!」という純粋な気持ちからの行動でした。まあ色々な事情が重なって出番がいただけたんでしょうけど、「じゃあやらせてみようじゃないか」とノってくださったお席亭には感謝しかありません。10日間のトリを経験してみると、やっぱり最後の最後に出ていく大変さと光栄さと、両方を実感しました。全ての演者さんに助けてもらった、楽しい10日間でしたね。

――1月下席は通常、世の中のお正月気分も消えて客足も落ち着きますし、加えて緊急事態宣言で街に人出もない中、あれだけ盛り上がったのは驚きでした。またあの時期はコロナ禍の余波で上野、浅草、池袋の寄席が急遽1月下席休業となり、結果、唯一無事に開いたのが新宿だけ。「落語界が大変なことに……」という気持ちで初日に伺いましたが、初トリのお祝いムードで温かい雰囲気、鯉八さんの高座もその高まる客席の期待をドンと受け止める勢いがあって。「これは伝説化するな、鯉八さん、持ってる男だな」と思いました(笑)。

僕も正直「持ってるな」と思いましたね(笑)。でも「ほかが閉まって行くところがないから満員になったんだ」と言う人がいるんですよ。自分でこんなこと断言するのもなんですけど、寄席に頻繁に通うような落語マニアは僕みたいな芸風が好きじゃないから、絶対に来てないんです!(笑) つまり、鯉八の鯉八による鯉八のための10日間だったと断言できます。「これは一生語り継がれる」と確信したんですけど、もうすでに伝説が風化している気がしてならないですね……。

(撮影=神ノ川智早)

(撮影=神ノ川智早)

――(笑)2022年、新たな伝説を作ってください。

前回は「この時間を楽しく過ごそう」という皆さんのハッピーな気持ちに満たされた空間になったので、今年もそんな雰囲気にできたらいいですよね。僕は名人芸じゃないんでね、芸がスキだらけなんです。そこが愛嬌、チャームポイント。あとこんなこと言ったらなんですけど、結構スベるんですよ。まあ……これもすごく可愛いですよね。スベった時も全く動じないし、無理してウケようとしないんです。「麻雀放浪記」の阿佐田哲也(色川武大)に「人間が持っている運の総量は一定である」って有名な言葉があるんですけど、ツキのないときは潔く小さく負けて、運は「これぞ」の時に取っておかないといけないですから。

――(チャームポイント……麻雀?)……なるほど。

普通はスベりそうになったらどうにかして踏みとどまろうとするじゃないですか。僕は絶対に無理しないんです。長嶋茂雄さんが三振をしている有名なショットがあるんですけど、最近は「どうすれば魅力的にスベられるか」について深く考察しています。

――(魅力的なスベり……野球?)……末広亭トリの話に戻りますが、今回も創作話芸ユニット「ソーゾーシー」で一緒に活動するメンバーが交互出演、鯉八さんもご所属していた「成金」*メンバー柳亭小痴楽さんも出られ、トリにつなげるアツいリレーにも期待が高まります。

1年目は「盛り上げてやろうぜ」という皆さんの高揚感に随分と助けていただきました。だから、この2年目が勝負なんですよ。正直コロナの状況も楽観視できないので、お客さんに「ぜひ来て下さい!」とは言いにくいけど、寄席はあいています。換気で場内は寒くなるので、あったかくして今年も伝説を目撃してください。

*成金……落語芸術協会所属、前座修行を共にした柳亭小痴楽、神田伯山、桂宮治ら11人による落語家&講談師による二つ目ユニット。小痴楽の真打昇進を受けて2019年に解散。

創作話芸ユニット「ソーゾーシー」1st CD『ソーゾーシー 傑作選1』が2021年12月29日に発売されたばかり

創作話芸ユニット「ソーゾーシー」1st CD『ソーゾーシー 傑作選1』が2021年12月29日に発売されたばかり


 

■作品プラス生き様みたいなものもさらけ出していく2022年

――少しさかのぼりますが、2020年10月の真打昇進興行についても伺えれば。当初は5月1日からでしたが、コロナ禍で5カ月ずれてのお披露目に。演者の方は初日に合わせてピークに持っていくので、何度も気持ちを立て直すの、大変だったと思います。

大初日は(一緒に披露目をした昔昔亭)A太郎兄さんのトリで、僕は「俺ほめ」*を演ったんですね。もちろん気持ちは上げていったんですけど、正直、一度下がったものを無理やり上げていったような感じで。でもこれが、お客さんの前に出てやり始めた瞬間、春のやる気が不死鳥のようによみがえったんですよ! 

*俺ほめ……2015年NHK新人落語大賞でも演じた鯉八の代表作。「うまく自分をほめたら、金平糖をあげる」と要求する男が主人公。周囲に長所を言わせながら“ほめられ欲求”を満たしていく様が、王様みたいでちょっぴりマッド。

――おお〜!

自分でも「キタ、これだ!」という感覚が手に取るように、ありありとわかりましたね。翌日が自分のトリで、自分を応援してくださったファンの方がたくさんいらしてくださって……全てが結実した幸せな日でした。

(撮影=神ノ川智早)

(撮影=神ノ川智早)

――昨年12月には、成金メンバーが久々に全員揃った落語会「大成金」がイイノホールで開催されました。一部&二部とも瞬速でチケット完売。2年ぶりの全員集合、いかがでしたか。

お祭り状態でしたよね。でも不思議と僕はノー緊張でした。トップが小痴楽兄さんで、次が(春風亭)昇々君で二人ともすごくウケていましたし、すっかりあったまった状態でしたから。とにかく落ち着いてゆっくりやろうと思って上がりました。

――ネタは『黄金風景』でした。

太宰治の同名短編小説からタイトルをいただいてつくった新作です。小説は、一人の男が子どもの時に蔑んでいじめていた女中が、幸せな家族を築き、落ちぶれた男の前に現れ……という内容なんですけど。

――鯉八ver.の『黄金風景』は、貧しくも愛情あふれる逞しい大家族の食卓を、こっそり覗きに行った同級生の少年目線から描く流れにアレンジされています。羽織を脱ぎ捨てる大盛り上がりの演出、パワフルなお母さんのキャラクターが最高で……なんだか天をつくほどめちゃめちゃ“巨大な母”が脳内に浮かびました(笑)。最後、どこか見下した気持ちで覗きにいった少年が、言葉では語らないけれど、何かを学んで自分の家に帰るくだりは沁みます。

「大成金」では少しゆったりやったおかげで、高座からもお客さんに何か沁み渡っているのかな〜?って空気感が感じられました。人情噺としてつくってはいるけどクサくはしたくなくて、明るくポップにポンポン演じたいと思っているんです。原作の小説は「これはいいことだ、かれらの勝利は、また私のあすの出発にも、光を与える」という文章で終わるんです。下に見ていた人間の幸せそうな様子を見て、完全な敗北を感じながらも前に進める……みたいな。

(撮影=神ノ川智早)

(撮影=神ノ川智早)

――『黄金風景』は11月末にネタおろしされたばかりの演目。最新作を大舞台の「大成金」でやるなんてカッコいいな!と思いました。最新がベストってことですもんね。

コロナから2年経って、そろそろみんな「心が息切れしちゃうな」っていう気持ちにもなるじゃないですか。年末にお客さんを大きな愛で包みたくて。「豊穣な大地に抱きしめられているような気がした」という感想をくださったお客さんがいて、「はい、それです!」と思いました(笑)。

――今後も、鯉八さんにしかつくれない独創的な世界に期待しています! 最後に、今年の抱負を教えてください。

面白いネタをつくって稽古をするだけです。今はいろんなことに挑戦したり、自己プロデュースしないと生き残れない時代ですから、一つのことしかできないってちょっとカッコ悪いんですけど。でも僕は器用じゃないし、不得意なことには力を使わないって決めているんで。これから年齢を重ね、いい作品も生み出しにくくなると思うんですよ。だって同じテーマでつくってもしょうがなくて、何かをつくり続けるってことは、世の中からつくれるものが一つひとつ減っていくってことだから。これからは作品プラス、生き様みたいなものもさらけ出していく作業になっていくんですかね。毎回「傑作を生み出すんだ」って気持ちで、いい落語がつくれなかった時もそれに慣れることなく、必ず毎回ショックを受けていたい。一喜一憂しながら新作をつくり続けたいと思います。

(撮影=神ノ川智早)

(撮影=神ノ川智早)

取材・文=川添史子  撮影=神ノ川智早

瀧川鯉八