居酒屋で「日本酒」を注文すると、升(ます)に入ったグラスにあふれんばかりにつがれ、本当にグラスからあふれてしまうことがあります。こうしたつぎ方で飲むことは日本酒好きにはたまらないそうですが、一方で「グラスに適量をついで、普通に飲めばいいのに」と思う人もいるようです。なぜわざわざ、日本酒をあふれさせて飲むのでしょうか。食文化にも詳しい飲食店コンサルタントの小倉朋子さんに聞きました。

「ぜいたくを味わってほしい」という心意気

Q.升に入ったグラスにあふれんばかりに日本酒をつぐ飲み方は何と呼ばれ、いつから行われるようになったのですか。

小倉さん「『もっきり』、または『盛り切り』『盛りこぼし』などと呼ばれ、昭和初期から、よく使われるようになりました。しかし、言葉の由来は江戸時代とされています。江戸時代日本酒は量り売りで、酒屋のたるから、とっくりや升などに直接、ついで売られていました。

とっくりや升、『1杯でいくら』という価格設定だったため、ぎりぎりまで日本酒をつぐ人も多く、中にはこぼしてしまう人もいました。酒を器につぐことを一般的に『酒を盛る』と言うことから、こうしたつぎ方が『盛り切り』『盛りこぼし』と呼ばれ始めたのです。ちなみに『もっきり』はその頃の『盛り切り』の読み方が変化して生まれた言葉といわれています」

Q.適量をグラスについで飲めばいいのに、なぜわざわざ、日本酒をあふれさせて飲むのでしょうか。

小倉さん「昭和初期の庶民的な居酒屋から生まれた文化とされています。当時は日本酒がぜいたくな時代で、客へのサービスのために店側がグラスのぎりぎりまでつぐことが多く、やがて、客に喜んでもらおうというサービス精神から、ぜいたくな日本酒をわざとあふれさせることが始まったようです。

しかし、日本酒がグラスからあふれるとテーブルがぬれてしまい、あふれた日本酒は飲むことができません。それではもったいないということで、受け皿や升で受けるようになったのです。『こぼれるほど、たくさんついでくれる』ということが店の心意気だったのですね。ですから、1合注文したのであれば、1合分の料金で、あふれた分はお店のサービスということになります」

Q.あふれんばかりに日本酒がつがれ、しかも、グラスが升に入っており、とても飲みにくいと思います。どのように飲めばよいのでしょうか。

小倉さん「まず、グラスの中のお酒を飲みましょう。グラスを持ち上げるとあふれてしまうので、持ち上げないで口を近づけて少し飲み、こぼれないと判断した段階でグラスを持ち上げて飲みます。最初はグラスを持たないので、マナーとしてあまり美しい飲み方ではありませんが、粋を楽しむ気持ちで飲むとよいでしょう。

グラスの日本酒が半分から空になったら、升の中にこぼれた日本酒をグラスに移して飲みます。グラスが日本酒でベトベトしていた場合は、おしぼりで拭き取って構いません」

Q.グラスからあふれて升にたまった日本酒をグラスに移さず、升からそのまま飲むことは駄目なのでしょうか。

小倉さん「升の木の香りを楽しむ意味もあり、升に直接口をつけて飲んでもよいとされています。その際は升の角ではなく、平らな箇所から飲むのが粋とされています。ただ、平らな箇所から飲もうとすると、こぼれて汚してしまう可能性が高まります。こぼさず飲むことが難しければ、グラスに移して飲む方がよいでしょう」

Q.温かい日本酒を注文したときは、こうしたつぎ方をされることはないのでしょうか。

小倉さん「もっきりは冷や酒を入れるのが基本です。あふれるほど大胆につぐので、熱かんを入れるとグラスも熱くなって持てないですし、やけどをする危険もあります。また、もっきりは立ち飲みなどの大衆文化であったので、長居をせずにサクッと飲むのが粋ともされています。一升瓶から直接、グラスにつぐこともあります。

ですから、熱かんにする手間や時間などもいらない冷や酒が合っているといえるでしょう」

オトナンサー編集部

なぜ、あふれさせる?